第26話 ぼったくり、ショッピングに付き合う

「アルちゃんにはこっちの色の方が似合うと思うけど。うーん、こっちのデザインも捨てがたいわね」

「ミファさん、こんな高いものもらえないッス」

「何言ってるの。ドレスは淑女レディの正装よ。何着かは持ってなくっちゃ。食べ歩きをするのだって、ドレスコードがあるところだったらどうするの?」


 なるほど、その考えはなかったな……などと考えながら、俺は疲れ切った身体でぼんやりと立つ。

 あの後、アルとミファは和解した。

 言い争いをしている間に『俺のいいところ並べ』などという、公開処刑のような勝負が始まり、決着がついたころにはなんだか仲良くなっていたのだ。

 それはいい。それはいいが……この女の買い物というのは、きつい。


 迷宮ダンジョンに潜っていた時の方が、まだ元気かもしれない。

 興味がないわけではないのだ。

 可愛いアルが、美しい装いになるのは目の保養になる。

 だが、増えていく箱と紙袋には、少しばかり辟易してしまう。


 加えて、俺はこういうのがさっぱりわからないので会話に入っていけない。

 というか、本来こういうものなんだろうな。女の子というのは。


 元ストリートチルドレンの小僧──そう勘違いしていたので、手に職をつけてやろうと、ずっと店番と雑用などさせていたが……これなら教会学校などに通わせて他の女友達など作らせてやればよかった。

 今は恋人とはいえ、保護者としては完全な失態だ。


「ロディさんはどっちがいいっスか?」

「ミファの意見は?」

「私はこっちの薄緑のドレスがいいと思うんですけど」

「じゃあ、そっちの青と白のドレスは俺が買う。ついでにそれに合う靴も出してくれ」


 俺の指示に、店員が素早く動く。

 最初こそ「薄汚い恰好の平民が入ってきたと」よ胡乱なものを見る目を向けていたが、俺が上級公務員の知己で、しかも金をそこそこ持っているとわかってからはサービスがいい。

 王都の店にしては商売がわかっているじゃないか。


「兄さんって意外と買い物の仕方を分かってるのね。もしかして、別に女がいた?」

「あいにくと、そこにいる兼弟子の小娘が俺の初めての女なんだ」

「ちょっと、疲れてるからって言い方! アルちゃんがかわいそうでしょ!」


 昨日は断崖絶壁だの、バーチカルまな板だの言っていたのに、この落差である。

 まぁ、二人が仲良くやってくれるのは心と胃に優しい。


「でも、いいんすか? こんなにお買い物しちゃって」

「いいんじゃないか? ここから先……こういう買い物ができる町があるかわからないし、ミファの言う通り、出歩くのにドレスコードが必要な場所があるかもしれない」

「ボクだけ一杯、申し訳ないッス」

「いいのよ。私が兄さんにもらった分、アルちゃんに返してるだけだから」


 小箱から銀色に光る首飾りをつまみ上げて、アルの首に合わせるミファ。

 それを見て、俺はハっとした。


「待て、ミファ。それは──」

「これにしましょ。よく似合ってるし」


 首飾りを箱にしまい込んだミファが、横で待っていた店員にさっとそれを渡す。

 その瞬間、俺の敗北が確定した。


「どうせ、初めてのアクセサリーは~なんて考えてったんでしょ?」

「ぐ……っ」

「早い者勝ちよ? ふふん」


 俺とミファのやり取りを見てアルが視線を右往左往させる。


「え、なんスか? ボク、なんかマズった感じッスか?」

「いや、アルが悪いわけじゃない。いつも通り、俺がしくじっただけだ」

「兄さんはね、アルちゃんの『初めて』を全部自分のものにしたいのよ。強欲よね?」

「えっと、アクセサリーは初めてじゃないっスよ?」


 アルの言葉に、義妹と二人で顔を見合わせる。

 俺はやった覚えがなくて、妹も贈るのは初めてのはず。

 つまり、俺達以外の誰かってことか……!?

 まさか、トネリコ商会のエロジジイではあるまいな。


「誰にもらったんだ?」

「ロディさんッス!」


 元気よく答えるアルに、ミファの視線が鋭くなる。

 突然覆された勝敗に、納得がいっていない様子だ。


「えっと、覚えてないっスか? これなんスけど……」


 アルが腰のポーチ──低容量の魔法の鞄マジックバッグ──から取り出したのは、小粒のアレキサンドライトが入った真銀ミスラルの指輪。

 確かに、見覚えがある。

 アルに出会って間もない頃、くれてやったものだ。


「きれいな指輪ね」

「アラニス大迷宮の深層で発掘された魔法の指輪だ」

「えへへ、宝物っス!」


 屈託ない笑顔をのアルを見て、あの日を思い出す。

 捕縛されたアルが、〝ぼったくり商会〟に弟子入りを決めたその日……俺は、これをアルに渡したんだ。


 ──「商人になるなら鑑定くらいはできないとな。これをやるから、値段をつけてみろ」


 そう言って、毎日アルに指輪の値段を聞いた。

 ヴォッタルク商会の店番を任せるのだから、そのくらいできないと困る……などと発破をかけ、毎日色んな店を渡り歩かせたのだ。

 いま思えば、ちょっとばかり厳しくし過ぎた気もしないでもないが、商売人として生きていくなら顔を売るのも仕事の内といえる。


 ……トネリコ商会のクソ爺に目を付けられたのは、予想外だったが。


 それはともかく。

 アルはたった半年で指輪の値段を正確に見抜いた。

 他の宝物についても、及第点と言える鑑定ができるようにもなって……俺は、アルに店番を任せるようになった。


「これは、師匠──ロディさんの信頼の証っス。ボクが、人生で一番最初にもらった一番大事な宝物なんス」

「そうなの?」

「これ、実はすんごい値段するんスよ。これ持ってボクが逃げたら、大損だったはず。赤の他人だったボクを信じてくれたことがすごく嬉しくて……それから、もうずっと大好きだったっス」


 唐突なのろけに、うっかり俺自身が中てられてしまった。

 俺自身は、鑑定が上手くできた時点で回収も忘れていれば、渡したことすら忘れていたのに。


「素敵な話だけど、ちょっと妬けるかも。私は兄さんとのそういうエピソード、あんまりないから」

「金だけですまん……」

「そうじゃなくって! 私ってこれでよかったのかなって思っちゃうのよね」


 悩む義妹の頭を軽く撫でる。

 大丈夫だ。お前の兄は三十路を過ぎるまで迷宮ダンジョン一筋の朴念仁だった。

 まだ間に合うとも。ミファは美人だしな。


「やっぱり、兄さんと結婚するしか……」

「それはダメっス! ……ミファさんでもロディさんは渡せないっス」

「そうよね、こんなにかわいい義姉さんができるんですもの。我慢しなくちゃ」


 妙にご機嫌そうに、アルと抱き合うミファ。

 情緒不安定なのか、これが義妹本来のテンションなのかわからない。

 長く離れていると、兄は不甲斐なくなる一方だな。


「それじゃあ、最後は……ドレスを着て食事にしましょ!」

「え?」

「え?」


 ミファの言葉にアルと同時に固まる。

 ドレスは裁縫魔法でフィッティングできるとはいえ、いきなりはなかなかハードルが高いのではないだろうか。


「本物の宮廷料理を食べに行きましょう」


 有無を言わせぬ笑顔で、義妹がにこりと笑った。

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