第32話 ぼったくり、アルバイトをする

 アルと連れ立って食堂車に行くと、普段よりもざわついたような感覚があった。

 俺達同様、他の乗客も落ち着かない様子であるらしい。


「ご注文は?」

「紅茶を二つ」

「かしこまりました」


 給仕ゴーレムに注文をして、アルと二人で少しばかり騒がしい食堂車を見やる。

 騒がしいわけではないが、ひそひそと何かを話す声や、いらだたし気に足を鳴らす音などに混じって「十号車で……」「たてこもり」「人質が……」といった声が漏れ伝わってきた。


「ロディさん、思ってたよりもマズいかもしれないっス」

「ああ。もう少し穏やかな話だと思ったんだがな」


 とはいえ、対象者もこんなところで放り出されるとわかれば、やぶれかぶれになったって仕方ないかもしれない。

 山岳と谷ばかりが広がる自然の風景は窓から見るにはいいが、魔物モンスターも徘徊しているだろうし、近くに村や町を見つけられなければ野垂れ死ぬ可能性もある。

 いや、かなりの確率でそうなるだろう。

 であれば、命を懸けてゴネるしかないというのもわからないでもない。


「少し野次馬したい気持ちもあるけど……うーむ」

「事情が分からないっスよね」

「ここで止められるってことは、おそらく出入国手形パスポート関連だと思うけどな」


 考えられる可能性はいくつかある。

 例えば、何処かから駅舎に侵入しての無賃乗車。

 あるいは、規定でない乗車券で乗ったか。


 だが、ここのチェックで引っかかったということは……十中八九、出入国手形パスポート関連だろう。

 入国できない者──例えば、隣国で犯罪歴のある者や国外追放された者であれば、乗車券が正規でも入国審査で止められる。

 さっきに噂を聞くに、そう言った人物である可能性はそれなりにあると見た。


「ゴーレムたちは強いから、大丈夫だとは思うが……」

「ちょっと心配っスよねぇ」


 すでに一時間はゆうに停車したままなのだ。

 あの優秀なゴーレムたちが対処しきれていない可能性は否めない。


「紅茶をお持ちしました」

「ああ、ありがとう」


 湯気を立てるカップを俺達の前にそれぞれサーブして、ぺこりとゴーレムが頭を下げる。

 その瞬間、「ピッ」と音がして、ゴーレムがこちらに向き直った。


「ロディ・ヴォッタルク様。オーナーより言付けを預かっております」

「……俺に?」

「再生いたします──ごきげんよう、ヴォッタルクさん。現在起きている不測の事態に対して、あなたに依頼を行うことはできないだろうか。あなたなら楽に解決できる仕事だ。報酬は特別なものを用意させてもらう。きっと、あなたを満足させるだろう──以上でございます」


 なかなか一方的だが、なるほど困っているということはわかった。

 このまま止まったままだと、俺達だって困るし……介入するのはやぶさかではないが。


「引き受けるにしても情報が足りない」

「情報共有は必要ですか」

「ああ、お願いしよう」


 曰く、問題の車両は十番車。

 最も安い値段で乗ることができる、雑魚寝の箱車両。

 いわば、貨物室に人間をのせている車両だ。


 そこで、不正乗車が発覚した。

 数人の男が、人質一名をとって列車の運行再開を要求。

 目的地は隣国中央のキリュートで、そこまでの無停車直通を求めているらしい、

 ……まさか、列車ジャックとは。


「わかった。それで、どうしてほしい?」

「『大陸横断鉄道』よりの要望は、彼等の排除です。あなたであれば、容易であると判断します」

「なるほどな」


 目を閉じて、受けるべきかどうか思案する。

 これは、少しばかり……気が重いかもしれない。


「どうするんスか、ロディさん」

「しかたない……楽しい旅を続けられるように、ひと働きしてくるよ」

「あぶなくないッスか?」

「危なくなったら逃げかえってくるさ」


 アルの頭を軽く撫でてやって、俺は給仕ゴーレムに告げる。


「承ったとオーナーに伝えてくれ」

「承知いたしました。各車両を通過するためのパスを発行いたしました。行動を開始してください」


 こういうところは、無機質なんだよな。

 まあ、その方が気を遣わなくていいという見方もあるけど。


「それじゃあ、行ってくる。アルは部屋で待っててくれ」

「……わかったッス。気を付けてくださいッス」

「おう。すぐに戻る」


 そう告げて、冷めた紅茶をぐいっと飲み干す。

 嫌な役回りだが、断れば人質となった乗客が犠牲になる可能性がある。

 だったら、汚れ仕事も引き受けざるを得まい。


 アルを残して食堂車──四番車──を後方に向かって抜ける。

 五番車から八番車までは上下二階に分かれた一般指定席、九番車から先は、自由席かもつしつだ。


 ざわつく一般指定席車両を抜けて、九番車に入る。


「こりゃまた、混んでるな」


 問題が起きてる十番車から追い出されてこちらに移ってきたのだろう、九番車の密度は相当なものだった。

 こんな状況が一時間も続けば、怪我人か病人が出てしまうぞ。


「おい、あんた……そっちは……」

「ああ、気にしないでくれ。俺は『大陸横断鉄道』のスタッフなんだ」


 十番車に向かおうとする俺を止めようとする男性に、軽く会釈して奥へと進む。

 扉の前には、何処かで見たような気がする太った男が、鎮座していた。


「すまないが、そこを通してくれないか」

「なんだと? てめ……」


 俺にすごもうとして、顔色を悪くする太った男。

 ああ、こいつ……アラニスで俺に『席たかり』をした一味だ。

 何してるんだ、こんな所で。


「ここは通さねぇぞ……!」

「そうか、じゃあどいてくれ」


 手首をつかんで、軽く足払いをかける。

 にわかに浮いた太った男をぽいっと床に叩き落とし……そこに指を振って〈眠りの霧スリーブミスト〉を放った。

 床に突っ伏したまま意識を失った男を乗り越えて、十番車に入る。


「なんだてめぇは!」

「どうも、〝ぼったくり商会〟です。みなさんを制圧しに参りました。まずは話し合いからどうでしょうか」


 余所行きの言葉で、軽く挨拶してみせる。

 これを聞いて、おとなしくなるならいい。

 何か事情があるなら、俺がオーナーに繋いでもいいと考えたのだが……青年たちは、残念な選択をした。


 ──結果。


 人質となった少女は無事に解放され……青年らは自然豊かな山岳地帯に投げ出されることとなった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る