第33話 ぼったくり、逆ぼったくりに遭う
「やれやれ、とんだ依頼だったな」
動き出した魔導列車の客室で、俺は小さくぼやく。
あの青年たちはこれから向かうラヴァナン共和国で立ち入り禁止令を出されている、『正倫騎士団』とかいう組織の一員で……早い話が、テロリストだった。
ここまで魔導列車の身元チェックを何かしらの方法でかいくぐってきたものの、
チェックを回避する違法な方法については、ゴーレムたちとオーナーが対応中だ。
「お疲れさまっス、ロディさん」
「おう。まあ、大したことなかったが……ちょっと気疲れはあるな」
「まあ、手を下したようなもんスからね」
大したことのない連中だった。
武器を隠し持ってはいたが、戦闘経験があまりないのかまったくもってなっちゃいなかったし、無傷で取り押さえできた。
縛り上げてサウスヘルトで衛兵に引き渡せばいいと思ったのだが、下された決定は『車外追放』である。
無力化していようが何だろうが入国禁止の人間を運ぶわけにはいかない──というのが、『大陸横断鉄道』の決定で、連中はその場で車外に放り出され……すぐさま列車は動き出した。
決定から実行までが早過ぎて、唖然としたくらいだ。
「悪いのは向こうっス。ロディさんが気にすることないッスよ」
「ま、実力差があったとはいえ命のやり取りをしたのは確かだしな」
向こうが
俺とて、
地上に出たことで、少しばかり判断が甘くなったのかもしれない。
アルから労いの肩もみを受けていると、客室の扉が控えめにノックされた。
気配が薄い、おそらくゴーレムだな。
「客室乗務員でございます。オーナーからの言付けおよび、報酬をお持ちしました」
その声に、少しばかり気を良くして俺は椅子から立ち上がる。
あまり気分のいい事件ではなかったが、武装商人の端くれとして『報酬』という言葉には、気分があがった。
「はいよ」
「失礼いたします」
扉を開くと、ゴーレムが俺に深々と頭を下げる。
「この度は大変お手数とご迷惑をおかけしました。まずは、オーナーの言葉を再生させていただきます……──ヴォッタルクさん、対応をありがとうございました。おかげさまで大きな支障なく魔導列車の運行を再開できます。報酬については金貨百枚を冒険者ギルド経由でお振込みをさせていただきました。サウスヘルトでご確認下さい」
金貨、百枚!?
おいおい、確かに俺は〝ぼったくり商会〟なんて二つ名をぶら下げちゃいるが、さすがにこれは多すぎないだろうか。
これじゃあ、逆ぼったくりだ。
「──加えて、弊社の特別乗車券を発行いたします。これについての説明は客室乗務員よりお聞きください。この度は本当にありがとうございました。──以上でございます。では、こちらを」
そう差し出されたのは、小さな木箱に入った、銀色のカードが二枚。
これ、おそらく
よく見ると、俺とアルの名前が彫ってある。
「こちらはロディ・ヴォッタルク様、アル・ヴォッタルク様のために用意された、当列車の特別乗車券となります。今後、『大陸横断鉄道』をご利用される際にこちらをご提示いただければ、二番車両までの客室を全線無料でご利用いただけます」
「──は?」
客室乗務員ゴーレムの説明に、開いた口がふさがらなくなってしまった。
『大陸横断鉄道』のオーナーというのは、頭のネジか金銭感覚が些かぶっ飛び過ぎている。
先ほどの金貨百枚の時点で充分が過ぎるというのに、副賞みたいにしてさらにとんでもないものを渡してきやがった。
アラニスで悪名高い〝ぼったくり商会〟がため込んだ金は、一般的な都市の住民が得る生涯年収の約二倍。
そして、大陸西端のサルディン王国までのチケットを購入するに俺が費やした金は、全財産の三分の一だ。
それを、今後自由に使えるチケットをポンと渡すなんて、逆に怖すぎる。
「どうぞ、お受け取り下さい。これは、正当な報酬です」
「正当なもんか。ちょっと払い過ぎだぞ」
「いいえ。これはオーナーが決めたことですので正当です」
目の前に差し出された箱を、渋々受け取る。
ゴーレム相手に押し問答をしたって無駄だ。
彼らは定められた仕事をしているに過ぎない。
「この度は誠にありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
そう頭を下げて、帰っていく客室乗務員ゴーレム。
その後ろ姿を見送ってから、俺は部屋の中に戻った。
「なんだか、すごくたくさんもらっちゃったッスね」
「ああ……〝ぼったくり商会〟をびびらせるなんて、『大陸横断鉄道』のオーナーはなかなかの大物だな。さすがに、ちょっと怖い気がするぞ」
銀色のカードを見ながら、小さくため息を吐く。
「ボクは、ちょっとだけわかる気もするッスけどね」
「わかるとは?」
「これはただの推測なんスけど……ロディさんはヤージェで問題解決をしたじゃないっスか」
「ああ、あれか」
地下迷宮の
あれはそこそこに大変だった。
久々に本気を出した気がする。
「でもって、王都では王様に名前を知られてるみたいな話も聞いたっス」
「ミファが言ってたな」
「なら、オーナーさんが〝ぼったくり商会〟を調べたり、知ってたりしたっておかしくないッス」
アルの言葉を聞いて、背中にぞわりとしたものを感じる。
なんだか、話が大きくなってきたぞ?
「で、今回の指名依頼ッス。ロディさんはオーダー通りにサクっと短時間で解決したじゃないっスか」
「まあ、時間がかかるようなもんでもなかったしな」
「でもゴーレムさん達にはなかなか解決できなかったんスよ? それを解決したってことは……」
「もしかして、目を付けられたのか? 俺」
銀色のカードをじっと見て、ぎくりとする。
「というより、ロディさんと仲良くしたい……もっと商売っぽく言うと、列車に〝ぼったくり商会〟ロディ・ヴォッタルクを武装商人として潜らせたいって思ってるんじゃないっスかね?」
「なるほど、そのための無料チケットか。ま、
キラキラと光る銀色の特別乗車券を手に取って反射させながら、深くため息を吐く。
「俺は平々凡々と鉄道旅行ができれば十分なんだがなぁ……」
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