第27話 ぼったくり、宮廷料理を楽しむ

「あわわわわ……もっとこう、庶民的なところはないッスかね」

「大丈夫よ! そこまで形式ばったところじゃないから」


 本当だろうか。

 目の前にある店は、アラニスにある教会くらいに荘厳だが。

 俺も少し緊張してきた。

 地図も何もない未踏破エリアに初めて踏み込むときの怖さに少し似てる


「ヴォッタルク様、お待ちしておりました」


 店の前まで来たところで、若いスタッフが扉を開けてくれる。

 実にスムーズでな動きで無駄がない。

 剣でも魔法でも極めれば無駄な動きがなくなっていくが……あのスタッフにはそういった凄みのようなモノを感じた。


「本日はお越し下さりありがとうございます。奥の個室をとってございます」


 店に入ったら入ったで、今度は初老のスタッフがにこやかにこちらに頭を下げる。

 なんだろう、貴族にでもなった気分で落ち着かない。

 こう何十年も「ヘェラッシェー!」みたいな店に慣れていると、この整い過ぎた空間は逆に居心地が悪く感じてしまうのだ。


「だ、大丈夫ッスか? ロディさん」

「お前こそ。……ドレス、似合ってるな」


 細やかなフリルがあしらわれた薄緑のドレスは、アルの雰囲気にぴったりで、可愛いと美しいが絶妙なバランスで表現されている。

 ドレスだけ見ると少し子供っぽい印象もあったが、こうして着ているのを見るとガラリと印象が変わって見えた。


「えへへ、ありがとッス。ロディさんも、決まってるっスよ」

「ありがとよ。ああ、しかし本場の宮廷料理が食えるかもと入ったが……」

「ちょっと本格すぎッスよね……」


 ばっちりとモスグリーンのドレスを纏ったミファの後に続きながら、ひそひそと話す。

 ここは田舎者の一般市民にとって些か慣れない場所だ。

 うまくエスコートしてやれればいいが、俺とて初心者なので一緒におろおろするしかない。

 結局……個室に案内され、椅子に座るまでの間、かなり挙動不審なまま来てしまった。

 

「二人とも、そんなに緊張しないで。食事マナーなんかも気にしないでいいように、個室にしたから」

「悪いな、ミファ。気を遣わせちまって」

「もう、何言ってるの? 久しぶりにする一緒の食事じゃない。アルちゃんも一緒に、家族団欒と行きましょ」

「ミファさん……」


 ミファの言葉に、アルが涙目になる。

 というか、俺も泣きそうだ。

 義父も母もとうの昔に流れに帰り、義妹ミファとは没交渉。

 そんな俺にとって、今日の食事はただの食事以上の意味を持つ。

 ミファの言った通り、これは家族団欒の食卓なのだ。


「失礼いたします。食前酒をお持ちしました」


 先ほど案内してくれた初老のスタッフが、小さなガラスの杯を俺達の前に一つずつサーブした。

 白ワインのような色合いをした杯の中身からは、花に似た甘い香りが漂っている。

 知った匂いだが、思い出せない。


「チトリンの花のお酒でございます。本日は久々の再会とのこと、ゆっくりとお楽しみくださいませ」


 にこやかな表情で頭を下げた初老の給仕ギャルソンが、静かに下がる。

 前職は斥候スカウトかなにかだろうか?

 所作があまりにも洗練され過ぎているし、足音が全くしないのは驚きだ。


「じゃあ、改めて再会を祝して……乾杯」


 ミファの音頭で、小さく杯を掲げる。

 杯をぶつけないのが、王都流らしいというのは聞いていた。

 まぁ、ジョッキ気分でぶつければ割れてしまいそうだとは思う。


「うまいな、これ」

「まろやかな味わいッス」

「すごく失礼かもしれないけど、二人の舌がまともでよかったわ。その……紅茶の時も、びっくりしちゃったもの」


 義妹の言葉に、思わず苦笑いしてしまう。

 まあ、確かにそれなりに舌は肥えてるかもしれない。

 一週間の内、二日しか地上にいない生活を送っていたのだ。

 地上にいる間は、食道楽にもなる。

 アルもそれに付き合っているうちに、かなり味のわかる奴になった。


「だけど、宮廷料理は初めてだ。俺達の田舎舌で美味しく食べられるか、ちょっと不安だな」

「そうッスねぇ……。魔物料理モンスター・ジビエに舌が支配されてるかもしれないッス」


 アルの言葉を聞いたミファが、目を丸くする。


「もしかして、ヤージェの?」

「ッス。本場のをガッツリいったッス」

「うわ、グロそう」

「ヤバいのがいっぱいあったっスよ。例えば──」


 アルと義妹が楽し気にするのを、黙って見守る。

 幸せな時間だと、深く深く理解して記憶に刻み付けて行く。

 いずれ、迷宮ダンジョンの奥でしくじって、魔物モンスターの餌になるのだと覚悟していた俺にとって、これはあり得なかったかもしれない尊い時間だ。


「ご歓談中失礼いたします。前菜をお持ちしました」


 するりするりと音もなく皿が目の前に並べられていく。

 まるで魔法のようだ。


「筍と舌平目のシェッテソースでございます」

「シェッテソース……? もしかしてフェルミゼン・シェッテ草の?」

「左様にございます。もしかして、お苦手でしたか?」

「いや、治癒の魔法薬ポーションオブヒーリングの材料が料理に使われてるなんてと驚いてしまっただけなんだ。すまない」

「いえいえ、よくご存じでございますね。メインディッシュの前に胃を整える効能もございまして、シェフのちょっとした薬膳でございます」


 小さく頭を下げて下がる給仕。

 ああ、そうか。宮廷料理は王侯貴族が口にするもの、というのが一般的だ。

 であれば、そういった順序を踏んだ隠れた気遣いもあるか。

 いや、すごいな。


「兄さんは錬金術も使えるの?」

「まあな。俺の師匠殿がなんでもできる人だったんで、俺もできるようになっちまったよ」「すごいわね。さすが〝ぼったくり商会〟ってところ?」

「なんだってお前に知られてるんだろうな」


 俺のボヤキに、妹が少し真面目な顔になる。


「兄さんの二つ名が、すごく広まってるから。私がこの年で出世できてるのも、ある意味は兄さんのおかげかもしれない」

「どういうことだ?」

「〝ぼったくり商会〟ロディ・ヴォッタルクの名前は、学術院上層部でも時々出る話題なの」

「は?」


 思わず皿のフォークを止めて、聞き返す。


「詳しいことはわからないけど……兄さんの名前、王様も知ってるのよ?」

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