第34話 アラニス市長、ため息を吐く(アラニス市長視点)
「ロディ・ヴォッタルクが魔導列車に?」
『ゴルドニック冒険社』の社長から情報を受けた私は、少しばかり固まってしまう。
そもそも、今日の会合は『ゴルドニック冒険社』の引き留め交渉のためにセッティングしたのだが、交わされた会話はどれもこれもアラニスの現状の難しさを実感することになってしまった。
「市長。あいつをアラニスに引き戻すのはおそらく無理でしょう」
「そうかもしれんが、そうも言ってられん」
「ええ、それについてはオレも同感です。率直に言って、今の冒険者事業はかなりマズいことになっていますから」
アラニスの迷宮攻略トップをひた走る『ゴルドニック冒険社』。
その社長が、ここまではっきりと言ってしまうくらいにマズいのは、私も把握している。
この二週間で、アラニスの経済事情は大きく変わった。
輸出品が足りないため、アラニスへと流れてくる金貨が大きく減った。
それに伴い、アラニスの迷宮資源を基盤とした商会のいくつかが傾き、それが不渡りを出している。
つまり、アラニスという都市の信用度が低下しているのだ。
そうなると、他都市の商会は保険をかけなくてはならなくなる。
『損をしない』ために仕入れ値を上げたり、数を絞ったりし始めたのはそれが理由だ。
おかげで、アラニスでは物価の上昇が止まらない。
いくつか摘発はしたが、闇市や闇商店のようなものまで現れ始めている。
たったの、二週間でだ。
「うちの斥候……カエデが言うには、ロンバルトまでの足取りは追えたそうです」
「西に向かって魔導列車で移動している、か」
「はい。どこが目的地かわかりませんが、その後も『大陸横断鉄道』に乗っているなら、〝ぼったくり商会〟の国外流出は確実です」
社長が苦みを込めた言葉を口にする。こちらとて同じだ。
彼を失うというのは、アラニスだけでなくロンバルト王国全体の損失につながるかもしれない。
原因となった商会ギルド長は、たかだか武装商人一人で大げさなと思っているだろうが……事実として、目の前の若社長は彼が戻らないならアラニスから撤退すると言っている。
それだけで、冒険都市の収支が数パーセントは下がるだろう。
『ゴルドニック冒険社』が本社を置く……というアドバンテージは、ここが冒険者にとっての都市だという看板にもなっているのだから。
「〝ぼったくり商会〟ロディ・ヴォッタルクの名前は、ソルブライトにおわす王の耳にも入っているようです」
「王の?」
「詳細は不明ですが、王国上流の人々がロディのやつに興味を持ってるのは確かみたいですよ」
ますます、まずい。
アラニスの不手際でそんな人材が国外に流出したなどと知られれば、矢面に立たねばならないのは私だ。
例え、やらかしたのが王都から天下ってきた新任の人物だとしても、だ。
「
「相変わらずリスクが高いですね。戻ってきた武装商人もいますが、深層域で安全な取引ができるヤツはいません」
「安全な、とは?」
「〝ぼったくり商会〟は、いわば
なるほど。
十年以上も誠実な商売をしていれば、そうも考えるだろう。
武装商人の全てが、安全安心とは限らない。
特に、深層であれば、貴重な宝物を手に入れた冒険者たちの寝首を掻こうという輩が居てもおかしくはない。
そう考えれば、〝ぼったくり商会〟の商売は、ぼったくりなどと言えない商売だったと再認識せざるを得ない
「都市の方で物資や安全のサポートチームを作る施策を進行している。もう少し、踏ん張ってもらえないかね?」
「深層の安全が確保できるまでは、ウチの連中は潜らせませんよ」
「中層まででもいいんだ。君達に任せっぱなしにはしない」
私の目をじっと見て、大きくため息を吐く〝若旦那〟。
「こちらでできることはします。ですが、いよいよとなったら、オレ達はヤージェに移りますよ。ウチだって、社員たちを食わせていかなきゃいけないんでね」
「恩に着るよ。何とかしてみせるから、もう少しお頼み申し上げる」
深く頭を下げてから、私は『ゴルドニック冒険社』の応接室を後にした。
◆
「それで、どうなっているのかね? バダダス商会ギルド長」
「は、はい。登録抹消した武装商人の商業権を復帰させ、各人に謝罪の手紙を送りました」
「バダダス商会ギルド長、私は君がやったことを聞いているのではなく、どのような結果があったのかと聞いているのだ」
周囲からため息が漏れる。
どうにもこのバダダスという男は、わかっていない。
中央から役職を得て天下りしてくる人間は、それなりにいる。
しかし、彼ほど無能さを感じる人間は初めてだ。
しかも、就任直後から大きな失敗をしているというのに、どうも危機感が足りない。
縁も所縁もない街なので、適当な仕事をしてもいいと思っているのだろうか?
いや、適当なだけならいいのだが、ここまで大きな損害を出してこの体たらく。
中央には煙たがられるやもしれないが、彼の更迭を打診してみるべきかもしれない。
「ええ、と、ですな……武装商人の多くは復帰。問題なく
バダダス商会ギルド長の言葉に、周囲から失笑があがる。
笑いごとではないのだが、笑うしかない。
この男は、やはり無能だ。
「冒険者ギルドの聞き取り、それと『ゴルドニック冒険社』を始めとするいくつかの冒険社との会合から得た情報と乖離があるようだが?」
「えっと、それは……どういうことですかね? そんなはずは。もどってるはずですが」
「はずとは? 確認していないのかね? 何人の武装商人と面談し、頭を下げた? 〝治癒屋〟は見ていないが? 〝転移屋〟もあれ以来見ていない」
見る見るうちにバダダスの顔が青ざめて行く。
こんなおざなりな誤魔化しで乗り切れると思ったのだろうか?
危機感がまるで足りていない。
「〝ぼったくり商会〟は国外に出たぞ、バダダス商会ギルド長」
「そ、それは、わたしの関知するところではなく……」
「そうかね。君が勉強不足と勘違いであのような愚行を行った結果、冒険者の12%と二つの冒険社がアラニスから撤退し、『ゴルドニック冒険社』も撤退を検討しているが、関知していないと。……そういう訳だね?」
私から目を離して、なにかもごもごと言い訳を口にするバダダス商会ギルド長。
ああ、ようやくわかった。
この男は、順風満帆な天下りでアラニスに来たのではない。
ひどく無能だから、王都の安全のために飛ばされたのだ。
「もういい、バダダス商会ギルド長。君は椅子に座っているだけにしたまえ」
「え?」
唖然とした様子で私を見るバダダス商会ギルド長を無視して、ボルドー冒険者ギルド長に向きなおる。
「窮地で忙しいところすまない。武装商人の意見取りまとめと、対応についてお願いできるかな?」
「お任せください、市長」
「お願いする。では、解散」
バダダス商会ギルド長をその場に残し、メンバーが一斉に席を立った。
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