第28話 ぼったくり、噂に悩む

「は?」


 あまりに意外で衝撃的な言葉に、固まってしまう。

 何だって一国の主が、俺のような一般市民の名を知っているんだ。

 どう考えてもおかしいだろう。


「なんで王様がロディさんの名前を知ってるんスか?」

「原因の半分は私だけど、そこから先はよくわからないのよね」

「半分、とは?」


 俺の質問に、義妹がフォークを振る。

 こんな場所で行儀の悪い真似をと思うが、今はそれどころではない。


「それは私が平民出身だからよ」

「つまり?」

「私はちょっと頑張りすぎたし、兄さんはもっと頑張りすぎた」


 ミファの言葉で、ピンと来てしまった。

 貴族の娘でも、豪商の娘でもない人間が王立学術予備院に入学というのも快挙であろう。

 しかし、その妙な平民が金の心配なく通えているというのは異常だ。

 貴族でも金回りのよくない家は長男だけを通わせるのがいっぱいいっぱいな場所に、ただの平民の娘が入学して金に困った様子もない……となれば、それを調べようという奴が出てきてもおかしくはない。


 そうなると、当然……俺の話になる。


 しかし、それが上層部のみならず王の耳にまで届いているというのはやはりよくわからない。

 俺のような武装商人の名を覚えている必要がどこにあるというのだろうか。

 妙に不安に駆られる情報だ。


「安心して、悪い噂じゃないはずだから」

「〝ぼったくり商会〟なんて二つ名を知って悪い噂じゃないという方が驚きなんだが」

「仕官の話じゃないッスか?」


 アルの言葉に、ミファがぴくりと反応する。


「あり得ない話じゃないわね」

「あり得ない話だろ」


 そんなやりとりの間に、再び初老の給仕が姿を現した。


「スープをお持ちしました。本日はシュエルコーンのポタージュでございます」

「わ、すっごくいい匂いっス」

「味もよろしゅうございますよ」


 にこにことしながらスープをサーブして、部屋を後にする給仕。

 気が付けば、空になった前菜の皿はいつの間にか消えていた。

 俺の前でそんなマネができるなんて、本当に何者なんだ……?


「さっきの話ッスけど、ロディさんに仕官の話はあり得ないことじゃないと思うっス」

「その心は?」


 スープを掬いながら、問う。

 少し甘いコーンの芳醇な香りが鼻腔を抜けて、胃を期待させる。

 これは、すごいな。食う前から、美味い。


「もしボクが王様だったら、押さえたい人材だからっス」

「そりゃ身内贔屓がすぎやしないか、アル」

迷宮ダンジョン深層に長期間潜ってられて、第六階梯までの魔法が使えて、腕っぷしも強いうえにサバイバルまでできる人間、そうそういやしないッスよ?」

「アルちゃんのいう通りよ。こないだはヤージェの魔物モンスター災害も一人で解決したんでしょう?」


 褒められるのは嫌いじゃないが、どうにも褒められすぎている気もする。

 背中がくすぐったくなってしまうじゃないか。


「やっぱり、あるかも。そうじゃなくても、兄さんに興味を持ってるのは確かだと思うわよ」

「勘弁してくれ。俺はもう〝ぼったくり商会〟を畳んだ、ただの隠居おじさんなんだ」


 半笑いになりながら、スープを干す。

 温度も味も最高だ。さすが宮廷料理……感動しかない。


「これについてはわかったら手紙を送るわ。『魔導信』なら駅で受け取れるでしょ?」

「ああー……最近流行りの」


 『魔導信』は、郵便や手紙鳥メールバードに代わる新たな情報伝達手段だ。

 なんと、遠く離れていても一日以内に届くらしい。

 ただし、届くのは『情報』のみ。

 声や文字を魔法的な信号に分解して、大陸横断鉄道のレールを通る魔力流に同期させるらしい。

 つまり、送り手も受け取り手も最寄りの駅まで行かねばならないという不便さはある。


「登録、してる?」

「してないな。興味はあるんだが……」

「ボクはしてみたいッス! ロディさんも一緒に登録しましょう」

「そうだな。ミファから手紙も欲しいし」


 俺の言葉に、ミファが小さく顔を赤らめて微笑む。


「兄さんからも頂戴ね。アルちゃんも」

「もちろんッス!」

「ああ。旅行先の感想でも送らせてもらうよ」


 そんな話をするうちに、魚料理がのせられた皿がサーブされる。

 相変わらず、鮮やかな手並み。


「お魚はモーフモーフでございます」

「珍しいわね。王都で食べるのは初めてかも知れないわ」

「皆様、東地方の出身と伺いまして。シェフが郷土の味をと」


 モーフモーフはアラニスを含む王国東部で獲れる淡水魚だ。

 今の時期のモーフモーフは、脂が乗っていて、身が甘い。

 この季節ならではのごちそうとも言える逸品だ。


「懐かしい味だわ」

「ボクもたまに料理してたっス。ここまで美味しくはできないスけど……」

「俺はアルの作った料理も好きだぞ?」

「列車に乗ってから、なかなか作る機会がないっスねぇ」


 故郷アラニスの話をしながら、三人でモーフモーフを楽しむ。

 このレストランのシェフというのは、なかなかに優れた料理人らしい。

 食べる者に合わせて、話題になる料理を出すなんて。

 ……しかし、なるほど。これが『宮廷料理』か。


「それにしたって、兄さんが恋人を作って王都に来るなんて……予想もしなかったわ」

「俺もだ。俺自身だって、そのうち迷宮の底でくたばるんだと思っていたし」


 俺の言葉に、アルとミファがじっと俺を見る。

 さて、俺は何か失言をしてしまっただろうか?


「アルちゃん。その、いろいろ言ったけど……兄さんをお願いね」

「任されたッス!」

「おいおい、なんだよ……」


 突然に結託する恋人と義妹に、俺は首を傾げる。

 そんな俺の目の前に小さな皿が置かれた。


「お口直しでございます。この後、メインが参りますのでしばしお待ちください」


 それだけ言って、初老の給仕が姿を滲ませる。

 おい、おい……?

 あいつ、姿ごと気配まで消したぞ!?


ちめたくて美味しいっス! アイスクリームみたいッス」

「シャーベットよ。ソルブライトには専門店もあるけど、明日行ってみる?」

「是非ッス!」


 楽しそうな二人とは裏腹に、俺は初老の給仕が消えた壁をしばらく見つめ続けてしまった。

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