第37話 ぼったくり、時計を贈られる

 サウスヘルトの岩窟料理をしっかりと味わった俺たちは、入り組んだ街を物見遊山に歩き回る。

 この町は、なかなかに面白い。

 町全体が層構造になっていて、まるで迷宮の中にできた町みたいだ。

 観光客のことなど知ったことかという、職人の偏屈さが町全体を肩続くっている。


「ええと、その筋を右っスね」

「で、ここの階段を下って……左と」


 『火蜥蜴サラマンダーの舌』亭の主人に教えてもらった時計屋に行くのもなかなか一苦労だが、これが面白い。

 色んな場所に色んな工房があって、露店だって多い。

 しかも、どれを手にとっても高品質だ。

 欲を言うと、もう三日くらい欲しい気分になる。


「お、あそこだな」


 いくつかの通路、いくつかの扉、そして何度か階段を上り下りした末に、『ミスティ時計専門店』と書かれた小さな看板が岩肌からポツンと出ている場所を見つけた。

 これは、見つけようと思わないと見つからないぞ……などと考えながら、扉を押し開く。


「いらっしゃい。誰の紹介かな?」

「〝鋼鉄王〟ガダンと〝赤舌〟モギーの紹介だ」

「こりゃ大物の名前が出たもんだね。掛けな、話を聞こう」


 煙管を吹かした妙齢の女主人が、椅子に視線をやって俺たちを促す。

 店内の雰囲気は、時計屋というよりも錬金術師の工房といったほうがしっくりくる感じだ。

 じわりとまとわりつく魔力は、迷宮ダンジョンにも似て濃い。

 どうも、この御仁……大した魔法使いであるらしい。


「ん? あんた、わかる子だね?」

「俺のことを言ってるのか?」

「ああ。魔法も錬金術もやるだろう? あたしは鼻が利くんだ」


 にやりと笑う女主人に、些か驚く。

 確かにこの店主のいう通りではあるが、一目でわかるなんてどうしたことか。

 少し、おっかなくなってきたぞ。


「そんなに警戒することはないさ。この店と相性がいい人間は少なくてね、嬉しくなっただけさ」

「相性がいいのか、これは? ちょっとした圧を感じるんだが」

「今はあたしが主人だからね。さぁ、世間話はこのくらいにして……どんな時計が欲しい?」


 女主人の質問に、アルと二人で顔を見合わせる。

 時計というと、時間を知るためのものでそこに『どんな』という言葉が添えられるとは思っていなかった。


「ええと、この娘に時計を送りたい」

「あんたとの関係は?」

「こ、恋人だ」


 なかなか人前であるとの関係を披露することがないので、少しばかり挙動不審になってしまった。

 しかし、答えを聞いた女主人が不敵に笑う。


「なるほどなるほど。へぇ、ずいぶんと愛し、愛されてるね。あんたの名前は?」

「アルっス」

「アル。うん、素敵な名前だ。でも少し足りないね」


 赤いマニキュアが塗られた爪先を、アルの額に近づける女主人。


「おい、何するんだ」

「黙ってな。あたしの時計は特別だ、狂いは許されない。だから、何もかもを正しくしなきゃいけないのさ」


血混ざりハーフエルフだね、両親から何か聞いてるかい?」

「物心ついたときにはもういなかったッス」


 あまりに不躾が過ぎる。

 さすがにこれは、止めるべきだろう……そう考えた瞬間、女主人の指先に淡く青い光が灯った。


「あんたの真の名前は、アルフィオルナだよ。結実を慶ぶ森の神『フィオルニア』の名をもらったんだね。いい名前だ」

「え──」

「大丈夫、あんたは愛されて生まれてきた子だ。運が悪かったかもしれないが、愛すること愛される事を恐れることも気に病むこともない」


 女主人の言葉に、アルが一筋の涙を流す。

 とても美しく温かな表情で。


「じゃあ、アルフィオルナ。あんたには二つの選択肢がある。この男と同じ時計を得るか、この男に時計を贈るかだ」

「おいおい、俺はアルの時計を……」

「黙ってな、色男。女の生き方を邪魔するんじゃあない」


 ぴしゃりと言われて、思わず押し黙る。

 俺をそうさせるだけの迫力が、この女主人にはあった。


「……わかんないっス。ボクはどうするべきっスかね?」

「それを決めるのはアルフィオルナ、あんただよ。あんたの中心にこの男がいるんだ」

「ボクが決めていいんスか?」

「そうさ、お前が決めるんだ。ここにたどり着いたってことは、そういうことだからね」


 まるで禅問答だ。

 俺には、何が何だかさっぱりわからない。

 しかし、アルには理解できているらしい。


「じゃあ──ボクは、時計をロディさんに贈りたいっス」

「おい、アル……」

「代わりに、ロディさんの時計をボクに預けてもらっていいッスか?」


 いつのまにか周囲を取り巻く魔力が、可視化できるほどに濃くなって淡く輝いていた。

 これは、かなり異常な状況だ。

 迷宮ダンジョンでも見ることがない、何かしらの力が働いている。


「こういう時、色男の返事は一つに決まってるもんさ」

「おっしゃる通りで」


 軽口を叩く女主人に、俺も軽口を返す。

 何がどうあれ、答えは一つだ。

 アルに向き直って、笑顔でうなずく。


「俺の時計をアルにやるよ」

「はい、ロディさん」


 俺の手を取って、アルがふわりと笑う。

 それを見て、時計屋の女主人が満面の笑みで拍手かしわでを打った。


「よろしい。契約は成された! 〝計時観測兆候派閥〟ミスティ・アクアンズの名において、調律の誓約、命運の律、対時調令を宣言する!」


 聞いたことのない言葉を店主が発すると同時に、店内の魔力が収束して俺へと流れ込んでくる。

 不快ではないが、違和感が強い。それもやがて消えた。


「さ、受け取りな。これは、あんたとこの娘が共に在る時間を刻む時計だよ」


 淡い光と共にゆっくりと下降してきた懐中時計が、俺の手に収まる。

 銀色のそれにはアルの髪を思わせる金の意匠と、水色の宝石が輝いていた。


「ボクからのプレゼントっス」

「おお、これはいい時計だな。大事にするよ、アル」

「いちゃつくのは店の外でしな。ほら、出てった出てった」


 追い払うように手を振る女主人に、尋ねる。


「お代は?」

「〝鋼鉄王〟ガダンと〝赤舌〟モギーがもう払った後だよ」

「は?」

「ここに来たってことは、あんた達に資格があったってことさ。さぁ、行きな……また、いずれ会ったときは、話を聞かせておくれ」


 よくわからぬまま店の外へと出ると、一陣の風が吹いて砂塵を巻き上げる。

 そして、振り返った時には、ミスティ時計専門店は跡形もなく消え去っていた。

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