第29話 ぼったくり、妹離れする

「宮廷料理は最高だったな」

「すっごく美味しかったッス!」


 あの後出てきた牛ステーキは柔らかくて最高だったし、食後に出てきたデザートも美味かった。

 人生で食べた中で、最も美味い料理だったかもしれない。


「満足してもらえたようでよかったわ。私、少しは恩返しできたかしら?」

「あんなにいい店、俺じゃあきっと行けなかった。本当にありがとう」


 馬車に揺られながら、俺は義妹に頷いて返す。

 それにミファが小さく笑った。


「王都にいてくれるなら、また連れて行ってあげるわよ?」

「なかなか魅力的なお誘いだが、旅はやめない。迷宮ダンジョンにこもりっぱなしだった反動かな、どこまで遠くに行けるのか試してみたい気持ちなんだ」

「ふふ、結局そう言うところは兄さんなのね」


 ミファがご機嫌に笑って、アルに顔を向ける。


「こんな兄だけど、ほんとにいいの?」

「こんなロディさんがいいんスよ」

「やっぱり、妬けちゃう。あーあ、こんな事ならもっと早くに兄さんを呼んでおくべきだったかも」

「いつまでもそんなこと言ってないで、いい男を捕まえろよ。お前はかわいいんだからさ」

「その可愛い妹を振ったのは、兄さんでしょ」


 じとりとした目を向けるミファに、俺は苦笑いを返す。

 そして、やはり義妹に男としても目を向けることができない自分を再確認した。

 やはり、ミファは大切な家族なのだ。


「浮いた話とかなかったんスか? ミファさんを放っておくなんて、王都の男の目は節穴っス」

「おいおい、言い過ぎだぞ。その通りだが」


 ミファが拗らせてるのはともかく、王都の男どもは何をしてるんだ。

 もしかして、ミファが平民だから避けてるんじゃなかろうな?

 こんなに美人で気も利くのに!


「ロディさん、脳内が駄々洩れっす」

「そういうこともある」


 そんな俺達に苦笑して、ミファがこそこそと切り出す。


「実は、ないことはないの」

「やるじゃないか。どこのどいつだ? 兄ちゃんが直々に品定めをしてくれる……!」

「ずっと断ってたんだけど……兄さんこの通りだし、ね」


 寂しげに笑う義妹を見て、少しばかり胸が痛む。

 だが、こればっかりはどうしようもない。

 俺は、アルを心の中心に置いてしまっている。

 それは、どうやってももう覆せない。


「んー……そっか。兄さんに、会ってもらうのもいいかも。その、兄さんの許しがないと付き合えないって断り方してたしね」

「おいおい、それはまたエグい真似を」


 アラニスにいるはずの俺に許可なんて取れるはずもなく。

 事実上の完全拒否じゃないか。


 いや──それがあっても『ずっと』ミファに言い寄ってるということは、それなりに本気なはずだ

 根性があるのか、ただしつこいのかは不明だが……この様子からしてミファだってまんざらではないようだし、会ってみたくはある。

 兄として、義妹の今後が心配ではあるのだ。


「魔導列車が出発するまでなら、時間が取れるけど?」

「うん。帰ったら手紙鳥メールバードを飛ばしてみる。……本当にいいの?」

「当たり前だ。先に言っておくが、俺の審査は厳しいぞ!」


 きりりとする俺の脇を、アルがつつく。


「ロディさん、ロディさん」

「ん?」

「ミファさんに彼氏作りたいんじゃないんスか?」

「そうだが?」

「厳しくしてどうするんスか」


 そうは言うが、都会特有のチャラチャラした奴だったら嫌だし。

 うまくヘタしたら、俺の弟になるかもしれないのだ。

 どういうヤツかはしっかり見極めないとな。


 そんなことを考える内に、馬車はミファの自宅がある噴水前に到着した。


 ◆


「初めまして。エディル・シア・ソルブライトです」

「……」


 ──翌日。

 義妹が俺の前に連れてきたのは、見目麗しい銀髪の青年。

 澄んだ青い瞳を俺に向けて、しっかりと挨拶をしてきた。


 俺はというと、状況がヤバすぎて完全に固まってしまって、アルに脇腹をつかれるまで意識が飛んでいた。


「初めまして。兄のロディ・ヴォッタルクです。こちらはアル」

「よろしくお願いしますッス!」


 元気よく返事をするアルに、俺は再び緊張で固まる。

 なにせ、目の前にいるのは……この国の第四王子だ。

 ヘタをかませば、不敬で首が飛ぶ。


「お会いできて光栄です。お噂はかねがね」

「い、いえいえ……お世話になっております」


 ちぐはぐな謎の返しをしつつ、俺は心の中で深呼吸する。

 まさか過ぎるだろ。

 そりゃ、「うちのミファなら玉の輿くらい余裕だろ!」とは思ってはいたが、まさか正真正銘の王子様連れてくるとか、予想外過ぎるだろ!?

 しかも、その求愛を「お兄ちゃんが好きだからー!」で断ってたって?

 心臓でもくりぬかれるんじゃないか?


「あの、顔色が悪いようですが……お加減でも?」

「お構いなく。えー……ちょっと、予想外だったものですから」


 小さく息を吐きだしながら、ミファに視線を送る。

 だが、義妹は小首をかしげてお茶のおかわりなどを入れに行ってしまった。


「ミファとは、どこで?」

「王立学術予備院で、同じクラスだったんですよ。彼女にはたくさん助けられました。今でも、職場で随分と支えてもらってますが」


 にこりと笑う第四王子はまるで美術品の様で、思わず息を飲む。

 こんなのに何度も求愛されてなんで平然としてられるんだ、ミファは。


「やっとお会いできました。ミファさんには兄の許可がないといかなる返事もできない……と言われていたもので」

「失礼ですが、あなたは王族でしょう? 平民の俺に許可を取る必要はないのでは?」

「義理と筋は通さなくては、一人前の男にはなれないでしょう?」


 目を伏せてそう微笑むエディル王子を、少しばかり見直した。

 王族というのは強権の集合体のような者たちである。

 高級官僚とはいえ、後ろ盾のないミファなど一声かければ妾にでもなんにでもできてしまう力を持っているはずなのだ。

 それを律して、俺を待つなど……どうも、彼はらしい。


「え、エディルさんって王族なんスか……?」

「ソルブライトの家名を名乗れるのは、王族だけだ。知らなかったのか? アル」

「べ、勉強不足だったっス……」


 そんな俺達を見て、エディル王子が小さく噴き出した。


「そのくらいの方が、僕はありがたいんですけどね。ミファさんも、僕を特別扱いしない人なんです。彼女が居なければ、きっと僕は傲慢な人間のまま変われなかった」

「はぇー……やっぱり、ロディさんとミファさんって兄妹なんスね」

「というと?」

「自分はロディさんに人生を変えてもらったんス。ロディさんに会わなきゃ、ずっと荒んだままだったと思うっス」


 アルの言葉に、エディル王子が静かに笑う。


「同じですね。僕も変えてもらいました。自分の足で立つことや、ときには人に頼ること、感謝すること。全部、ミファさんが教えてくれたんです。だから、お兄さん……ミファさんを僕にください!」


 エディル王子が頭を下げた瞬間、背後で「ガチャン」と音がした。

 振り返るとミファが顔を赤くして、固まっている。

 床には無残に割れた『マリガン』のティーカップが転がっていた。


「ちょちょちょ……ちょっと! エディル! いきなり何を言ってるのよ!」

「これを逃すと、もう言えないかもしれないじゃないか!」

「だからって、飛躍し過ぎよ! 私は兄さんが好きなんだから!」

「僕は王権を使ってでも兄さんにうんと言わせて見せるよ!」


 それは一般的に脅迫というのではなかろうか。


「アル、片付けてやってくれ」

「はいッス」

「ミファ、こっちにおいで」


 アルと入れ替わりに、ミファを座らせる。


「ミファはどうしたい?」

「私は、別に、その……」

「俺は、彼を信用するよ。きっと、お前のことを大事にしてくれる」

「そんなの、わかってるもん」


 なんだ、もう答えを言ってるようなもんじゃないか。

 俺という呪縛が解ければ、もう二人の間に何の障害もない。

 そろそろお互い、兄離れと妹離れをしなくちゃな。


「──エディル王子。妹を、よろしく頼みます」


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