第35話 ぼったくり、愛を叫ぶ

『ご乗車のお客様にお知らせいたします。当列車は間もなくサウスヘルト駅へと到着いたします。サウスヘルト駅での停車時間は27時間です』


 アナウンスと共に、減速を始める魔導列車。

 途中トラブルもあったが、俺達はようやく国境を超えることができたことに二人で喜び合った。


「そう言えば言葉の壁はあるんスかね?」

「ないことはないだろうが、基本的には大陸公用語が通じるはずだ。いざとなれば言語理解の魔法道具アーティファクトもあるしな」

「じゃあ、安心ッスね!」


 そういうところに気が回るあたり、アルはなかなかしっかりしている。

 商売人として必要なことが身についているのは、いいことだ。


『ただいま、当列車はサウスヘルト駅に到着いたしました。お降りのお客様はお忘れ物などないようにお気を付けください』


 魔導列車が停止すると同時に、アナウンスが聞こえる。

 どうやら、今度こそ無事にサウスヘルトに到着したらしい。


「外、暗いっスけど……どうするっスか?」

「迷うところだな。初めての街だし、店が開いてるかどうかわからないし」

「初めての外国で夜出歩くのは確かにちょっと怖いっスねぇ」


 元は路地裏で生活していたアルだ。

 夜の街の恐ろしさは、身に染みてしっているのだろう。

 そんなところに気軽に誘う訳にもいかない。


「それじゃ、日が昇るまで待ってから出るとしようか」

「そうっスね」

「鉱山労働者や職人の多い街だ、きっと朝は早い。どこかの食堂で朝飯を食って、それからショッピングに行こう」

「賛成っス! じゃ、今日は早めに寝ないとダメっすね」


 懐中時計を確認すると、時刻は21時。

 ぐっすり眠って日の出と同時に起きればちょうどよさそうだ。


「いいッスよね、懐中時計」

「なんだ欲しいのか?」

「ちょっとだけ欲しいっスけど、安い物じゃないですし」


 確かに、時計の類いは一般的に高い道具だ。

 そも、普段の生活をする人にこれはあまり必要ない。

 街には公共の時計があるし、教会の鐘が1時間ごとに鳴る。


 俺がこれを持っているのは、迷宮ダンジョンで時間感覚を保つためだ。

 昼も夜もない迷宮では、懐中時計これと腹の虫だけが時間を教えてくれる。

 いつが、帰還するべき五日目なのかも。

 今も魔導列車の発車時刻を知るために働いてくれているので現役だが、一般人は時計を持つ必要などないのだ。


「よし、サウスヘルトでいいのが見つかったら買おう。確か時計職人もいるはずだし」

「ほんとッスか? いいんスか?」

「もちろん」

「……甘やかしすぎじゃないッスか?」


 急にテンションダウンして、俺をじっと見るアル。

 王都での義妹の歓待や、俺が買い与えたものが多すぎて、少しばかり不安になっているらしい。

 まあ、これまで節約生活を送ってきたのだ。気持ちはわかる。

 だが、俺としてはまだまだだと思っているのだ。


「アル、俺がお前を甘やかさないでそうするんだ?」

「え?」

「言っちゃなんだが、俺は浮かれている」

「えっと……」

「この年までまるで縁がなかった三十路過ぎの男に、こんなに可愛い恋人ができてみろ。滅びる」

「滅びちゃダメっス!」


 顔を半ば引き攣らせて、アルが俺を揺さぶる。

 きっと、俺が正気を失ったと思っているんだろう。

 半分正解だ。正気でなんていられるか!

 五年間も気付かないまま弟子として扱っていたのに、急に可愛くなりやがって!


 温くて、柔らかくて、いい匂いがして──こんなの、滅びるだろ?


 つまり、だ。

 俺は色々と埋め合わせなくちゃならない。

 アルを待たせた分も、俺が気付かなかった分も。


「わかった、わかったッス!」

「ご理解いただけただろうか」


 また口から漏れてたみたいだが、説明が省けてよかった。

 つまり、俺は目一杯アルを甘やかしたいのだ。


「でも、あんまり気負わないでほしいっス。ボクはロディさんと一緒にいるだけで幸せなんスから」

「そりゃあ、俺だって同じだよ。だからこそさ、アルにできることは何でもしてやりたいんだ」

「ロディさん……!」


 ふわりと笑ったアルが、俺にハグを敢行する。

 それを受け止めて、アルの頭をやんわりと撫でくる。

 ふわふわした髪が、触り心地がとてもいい。


「ボクも、ロディさんに何でもしてあげたいっス」

「そう言ってくれるだけで、俺は満たされるよ。ありがとう、アル」

「……でも、ボクがロディさんにしてあげられることって、実際のところそんなにないんスよねぇ」

「そんなことはない。アルが気付いてないだけだ」


 額に軽く口づけて、アルをぎゅっと抱擁する。

 暗闇と死の危険が蔓延した迷宮ダンジョンで人生の多くを過ごしたせいだろうか、アルを抱きしめることができるというだけで、ずいぶんと救われている。

 俺に身体と心を許してくれる人がいるのだと、自覚するだけで無為で無色だった人生がカラフルになっていく気がするのだ。


 これは、アルが俺にしてくれた最も大切な贈り物だと思っている。


「あー……このまま眠ってしまいたい」

「え、そうなんスか?」

「安心するんだよ、アルの体温とか声とか」

「ふふ、なんだか甘えん坊っス」

「いっぱい甘やかしてくれ」


 アルが俺の頭をそっと撫でて、ほおずりする。


「いいッスよー。ロディさんのこういうところを見られるのは、ボクだけですし」

「見せるのもアルの前だけだけどな。どうも俺は、シャキッとしようとすると〝ぼったくり商会〟になっちまうらしい」

「それはそれで、かっこいいのでオーケーっス」


 ふわりふわりと俺の頭を撫でながら、アルが小さく笑う。


「さ、もう寝ちゃいましょう」

「ああ。そうしよう」


 アルを抱え上げて、ベッドに向かう。

 俺につかまるアルは、もうなんだか慣れた感じで俺の首に手を回した。


「おやすみ、アル」

「おやすみなさいッス、ロディさん」


 二人で手を繋いで、俺達はそっと毛布の中にもぐりこんだ。

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