第41話 ぼったくり、竜の棲家に潜る

「なるほど、これは俺向きの仕事か」


 竜の棲家たるゴラル山迷宮ダンジョン

 人類的には、未発見迷宮ダンジョンとなるのだろうが、発見しない方がいいかもしれない。

 ジェノバールの魔法で入り口に飛ばされた瞬間、そう悟った。


 気配が違う。

 俺が入ったことがある、どの迷宮ダンジョンとも。

 入る前から、身体が無意識に危険を感じ取って、少しばかり過敏になってしまっている。


「足が震えるぜ」

「や、わかってしまうか?」

「わからいでか。山の周りは卑竜やら何やらがうろうろしてるし、中からの気配はさらにヤバい。見つけたところで、冒険者が潜るような場所じゃねぇな」


 苦笑する〝転移屋〟に、小さくうなずく。


「これは、俺を買うのに相応しい仕事だと思うよ」

「や、それに見合う正当な対価をハクシャが保証する。頼んだ」

「ああ。行ってくる」


 巨大な山の中腹。

 断崖絶壁じみた場所にぽっかりと空いた、穴に向かって俺は足を進める。

 ここを棲家としていた竜はもういないとの話だが、色鱗竜のねぐらには眷属となる下級の竜が集まってくることが多い。

 飛竜ワイバーンや、卑竜ドレイク蛇竜ワームと遭遇する可能性はそれなりにある。

 どれも、相手にするべきではない魔物モンスターだ。


 小さく指を振って〈抜き足差し足スニークフット〉と〈姿ぼかしブラーディスガイズ〉、そして〈消臭デオドライズ〉の魔法を順にかけていく。

 これらの隠匿魔法は魔法に心得がある武装商人の多くが利用する魔法で、基本中の基本だが自分にしか効果を及ぼせない。


 そのため、これらの魔法を記した魔法の巻物スクロールは、迷宮内で飛ぶように売れた。

 もちろん、ぼったくったが。


「余計な事を考えてる場合じゃないな」


 鍾乳洞のような洞窟内部を進むことしばし、最初の魔物に遭遇した俺は小さく呟く。

 アラニスの大迷宮指標で言えば、中層以降でしか見ない魔物がそこにいた。


 ペタン、ペタンと音を立てて歩くそれは非常に気味の悪い生物で、何に似ているとは形容しがたい。

 しいて言えば、太い足で四足歩行する真っ白な大ナメクジと言えばいいだろうか。

 頭はなく、代わりに首がある場所に大きな縦の亀裂があって……そこから真っ赤な口腔が覗いている。


 『白舌舐リッキングリプス』と呼ばれる危険な魔獣だ。

 洞窟系のロケーションでの遭遇例が多く、熊ほども大きいのに天井にぶら下がっていたり、壁を走ったりもする。

 現役時代も何度か遭遇したが……相変わらず気味が悪い。


 じっと身を潜めて、通り過ぎるのを待つ。

 この魔物モンスターは目こそないが、それなりに鋭敏な感覚器官を有しているらしく、動けばおそらく気取られる可能性が高い。


「……。……」


 細長く赤い舌をペロペロと出して、辺りを伺う『白舌舐リッキングリプス』。

 俺に気が付いてはいないが、何かに勘付いてるのかもしれない。


 ──殺すか。


 そう判断を下した瞬間、『白舌舐リッキングリプス』はペタペタと音を立てて、俺の進行方向と逆に歩いて行った。

 面倒事にならなくてほっとした俺は、再び迷宮ダンジョンを歩き始める。

 地図もない迷宮だが、構造は単純なものだ。


 山の中央にはすり鉢状の噴火口があり、その壁面にいくつも穴が開いている。

 それが洞窟になっていて……とにかく、俺は下に向かって歩けばいい。

 竜化石があるのは、最下層のエリアだという話だし。


 白鱗竜ハクシャももう少し詳しく話してくれればよかったのだが、親竜の棲家を荒らされたくもないのだろう。

 本来なら、俺のような見知らぬ人間を立ち入らせることすらさせたくはなかったはずだ。


 それでも俺に頼んできたのは、ここでしか手に入らないものがあるからだ。

 『竜燐茸りゅうりんだけ』と『赤竜胆あかりんどう』は、いずれもここでしか手に入り辛い希少品で、強力な魔法薬ポーションの材料になる。


 どうしてそれをハクシャが欲しているのかはわからないが、直接の依頼者は〝転移屋〟だ。

 理由は気になるが、とにかく今は依頼をこなさねばならない。


「さて、と。うん、これは危険だな」


 洞窟を抜けて火口が見えたところで、俺はプランの一つが不可能になったことにため息を吐いた。

 火口を直接下って行こうかと思ったが、周囲を火喰鳥が飛びまわっていたり、壁面に得体のしれない大型の魔物が張り付いている。

 雑なショートカットはやめたほうがよさそうだ。


 近くにある洞窟に入って、少しずつ下層を目指すしかないらしい。

 さすがは迷宮ダンジョン

 こういうところだけしっかりしてるなんて、頭が下がる。


 黙ったまま胸中でぼやきながら、入り組んだ洞窟の中を歩く。

 おそらく、下働きのドラゴニアン竜人か、蜥蜴人リザードマンが生活していたのだろう。

 このゴラル山に作られた迷宮ダンジョンは、それなり素直だ。


 迷宮ダンジョンというよりも、巨大な宮殿……というべきか。

 住み着く魔物モンスターはともかくとして、俺が知る迷宮ダンジョンらしい理不尽さはなく、むしろ棲家としての素直さというか利便性がところどころに垣間見える。

 思うに、ここを棲家としていた竜というのは下々のためにそれなりに気を遣っていたのだろう。

 なにせ、ご丁寧なことに下り階段まで作ってある。


「さて、ずいぶん下ってきたな。そろそろ見つかってもいいはずなんだが……?」


 火口にそれらしいものは見えなかった。

 ということは、この洞窟のどこかにあるはずなんだが。

 指先に灯した魔法で軽く探査しながら、周囲を見渡す。


「……!」


 魔物モンスターを避けながら、歩くことしばし。

 ようやく俺は、探すものにたどり着いたらしい。


 ほんの小さな隙間から差し込む日に照らされた場所に、赤い花が群生している。

 花弁の形からも間違いない、『赤竜胆』だ。


「少しばかり手間取ったが、とりあえずこれで一つだ」


 そう気を抜いたのが、迂闊だった。

 小さな振動と共に、ぬかるんだ地面から何かがずるりと姿を現した。

 しかも、次々と。


肉食大線虫カルニクティス!? ああ、くそ……! そりゃ、いるよな!」


 小剣を抜いて、一歩下がる。

 地熱で暖められた泥中ででかくなった竜の寄生虫。

 このデカさになると、寄生する意味もないので普通に動物を襲う。

 もちろん、人間おれも。


「お花摘みの前に、ちょっとばかりお掃除タイムだな」


 軽く苦笑しつつ、俺は指先に魔法の光を灯した。


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