第23話 ぼったくり、義妹と再会する

『ご乗車のお客様にお知らせいたします。当列車は間もなくロンバルト駅へと到着いたします。ロンバルト駅での停車時間は48時間。お急ぎのところ大変恐縮ではございますが、ご理解とご了承をお願いいたします』


 流れる列車のアナウンスに、アルが俺を見上げる。


「ヤージェではトラブルで停車時間が伸びたっスけど、ロンバルト駅は普通に長いんスね?」

「ああ、魔導列車は貨物列車の側面もあるからな。それに、乗客もここで降りる連中が多い」

「王都の最寄り駅だからっスか?」

「そうだ。東からの物資がここで下ろされて、王都から来た物資がここで積み込まれる。ここを過ぎれば、国境を超えるからな」


 俺の言葉に、アルが小さく瞳を輝かせる。


「外国ッスか!?」

「ああ」


 次の駅に停車する前から、その次の駅について考えるなんて少し滑稽だが……外の国に行くというのは、確かにロマンを感じる。

 国内のことならそれなりに情報通な自負はあるが、外国の話となれば完全に聞きかじりだ。

 そんな場所を、アルと二人で旅するなんてちょっと最高じゃないか。


「でも、まずは王都ッスね!」

「だな。美味い食いもんに珍しいものがいっぱいあるぞ。一泊は王都でするか?」

「……高くないッスか?」

「なに、ヤージェで稼いだ分がある」


 クインスから個人的に〝ぼったくった〟金だ。

 せっかくの旅行だし、追加で稼いだ分を散財するくらい構わないだろう。

 ……そんなことを考えているうちに、魔導列車が静かに停車する。


『ただいま、当列車はロンバルト駅に到着いたしました。お降りのお客様はお忘れ物などないようにお気を付けください』


 アナウンスを聞き終わってから、ゆっくりと客室を出る。

 急いで出たところで、混みあった駅舎に辟易するだけだしな。


「さすが王都の最寄りっスね!」

「こんなに豪華だとは俺も思わなかったよ」


 ロンバルト駅は、柱一つとっても彫刻が施されており、これまで訪れた三つの駅とはまるで雰囲気が違った。

 天井も高く、壁画などもあって鮮やかだ。

 アルの言う通り、さすが王都の最寄りという感想しかない。


「──お兄ちゃん!」


 お上りさんらしく周囲をきょろきょろしていると、そんな声がどこからか聞こえてきた。

 お兄ちゃんか……義妹のミファも昔はそんな風に俺を呼んでいたっけ。

 せっかく王都にまで来たんだし、顔でも出していくか?


 いや、やめておこう。

 あいつったら、俺のことを嫌ってるみたいだし……何より、何かの拍子に〝ぼったくり商会〟との関係が明るみになるのはまずかろう。

 あいつはいまや立派な高級官僚なのだ。

 邪魔をするわけにはいかない。


「兄さん」

「──え?」


 ふと、思考から現実に戻ってみれば黒髪をなびかせたミファが、すぐ近くで仁王立ちしていた。

 いや、まさかな……と、目をこすってみたが、どうやれ幻影などではないらしい。


「ミファ?」

「そうよ!」


 つかつかと鋭い足音を立てながら近寄ってきた義妹が、人差し指を俺の鼻先に突きつける。


「王都に来るなら言ってよね? あんな手紙一枚飛ばしてきて!」

「あー、ミファさん。ロディさんにもいろいろ事情ってものがッスね……」

「あなたは黙ってて!」


 ぴしゃりと言い放つミファに、アルが固まる。


「おいおい、何をそんなに怒ってるんだ。久々の再会だし、もう少し和やかにならんもんか?」

「兄さんが、ちゃんとしないからでしょ!」

「はい。すみません」


 義妹の勢いに、思わず小さくなる。

 昔はもうちょっと可愛げがあったものだが……これか、都会の住民になるという事か。


「とにかく行くわよ。馬車を待たせてあるから。詳しく話を聞かせてもらうからね」

「詳しくも何も、手紙鳥メールバードで知らせたことで全部だぞ?」

「い・く・の!」

「はい。すみません」


 有無を言わせぬと物語る義妹の迫力に、ただただうなずくしかない俺は、固まったままのアルの肩を小さく叩く。


「アル、行こう」

「はいッス」


 錆びた滑車のようなぎくしゃくした動きで、すでに歩き出したミファの後を追う。

 離れていた家族の再会はもう少し温かなものとなるかと思ったが、この通り。

 それにしたって、あんなに怒らなくたっていいと思うのだが。


「ミファさん、すっごく怒ってるっスね」

「何でだかわかるか?」

「わかんないッス」

「……俺もなんだ」


 こそこそと小声で話しつつ、歩くことしばし。

 カラフルな小石を敷き詰めた円形道路ロータリーに、見た目からして高級そうな二頭引きの馬車が止まっており、その前でミファが待っていた。


「遅い」

「お前の歩くのが早過ぎるんだよ」


 苦笑しつつ、促されるまま馬車に乗る。

 向かい合わせに座った義妹は見るからに不機嫌で、車内の空気は少々悪い。


「仕事はよかったのか?」

「お休みをいただきました。有休が残っていましたので」

「そうなのか」


 ユウキュウというやつが何なのかわからないが、きっと仕事を抜けるためのチケットか何かなのだろう。

 俺のために、貴重な休日を使ってくれたのは少しうれしくはあるが……嬉しいのは俺だけではないかという錯覚すら覚える顔である。


「これ、王都に向かってるのか?」

「あたりまえでしょう? 他のどこに行くって言うの?」

「……そうだな」


 いよいよ会話もなくなって、居心地は最悪だ。

 うーん、アラニスに住んでいた頃はこうじゃなかったんだが。

 まぁ、ミファも大人になったという事だろう。


 俺の中のミファは、王立学術予備院に送り出したあの時のイメージが強いから、きっと齟齬があるんだな。

 これが今のミファだっていうなら、それを兄として受け入れよう。


「あ、見えてきたっスよ」


 空気を変えるためか、アルがそんな声を上げる。

 窓の向こうには、白亜の城がそびえる王都、ソルブライト市街が見えてきていた。

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