第30話 ぼったくり、別れに涙する

「兄さん、気を付けてね」


 ロンバルト駅の駅舎で、ミファがにこりと笑う。

 かつてアラニスで義妹を見送った俺が、今度は見送られるなんて少しだけ感慨深い。


「アルちゃんも。兄さんが無茶しないように見ててね」

「了解ッス! 魔導信でお知らせするっス!」


 胸をとんとんと叩いて、アピールするアル。

 それを見て、ミファが小さく噴き出した。


「ほんと、頼りにしてるから。兄さんは、アルちゃんにあんまり心配かけちゃだめよ?」

「わかってるさ。だいたい、俺達がしてるのは観光旅行だぞ? 滅多なことにならんよ」

「そんなこと言って、すでに前科二犯なの知ってるんだからね」

「うぐ……!」


 別に、俺からトラブルに巻き込まれに行ったわけでは。

 まあ、でも気を付けるとしよう。

 できると思えば、手を出してしまいそうな自分がいるのも確かだし。


『まもなく、当列車は定刻通りに出発いたします。ご乗車のお客様は、お急ぎください』


 アナウンスが駅舎に響く。

 別れの時間が、近づいていること察したのかミファが俺を軽く抱擁する。


「端まで行ったら、また王都に引き返してきて。絶対よ?」

「わかったよ。約束だ」


 抱擁を返し、再会の約束をする。

 その時は、たくさんの土産も一緒にしようと心に決めて俺はミファから離れた。


「アルちゃんも」

「ッス!」


 軽い抱擁を交わして、ミファが一歩離れる。

 もう別れの挨拶は、充分という事だろう。


 再会の約束をしているし、魔導信もある。

 寂しくはない。寂しくはないはずなのだが……やはり、少しだけ寂しさはある。

 それもまた、旅の醍醐味だろう。


「それじゃ、いってくる」

「ええ、いってらっしゃい。兄さん」


 かつてのアラニスで一緒に暮らしていた時のような軽いあいさつを交わして、お互いにくるりと背を向ける。

 アルは少し面喰ったようだが、俺の手を握って追いついてきた。


「王都は、いろいろあったっスね」

「ああ、びっくりしたよな」


 寂しさを紛らわせるために他愛無い会話をしながら、二番車両に乗り込む。

 部屋につくと同時に魔導列車が動き始め、車内アナウンスが流れた。


『大陸横断鉄道をご利用いただきありがとうございます。当列車はただいまロンバルト駅を出発し、サウスヘルト駅へ向かって──』


 アナウンスが終わらないうちに、アルが俺の袖を引く。


「ミファさんッス!」


 窓の外を見ると、駅舎の端に立った義妹が涙目になりながらこちらに手を振っていた。

 まったく、泣き虫はなおらないままだな、ミファのやつ。

 そんなことを考えながら、俺も少し泣きながら手を振った。


 ◆


「次の駅まで丸三日もかかるなんて、ちょっとびっくりっスね」

「ロンバルトから76時間だからな。ま、だらだらと移動時間を楽しもう」


 ベッドに寝転がりながら、ロンバルト駅で購入した小冊子をペラペラとめくる。

 この先は情報があまりない別の国だ。

 なので……ついうっかり、観光雑誌というものを買ってしまった。


「何見てるんスかー?」


 王都で部屋着にと買った薄い短衣チュニック一枚のアルがころりと俺の横に転がってくる。

 おいおい、あんまりかわいいとドキドキしちゃうだろ。

 いい加減にしろよ、アル。


「隣国の観光情報を調べておこうと思ってな」

「さすが迷宮ダンジョンの武装商人は抜かりないッスね」

「いや、そう言うんじゃないんだ、。ちょっと、わくわくして?」


 俺の言葉に、アルが目を丸くして……それから吹きだした。


「ロディさんがかわいいッス! 心は少年ッス!」

「やっぱちょっと子供っぽいか? でも、もう買っちまったんだよなぁ」

「いいんじゃないッスか?」


 ふわふわと笑いながら、俺にのしかかってくるアル。

 軽いので気にならないが、布越しに触れる柔らかさは気になる。

 この二日間……義妹の手前、あまりそれらしい触れ方をしなかったので、ちょっとばかりこれは毒だ。


「それで、次のサウスヘルトはどんなものがあるんスか?」

「この冊子によると、近くに鉱山があって、鍛冶なんかが盛んらしい」


 自分でそう口にして、ふと思い出す。

 隣国──ラヴァナン共和国の武器は、質がいいと冒険者の間で話題になっていた気がする。

 なんでも鋼の質が非常に良く、丈夫で切れ味が鋭いのだとか。


「食べ物はないんスか?」

「でたな、食いしん坊め。ええっと、あった……卵料理と燻製料理が名物みたいだな。あと、火酒ウォッカ

火酒ウォッカって……酒精アルコールのすっごく高いお酒でしたっけ?」

「ああ。いつもみたいに果実酒感覚であおるとぶっ倒れるぞ」


 アルもそれなりに酒を嗜むが、身体が小さいせいか結構酔いやすい。

 火酒ウォッカなど飲んだら、治癒魔法が必要になるかもしれないな。


「なるほどッス。何というか、着いてみないとさっぱりわかんない町っスね」

「まぁ、鍛冶の街だからいろんなものがあるぞ。武器だけじゃなくて日用品も鍛冶師の腕が試されるからな」

「だったら、小さめで丈夫な薬缶ケトルを探してみたいっスね」


 確かに、ちょっとしたときに使えるようなものを探すのは面白いかもしれない。

 それと、こっそり刃物も見て回ろう。

 俺が素材採取に使ってる小刀は随分とくたびれちまったからな。新しいのが欲しい。

 ……例え、今後迷宮ダンジョンに入ることがなくとも。


 そんなことを考えていると、アルが再び俺にのしかかってくる。

 柔らかな感触と一緒にいい匂いがして、俺の理性が少しばかり削れてしまった。

 まったく、あんまり無防備だと悪戯をしてしまうぞ?


 ……いや、待て。

 もしかしてこれって。


「なあ、アル……お前、ひょっとしてか?」

「えへへ」


 照れたような小悪魔の笑みに、俺の我慢と理性はあっという間に決壊した。

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