第38話 ぼったくり、返信する

「不思議なお店だったっスね」


 ベッドに寝転がりながら、アルが元『俺の時計』をじっと見つめる。

 魔導列車に戻ってからずっとああしているので、実のところ……最初から俺の時計をやると言えばよかったのかもしれない。


「……何だか、魔女に化かされた気分だ」

「確かに、魔女っぽかったッスもんね」

「まあ、おそらく錬金術師──しかも、賢人だと思うがな」


 あんなヤバい真似ができるからには、十中八九そうだろう。

 昔、一度だけあったことがあるのだ。『真なる錬金術師』に。

 あのミスティという女が纏っていた空気は、そいつとまさにそれと同じものだった。


「有名なんスか?」

「出会っちゃまずい連中だよ。トラブルに巻き込まれたら、命がいくつあっても足りない」

「そういうもんスか……」

「俺が昔に迷宮ダンジョンで会った錬金術師は、そういうやつだったな。ガキみたいな姿をしてるのにひどくおっかないヤツでな、しゃべる魔法道具アーティファクトを連れてた」


 思い出しただけで、背筋が寒くなる。

 敵ではなかったが、敵に回してはいけないのが肌でわかるヤツで、まるで散歩でもするかのように迷宮ダンジョンを下っていく姿は今でも目に焼き付いている。

 でかい金塊を渡されたからと言って、案内なんて買って出るんじゃなかったと後悔したくらいだ。


「しゃべる魔法道具アーティファクト!? そんなのあるんスか?」

「いや、この列車にもたくさんいるじゃないか」

「あ、ゴーレムの皆さん……!」


 アルに頷いて、忌まわしい記憶を振り払う。

 ミスティなる錬金術師にあったことで思い出してしまったが、できれば記憶の底に沈めておきたい。

 危険な戦闘錬金術師のことも、皮肉ばかり口にする人造妖精のことも。

 あれは、関わってよいタイプの存在ではない。


「大丈夫ッスか? 顔色悪いっスよ?」

「大丈夫じゃない。後でなぐさめてくれ……」


 俺が弱音を吐いたタイミングで、部屋にアナウンスが流れた。


『大陸横断鉄道をご利用いただきありがとうございます。当列車はただいまサウスヘルト駅を出発し、モーザッタ駅へ向かってトラブルなく走行しております。到着は31時間後の予定となります』


「サウスヘルトはまた来てみたいッス!」

「そうだな。変わった町だったし、まだまだ回ってみたかった」

「っス。でも、いろいろお買い物もできたし、ロディさんに時計も贈れたっス!」


 アルの言葉に、懐から新たな時計を取り出す。

 俺が持っていてもいいのかと躊躇うくらいに美しいこれからは、薄い魔力を感じる。

 あのミスティという魔女が何をしたのかはわからないが、これが非常に強力な魔法道具アーティファクトであろうことは一目瞭然だ。


 なにせ、俺がどんな手段を使って鑑定したって、詳細がわからないのだ。

 つまり、あの魔女はアルに問いかけながら、強力な一点物の魔法道具アーティファクトを錬成したってことになる。

 これだから賢人は怖いのだ。


 ……だが、これからはどこかアルの気配がする。

 繋がっているというか、包まれているというか。

 温かなアルの気配が、ずっと俺に流れ込んできている気がするのだ。


「どうしたんスか?」

「いいや、新しい時計にうきうきしてるだけだ。さて、夕食でも食いに行くか?」

「そうッスね! サウスヘルトの料理もあるんすかねぇ……」


 目を輝かせながら立ち上がったアルを伴って、客室を出る。

 食堂車に向かおうと車内を歩いていると、客室乗務員ゴーレムが俺を呼び留めた。


「お客様宛に、お手紙が届いております」

「手紙?」

「冒険者ギルド経由の魔導信速達で、こちらは自動筆記したものです」


 差し出された手紙を受け取り、ひっくり返すとそこには『アラニス商会ギルド』の文字。

 さて、罰金はきちんと払ったはずだし、とっくの昔に退会処理が終わった俺に何の様だろうか。

 客室乗務員ゴーレムに軽く礼を言って、食堂車へと向かう。


「誰からッスか? もしかしてミファさんからッスか?」

「いいや、アラニスの商会ギルドからだな。さて、飯を食ってから開けるか、飯を食う前に開けるか……」

「いま見ちゃうのがいいと思うっス!」


 アルの言葉に、頷いて封をはがす。

 可愛い恋人の言う通り、内容を気にしたまま飯を食うのはよくないと思った。

 だが、内容を見た俺は開ける前に捨てればよかったと後悔することになった。


『ロディ・ヴォッタルク殿


 冒険都市アラニス市議会の名において、貴殿に対する不備、無礼を謝罪するとともに、以下の補償について告達する。


 一つ、貴殿の商会ギルドの除名を取り消し、商会ギルド員としての復帰および営業権を認める。

 一つ、商会ギルド長は貴殿に謝罪の意を表し、金貨千枚を支払う。


 ……以上。』


 つまるところ、金貨千枚を払うので戻ってこい、ってことだよな。これ。

 謝罪金として金貨千枚は大きく出たものだと思うが、ここまで離れてしまっては戻ることなんてできるはずもない。

 もう国境だって越えてしまっているのだ。


「なんだったんスか?」

「営業権を復帰させるから戻て来いってよ」

「戻るんスか!?」

「まさか」


 手紙をくしゃりとしてテーブルの端に置き、軽く深呼吸する。

 さっさと手紙コレのことを頭から追い出したかった。


「〝ぼったくり商会〟は引退だ。お前を残して迷宮になんか戻れるものか」


 俺の言葉にアルが少し照れた仕草を見せる。

 ほら見ろ、可愛い。

 こんなに可愛いのをほったらかして、また大迷宮に何日も潜れだって?

 ……冗談じゃない。


「すまない、魔導信ってここから送れるだろうか?」


 近くにいた給仕ゴーレムにそう尋ねると、「担当者をお呼びします」と小さくうなずき、そう間を置かずに車掌姿のゴーレムがテーブルに訪れた。


「お待たせいたしました。魔導信でお送りできるのは、150文字までとなります。どのようなメッセージをどなたに送りますか?」

「アラニス市議会あてに『〝ぼったくり商会〟は引退だ。戻ることはない』と頼む」

「シンプルですね。すぐにお送りします。メッセージの到着時刻は三日後の予定です」

「ありがとう。よろしく頼む」


 去っていく車掌ゴーレムに軽く会釈して、俺はすっきりした気持ちでアルに向き合う。


「さぁ、飯にしよう。今日はガツンと食べたい気持ちだ」

「同じくッス!」


 笑うアルにうなずいて、俺はメニューを手に取るのであった。

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