第39話 ぼったくり、知人に呼ばれる

『ご乗車のお客様にお知らせいたします。当列車は約8時間後の深夜、モーザッタ駅へと到着いたします。モーザッタ駅での停車時間は66時間です』


 一夜を過ごし、翌日。

 夕食を終えて客室でくつろいでいると、そんなアナウンスが聞こえてきた。


「なんか珍しいっスね?」

「到着が深夜になるからだろう。寝てる時に起こされてはかなわんしな」

「確かに。それにしても次の駅では長く停まるみたいっス」


 ベッドからぴょんと飛び降りたアルが、向かいに座る。

 ははん、さては俺にモーザッタの解説を求めているな?

 仕方ない。付け焼刃の知識で申し訳はなくはあるが、披露させてもらうか。


「モーザッタは、通称『峡谷都市』と呼ばれるラヴァナン共和国随一の交易地だ」

「峡谷なのに交易? ちょっと都合悪くないっすか?」

「何でも大型の気球船を使うらしい」

「……気球船!?」


 アルの瞳がキラキラと輝く。

 気持ちはわかる。俺だってガイドで始めて見た時は、胸が高鳴った。

 空を行く船で交易をするなんて、東では考えられないことだ。


「モーザッタ峡谷は気球船を係留して荷物をやり取りするのに便利な地形らしくってな、ラヴァナン共和国の各地から気球船が集まってくるらしい。かなり壮観だって書いてあったぞ」

「早く見てみたいッス! 乗ったりもできるんスかね?」

「金貨を積めば乗せてくれる客船もあるとは書いてあったな」


 俺の言葉に、アルが「おー……」感心したような声を漏らす。

 魔導列車と同じく、気球船はロマンのある乗り物だ。

 ラヴァナン共和国を旅するなら一度は乗ってみたい気持ちはある。


「ラヴァナン共和国は山岳や未踏破地域、砂漠も多いからな。通常の街道よりも空を行ったほうが早くて安全なんだろう。竜の加護もあるしな」

「竜の加護?」

「ああ。白鱗竜と契約を交わしているそうだ。俺たちの国の空より、ずっと安全ってことさ」


 空にも魔物モンスターはいる。

 その頂点が、竜種だ。

 空は彼等の領域であり、人間が近寄ってはならない場所と言える。


 しかし、ラヴァナン共和国は何かしらの盟約を、この空の主たる白鱗竜と結んだらしい。

 おかげで、空を行く気球船は飛竜などに襲われることもなく、鳥型の魔物にだけ注意すればいい状態なのだとか。

 そも、竜が舞う空には鳥型の魔物とてそうそう入り込んでは来ない。

 このラヴァナン共和国の発展は、そうしたいくつかの盟約によって成り立っていると記載されていた。

 古来より人と自然が共存する、不思議の大地なのだ。ここは。


「次の駅も楽しみっスねー……。本当に、ロディさんと一緒に来れてよかったっス」

「そりゃ俺のセリフだよ。アルのおかげで、ずっと楽しい。ありがとうな」


 素直な気持ちをアルに伝える。

 それができるというのが、どれだけ得難いか俺は知っているのだ。

 いくら金を積まれても、もう迷宮の奥底に戻る気はない。


「ロディさんと一緒に居られて、ボク……幸せっス」

「それも俺のセリフだな」


 お互いに笑い合って、手を緩く握り合う。

 ……その瞬間、列車が急停車した。


「あわわ」

「大丈夫だ、じっとしてろ」


 バランスを崩しそうになったアルを抱き寄せて、踏ん張る。

 いくつかの調度品が落ち、椅子は倒れてしまったが……幸い、列車が停車しきるまで耐えきることができた。

 こりゃあ、後ろの車両ではきっとけが人が出てるぞ。


「何事ッスか?」

「わからん。だがまぁ、トラブルだろうな」


 それも、高速で走行する魔導列車が急停車するような。

 物が散乱する危険なテーブル周りから離すために、アルを抱えてベッドに向かう。

 何か動きがあるにしても、ベッドの上の方が安全だ。


「さて……様子を見に行くべきか行かざるべきか、っと」


 指を振って、調度品を元の位置へと戻す。

 本来、広げたものを鞄やトランクに戻すための生活魔法だが、少しばかり応用すればこういうこともできる。

 割れたグラスはさすがに戻ってくれないが。


「お客様、客室乗務員でございます」


 一通りの始末を終えたところで、客室がノックされた。


「ああ、丁度よかった。割れたグラスを回収してくれないか」

「かしこまりました」


 扉を開けると、いつもの客室乗務員ゴーレムがぺこりと会釈する。


「この度は誠に申し訳ありません。お怪我などございませんでしょうか?」

「ああ、問題ない。それより、何があったんだ?」

「それについて、事情の説明とお客様のお呼び出しにまいりました」


 割れたグラスを入れた麻袋を持ったまま、客室乗務員ゴーレムがこちらに向き直る。

 これはいよいよ、厄介事の予感がする。

 おかしい、俺は旅行者のはずなんだがな。


「少し待ってくれ。連れと少し相談しておきたい」

「もちろんでございます。ご準備できましたら、お声掛けください」


 そう告げて、扉の外へと出る客室乗務員ゴーレム。

 この様子だと、『お呼び出し』とやらに応じるほかなさそうな気配だ。


「大丈夫ッスかね?」

「わからんが、事情は分かりそうだ。悪いけど、ここで待っててくれるか? 話を聞いてくる」

「待つのは得意っス!」


 気丈に笑うアルを抱きしめて、小さくキスをする。

 せっかくの旅行だというのに、またアルを一人で待たせてしまうことが、ひどく申し訳なかった。


「ふふ、いってらっしゃいッス」

「ああ。すぐ戻る」


 もう一度、今度はアル額にキスをして俺は扉に向かう。

 何にせよ、話を聞きたくはあったし……列車が動かねば、モーザッタでアルとデートもできない。

 『大陸横断鉄道』の主には、過ぎた褒賞も押し付けられたことだしな。


 俺に解決できる厄介事であれば、さっさと解決して借りを返しておきたい。

 これを見越して、あんなものを寄越したのではなかろうな、とも思うが。


「待たせた。行こうか」

「はい。それでは、先頭車両へ参りましょう」


 客室乗務員ゴーレムに続いてあることしばし、一号車両をも越えて、機関車両まで案内された俺は、促されるまま車外通路へと足を踏み入れる。

 そして、魔導列車の先端で、トラブルの原因と邂逅を果たした。


「や、久しぶりだね〝ぼったくり商会〟」


 線路に鎮座する巨大な白鱗竜。

 その巨竜と共に、こちらに手を振る顔見知り。


「おいおい……一体何事だ? 〝転移屋〟?」

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