第22話 アラニス市長、事態の回復に動く(アラニス行政府視点)


「どういうことだ、これは」


 冒険都市の上役が集まる週に一度の会議。

 本日の議題は、経済活動の急激な低迷である。

 国王に任命された行政府の長として、そして議長として、私は集まった歴々に意見を求めた。


「一週間前の詳細と比べ、三割も落ちている。商品の売り渋りや、ギリギリの値上げをしている店もあるようだぞ? これについてはどう見るバダダス商会ギルド長」

「これにつきましては、目下調査中でございまして……」

「その調査結果を報告するのが、この会に目的だ。分かっている情報をお願いする」


 資料片手にしどろもどろになるバダダス氏に、心の中でため息を吐く。

 引退した前商会ギルド長に代わって、新たな商会ギルド長として中央議会から派遣されてきた人物だが…どうにも、使えない。

 慣れないなら慣れないなりに人の手を借りればいいのに、型にはまった仕事しかできないので評判もいまいちよくない。


「しょ、商会員たちはルールに則った商売をしており、問題ないと見ています」

「では、なぜ売り渋りや値段の引き上げがあったのかね?」

「それは……在庫が少ないからと報告があがっております」


 バダダス氏の声を受けて、今度は冒険者ギルド長に視線をやる。

 この町で三十年も冒険者をやってギルドマスターに就任した、叩き合上げの大男が小さくうなずいて立ち上がる。


「確かに、迷宮ダンジョンでの活動が低迷しております。そのため、素材採取や出土品の売買が減少傾向にあるのは確かです」

「では、商会員たちの問題ではないではないか!」


 打って変わって、責めるようなことを口にするバダダス氏。

 中央議会め、小物を寄越してくれたものだ。


「それで? 冒険者たちが働かなくなった理由は?」

「働いていないわけではありません。あいつらは、うまくやってますよ」

「では、なぜ迷宮資源の産出が下がったのかね?」

「安全性が低下したためだと考えます」


 冒険者ギルド長の言葉に、小さなどよめきが起きる。

 これは、二つの意味での不安要素だ。


 一つは、冒険者が活動を縮小するほどの危険が迷宮ダンジョンに起きている──つまり、何らかの迷宮ダンジョン災害が起こる可能性があること。

 そして、もう一つはこの町の経済が破綻に向かっているということだ。

 この冒険都市アラニスという場所は、王国中東部で発見された『大迷宮』を探索するためにできた街であり、経済のほとんどが迷宮ダンジョンから産出される財宝や素材のやり取りで動いている。

 早い話が、これは死活問題なのだ。


「続けての質問になって申し訳ないが……安全性が低下した理由は? 軍の要請をした方がいい事態か?」

「軍の要請は必要ありません。しかし、対策には商会ギルド長殿の協力が必要です」

「私の?」


 急に話を振られたバダダス氏が、眉根を寄せて冒険者ギルド長を見る。

 それに対して、大男がどこか冷たい視線を上から浴びせた。


「あなたが就任してしばらく、商会ギルド体制の刷新と称していろいろと活動されましたな?」

「ああ、その通りだ。正しい商売ができるよう、働きかけ……是正するべき所を是正し、あやふやな部分を明確に規定した。それが何か?」

「その過程で、いくつかの商会を営業停止の上、登録取り消しにしたとか?」


 冒険者ギルド長が何を言いたいか、わかってきた。

 小耳には挟んでいたが、やはり原因はそれか。


「それが何か? 違法な商売をしていた者たちを排しただけだ」

「それは、迷宮ダンジョンに潜る武装商人のことを言っておられるのか?」


 冒険者ギルド長の声に、少しの怒りが混じる。

 それに気づいて蒼い顔をしつつも、バダダス氏は応じた。


「その通りだ。他の商会員から苦情が出ていた。彼らは迷宮ダンジョンの内部ということを理由に、違法な商売をしていると! ルールは守られねばならない!」

「それは違いますよ、バダダス商会ギルド長」


 静かな否定の声を、迷宮ダンジョン管理部のヨルカンが上げる。


「迷宮内部での商取引は、個人に裁量があります。これについては『迷宮管理に関する条項』の第17条に記載があり、あらゆるサービスや取引についてギルドや行政府の管轄ではないと定められているはずですよ。……確認、なさいましたか?」

「あ、いや……私は商会ギルドの人間で、迷宮管理官では……」

「バダダスさん。ここは『冒険都市』です。迷宮と無関係ではいられませんよ」


 彼の言う通りだ。

 この街で生活する限り、迷宮ダンジョンとは無関係でなどいられない。

 それを分からずに、『ルール』とやらを押し付けた結果がこれだ。


「話の腰を折りました、続けてください。ボルドーさん」

「ああ。原因は、その武装商人の営業停止に伴う迷宮内リスクの増大だ。迷宮ダンジョン内の武装商人や迷宮店舗が減ったことで、彼等が構築していた……いわゆる、セーフティネットが崩壊した」

「そんなことで?」


 バダダス氏が声をあげたが、どうやら彼は事の重大さに気が付いていないらしい。


「特に〝ぼったくり商会〟が消えたのは、冒険者たちにとっては大きな痛手だ」

「──ロディ・ヴォッタルクが消えた?」


 思わず声を上げてしまう。

 〝ぼったくり商会〟ロディ・ヴォッタルクは、私の耳にも入るほど有名な『冒険都市』の名物商人だ。

 常に迷宮ダンジョンの深層で迷宮店舗を構える男で、迷宮ダンジョンの最も危険な場所で金と引き換えに安全を提供する武装商人だと聞いた。


 ……くそったれ! 売り上げが下がるわけだ!


 高品質な素材、価値ある出土品、強力な魔法道具アーティファクト……どれもが、迷宮ダンジョンの奥深くまで潜らねば見つけられぬ品々である。

 〝ぼったくり商会〟が消えたとなれば、そこに潜る冒険者は減るのは当たり前だ。

 補給も、休息も、治癒も見込めぬところに潜るなど、探索コストとリスクが跳ね上がりすぎる。


「〝治癒屋〟も〝転移屋〟も、営業権を失って町を出ました。冒険者たちは疲弊してモチベーションを失っています。先日は『ゴルドニック冒険社』から別の街へ流れるかもしれないと相談も受けとります」

「まずいな……」


 冒険者ギルド長の言葉に、私は大きくため息を吐き出す。

 事態は思ったよりもずっと深刻だ。

 この一週間で下がった右肩は、もはや元の高さまで戻るまい。


「バダダス商会ギルド長。営業権を取り消した武装商人に面会して、営業権の復帰を打診してください。至急です」

「は、はいぃ……」


 土気色の顔で震えるバダダス氏に小さく首を振って、ボルドー氏に向き直る。


「ボルドー冒険者ギルド長。冒険者ギルドのネットワークを使って、ロディ・ヴォッタルク氏に【手紙鳥メールバード】をお願いできませんか?」

「承った。内容は?」

「営業権の復帰と金貨千枚の謝罪金を約束するので、アラニスでの営業再開をお願いします、と。構いませんね? バダダス商会ギルド長」

「も、もちろんです!」


 カクンカクンと首を振る玩具と化したバダダス氏に、溜息をついて席を立つ。


「それでは、定例会議を終わります。また、一週間後に」


 小さく会釈して、足早に部屋を出る。

 あの小物の顔を、これ以上見ていたくなかった。

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