第31話 ぼったくり、停車中にいちゃつく
ロンバルト駅を出て一日と少し。
森林と山岳の雄大な景色を見せながら悠然と進んでいた魔導列車が、音を立てて止まった。
『国境部鉄道観測地点に於きまして乗車券不正が検知されたため、当列車は緊急停止いたしました。大変恐縮ではございますが、ご乗車の皆様は速やかにお席、お部屋にお戻りください。担当係員が乗車券の確認に参ります』
そんなアナウンスで目を覚ましたアルが、俺の隣で小さく目をこする。
「はぇ……なんスか?」
「さぁな。誰か無賃乗車をしたか越境処理をしていなかったかだと思うが」
『大陸横断鉄道』は駅舎に入る際、そして要所に配置された魔法の
乗車券は発行時に登録された本人の魔力波長を元に紐づけられており、それにより購入した車両番号にちゃんと乗車しているか確認しているらしい。
そのため、無賃乗車やアラニス駅であったような『席たかり』は、すぐにバレて取り押さえられることになるというわけだ。
「なるほどっス。よくできてるんスねぇ」
「ま、俺らはこのまま部屋でまったり待っていればいいさ。係員が来るから服は着た方がいいかもしれんが」
「ん、にゃ……ッ!?」
自分の格好を思い出したのか、すぽりと毛布に引っ込むアル。
なんだっけ、こういう動物いたよな。
アルの方が、百倍は可愛いけど。
「ロディさんがえっちッス……!」
「否定はしないが、お前も人のことは言えないだろう」
「……そうッスかね?」
だって、昨日なんて──……
「待つッス! いま、回想に入ろうとしたっスね?」
「まぁ……うん」
「ダメっス。思い出すの禁止ッス!」
毛布の中で顔を赤くしてもだもだとするアルがとてもかわいい。
こんなに可愛いアルが、昨日はとても積極的で……少しびっくりさせられた。
都会には『殿方を落とすナイトテク指南書』などという面白い本が売っていて、義妹と二人、それで盛り上がった……ということを、実は知っている。
聞き耳を立てたわけじゃない──うっかり耳に入っただけだ。
まさか実践に移すとは予想外だったが、アルが俺の上で頑張る姿は思い出しただけで理性がはじけ飛びそうだ。
顔を真っ赤にして、息も絶え絶えに俺を見下ろすアルは本当に可愛いさと淫らさを備えた完璧な存在だったと思う。
「ちょ、ロディさん!? ダメッスよ? ダメですって!」
毛布の中から手だけだして俺を揺さぶるアル。
何だ、この可愛い生き物は!
ずっと見ていたくなってしまうじゃないか!
「忘れるっス! あれは、ちょっとした気の迷いというか……いろいろあったというか」
「わかってる。『立場逆転にメロメロ! あなた主導のナイトテクニック』だろ?」
「なななな……なんで、それを……!? え? ちょ……へ? ボク、ボクはそんな」
毛布をすっぽりかぶって悶えるアル。
そんなアルも可愛いなぁ……などと考えていたら、客室の扉がコンコンとノックされた。
それを聞いたアルが、小走りでシャワールームにかけて行く。
「客室乗務員でございます。ご在室でしょうか」
扉の向こうから、聞き慣れたゴーレムの無機質な声が聞こえる。
「ああ、いるよ」
「チケットチェックをいたします。そのまましばらくお待ちください」
扉の向こうから『ピピッ』といつもと違う音。
だが、それだけで仕事は終わったらしい。
「確認が完了しました。ご不便をおかけしますが、列車が動き出すまでもうしばらくお待ちくださいませ」
それだけ告げて、扉の前から気配が消える。
どういう仕組みかはわからないが、魔導列車はそれそのものすら
普段、車内で見かけるゴーレムすらどうやって作ったのかわからないくらいなのだから、わからないことが多くとも仕方あるまい。
「行ったっスか?」
シャワールームからひょこっと顔を出すアルに、頷いて返す。
「扉は開けなくてよかったみたいだ」
「みたいッスね」
ほっとした様子で毛布を引きずったまま、ベッドに戻ったアルがシェードを開けて窓の外を見る。
「いつまで止まったままなんスかね?」
「
「ちなみに、見つかった人はどうなるんスか?」
「状況によるが、場合によってはここで外に放り出されるかもしれないな」
アルが目を丸くして俺を振り返る。
「へ、ここでッスか? 見てください。岩山っすよ!?」
「岩山でもだ」
そういうところを徹底しているから、『大陸横断鉄道』は複数の国にまたがって運行できるのだ。
俺達が持つ乗車券は、
つまり、誰がどこから来たか一目でわかるようになっているというわけだ。
「しかし、動かないな」
「っスねぇ」
もう魔導列車が止まってから小一時間は経過している。
だが、一向に動き出す気配もなければ、アナウンスもない。
なんだか……絶妙に嫌な予感がするな。
「様子、見に行く感じッスか?」
「そうだなぁ。ちょっと情報収集がてら、食堂車まで行ってみるか」
「ッス!」
返事と共に元気よく立ち上がったアルの肩から、するりと毛布が滑り落ちる。
それはもう、流れる水の如く自然に。
「……」
「……」
すとん、と座り込んで毛布をたぐり寄せるアル。
顔が真っ赤だ。
何度か夜を重ねたって、こんな風にうぶな反応をするのだから、アルという女の子はつくづくずるい。
何度だって、俺を恋に落とそうとするのだから、たまったもんじゃないな。
「ほら、鞄。俺は少し髭をそってくるよ」
「……っス」
アルの衣服を詰め込んだ鞄をベッドの上にそっと置いて、俺は洗面所に向かう。
可愛いのは可愛いが、ちょっといたたまれなさも感じてしまった。
あんまりいじると後が怖いし、ここはそっとしておこう。
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