第40話 ぼったくり、『商品』を売る

 〝転移屋〟ジェノバール・ロッコは、アラニスでは名の知れた武装商人である。

 商人と言いつつも、この男が生業とするのは〈転移テレポート〉や〈引き寄せアポート〉、〈跳躍扉ジャンプポータル〉といった魔法の提供によるサービスで、物を売っているわけではない。


 ただ、迷宮ダンジョンを知り尽くしたこの男の転移は本物で、消耗なく深層に冒険者を送り込んだり、逆に深層で脱出困難となった冒険者を地上に帰還させたりと、冒険都市における〝転移屋〟の功績はかなり大きい。


「や、ちょっと困ったことになってさ。君の手を借りたいんだ」

「話による。俺は今、恋人と旅行中だ。それに〝ぼったくり商会〟は引退したと、アラニスに手紙を送ったばかりだからな」


 話を聞かずに突っ返すほど、知らぬ仲ではない。

 深層で深手を負った冒険者が駆け込んでくるのは、およそ俺の店舗だったのでこいつはよく俺の迷宮商店に逗留していたのだ。

 俺としても、茶飲み友達としてありがたい部分もあった。

 迷宮ダンジョンで過ごす孤独は、人の心を苛むからな。


「こちらの御仁がお困りでね」


 そう苦笑するジェノバールの隣で、白鱗竜の金色の瞳がぎょろりと動いた。

 生命に対する根源的恐怖を呼び起こす、竜の瞳。

 この世界における絶対捕食者の威圧が、俺に叩きつけられた。


「おっと、竜王殿は俺をあまりお好きではないようだが?」

「や、違うね。君を試したんだ」


 出会い頭に人を試すなんて真似はしないでほしい。

 竜種に属する魔物モンスターには迷宮ダンジョンで何度か遭遇したが、正真正銘の色鱗を持つ竜など、初めてなのだから。


「彼はハクシャ。白鱗竜だよ」

「ラヴァナンの空を支配する白鱗竜の話は俺も少しだけ読んだことがある」


 ……ガイドブックで。


「問題は、どうして御大がここに居て、お前が一緒にいるかだ。ジェノバール」

「や、これには深い事情があってだね。いろいろと相談した結果……君に依頼しようということになったんだ」


 その為に、俺が乗る魔導列車を止めるなんて、さすが竜王はスケールが違う。

 次の駅で待ち合わせちゃいけなかったのか?

 たったの8時間だぞ?


「我の願いを聞きたもう。〝ぼったくり〟殿」

「それは人間界ではあまりいい言葉じゃない。ロディと呼んでくれ、竜王ハクシャ」

「承知。聞けば、汝……この大陸にてもっとも優れた冒険者であると」

「いくら何でもそれは言い過ぎだ。それに、冒険者にも得手不得手がある」


 俺の言葉を聞きながら、じっとこちらを見る白鱗竜。

 恐ろしくはあるが、どこか愛嬌があるような気がしてしまう。

 人と共に在る竜というのは、雰囲気が柔らかいのかもしれない。


「依頼を聞こう。受けるかどうかは、それからだ」

「ジェノバール、よしなに」


 話を振られた〝転移屋〟が、ハクシャに頷いてこちらに向き直る。


「依頼は迷宮ダンジョンの奥から、いくつかの素材をとってきてほしいんだ」

「素材? どこの迷宮ダンジョンからだ?」


 俺の魔法の鞄マジックバッグには、アラニスの大迷宮で手に入れたものが、いくつか保管されている。

 中には流通に乗りにくい貴重なものもあるが、入用なら売ることもやぶさかではない。


「や、ゴラル山迷宮ダンジョンの竜化石に自生する『竜燐茸』、それとそのそばに咲く『赤竜胆』をとってきてほしいんだ」

「ゴラル山迷宮ダンジョン? 聞いたことないな……」

「や、あそこだよ」


 ジェノバールが指さす先……かなり遠くに、大きな山が見えた。

 噴煙を吹きだしているところを見るに、火山だろう。


「や、あの山の中腹に迷宮ダンジョンの入り口がある。かつて、ハクシャの親竜が住んでいた場所なんだそうだ」

「竜の棲家……!」


 冒険者にとって、これほど魅力的な──そして、恐ろしい場所はない。

 竜というのは、財をため込んで寝床とする生き物だ。

 文字通りの金銀財宝から、貴重な魔法道具アーティファクト、神代の武器まで価値ある者なら何でも積み上げる。

 その上に座すのが、竜という絶対強者なのだ。


「どうして、俺に?」

「や、君が一番信用できるからだよ」

「そういう意味じゃない。御大やお前が直接採りに行けばいいんじゃないのかってことだ」


 俺の言葉に、〝転移屋〟と白鱗竜が顔を見合わせる。

 人と竜なのに、仲がいい。


「ロディ殿、我は諸事情により長く空を離れられぬ。また、人と交わったが故にかの場所には戻れぬ盟約があるのだ」

「や、私は戦闘向きではないからね。だからハクシャに提案したんだ。……君を買ったらどうか、って」


 なるほど。

 確かに、〝転移屋〟にはいくつか借りがある。

 俺の『購入権』を有していると言えるだろう。

 引退したからといって、それを無断で引き上げる訳にもいくまい。


「わかった。準備をしてくるから、少し待て。お前のことだ……あそこまでは運んでくれるんだろう?」


 ◆


「すまないな、アル。ちょっと行ってくる。モーザッタで待っててくれ」

「……わかったッス」


 しゅんとするアルをぎゅっと抱きしめて、軽く口づけする。

 せっかくの旅行だというのに、俺はアルを心配させてばかりだ。


「大丈夫なんスか?」

「まあ、何とかするさ。買われたからには、働かないとな」

「買われた?」


 俺の言葉に、アルが小さく首を傾げる。

 ああ、そうか。アルは知らないんだ。俺の扱う商品について。


「〝ぼったくり商会〟ロディ・ヴォッタルクの扱う商品の中で、最も高価で、最も強力な商品は何だと思う?」

「えっと、【彼方の雫】っすかね?」

「ハズレ」


 【彼方の雫】は確かに高価で強力な魔法道具アーティファクトだ。

 ワンフロア全てを凍結させるような平気じみた攻撃用の魔法道具アーティファクトではあるし、とんでもない金貨を積まないと購入できない。


 しかし、だ。

 それが、俺の扱う商品で最も強力で高価かというと、それは違う。


「答えは、『俺』だ」

「へ──?」


 小首をかしげるアルに、俺はにやりと笑って返す。


「武装商人ロディ・ヴォッタルクこそが、俺の扱う最も強力な『商品』なんだよ」

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