第24話 ぼったくり、招待される

 馬車に乗ったまま『王都ソルブライト』に入った俺は、その整然とした美しい街並みに目を白黒とさせてしまった。

 となりのアルは目を輝かせてただただ感動しているようだが、俺としては少し落ち着かない。

 きれいすぎて、まるで日の差した迷宮ダンジョンの中にいるかのようだ。


 雑多な人間が生活すれば、普通は歴史と共に歪んでいくものだが……馬車から見る王都ソルブライトの街並みは、不動産のモデルハウスでも見ているような不自然に整理整頓された風情で、どうも人間味が足りない。


 ああ、しかし……なるほど。

 こういう場所で生まれて生活していれば、あの商会ギルド長のような杓子定規な人間になるというのもわからないでもない。

 こんな環境で育てば、雑多な冒険都市のさらに地下で〝ぼったくり商会〟などと呼ばれる俺など、唾棄すべき存在に見えもするだろう。


「ところで……これはどこに向かっているんだ?」

「着けば説明します。いま答えたところでわからないでしょう?」

「そりゃ、そうなんだが」


 相も変わらずつっけんどんな態度に、ちょっと気持ちが沈む。

 世間の兄妹というのはもう少し仲のいいものではないだろうか。

 特に、俺とミファは離れて暮らしていたわけだし、久々に会うのだからもう少し穏やかでもいと思うんだが。


 沈黙する車内で待つ事しばし。

 やがて、馬車はとある場所でゆっくりと停車した。


「着きました」

「あ、ああ。降りようか、アル」

「はいッス」


 アルをエスコートして、馬車から下りる。

 イムシティ出の事を思い出したのか、アルは素直に手を取ってくれた。

 お互いに、照れが少なくなったのもあるかもしれないが。


「ミファも」

「私は結構です」


 慣れた様子でするりと馬車を下りるミファ。

 どうにも、嫌われてしまったらしい。

 まあ、長らく手紙でしかやり取りしていない義兄など、良く知らない男も同然か。


 そう考えれば、あまり馴れ馴れしくするのもよくないのかもしれない。

 王都という場所のことは、よくわからないし……俺にとっては旅行中の観光先だが、ミファにとっては生活している場所だ。

 俺のような良くない噂のある義兄がいるということ自体、あまり知られたくないはずだ。

 顔を見せてくれただけよしとするべきだな。


「きれいな場所っスねぇー……! 絵本に出てきそうっス」

「ああ、見事なものだな。観光地にしては人が少ない気もするが」

「ここは観光地ではありませんから」


 俺の感想に、ミファが首を振って応える。


「ん? そうなのか? じゃあ、王都ってのはどこもかしこもきれいなんだな」

「それも違います。ここは上級居住区ですから、ロンバルト市民も観光客も入ってこれないんですよ」

「ふむ……?」

「立ち話もなんですから、ついてきてください」


 有無を言わさぬという雰囲気で歩きだす義妹に頷いて、アルと二人でその後を追う。

 凹凸のほとんどない色砂を固めた道。手の入った花壇。街の中とは思えない閑静さ。

 たまにすれ違う人は、仕立てのいい服を着ていて、目が合えば目礼を寄越す。

 おハイソが過ぎて、どうも背中がゾワつく。


「なんなんすかね、これ……場違いというんスかね、ここに居ちゃいけない気がするんスけど」

「ようやく気付いたか。俺は馬車を下りた瞬間からそうだ」


 アルとこそこそと内緒話をしながら歩くこと数分。

 小さな噴水のある広場の一角で、ミファが歩みを止めた。


「ここは?」

「私の家です。どうぞ」


 鍵を回したミファが、扉を開いて中に入るよう促す。

 上級居住区に建つ他の家々に比べれば小ぶりだが、故郷アラニスにあった店舗兼自宅に比べれば歴然の差だ。

 こんな家に住んでるだなんて、本当に立派になったんだな。


「失礼する」

「お邪魔しますッス」


 家の中はよく片付いていて、几帳面なミファの性格をよく表していた。

 ミファが王立学術予備院に去ってからアルが来るまでの間、片付けのできない俺は散らかし放題だったからな。


「お茶を入れますから、座って待っていてください」


 リビングにあるソファを示して、義妹が奥に歩いていく。

 それに頷いて、アルと二人でふかふかのソファに座って待つ。

 これも、きっとかなり高い家具に違いない。


 高級官僚になったとは聞いていたが、若いのに大したものだ。

 実際の生活を少し感じてみると、義妹が本当に俺の手を離れて独り立ちしたのだと改めて実感する。


「お待たせ」


 高そうなカップ──いや、これ見たことがあるぞ……トネリコ商会の爺さんが持ってるのを見たことがある。

 老舗の食器メーカー『マリガン』のティーセットだ。

 ワンセットで金貨を払わなきゃいけないヤツ。


 王都ではこれが普段使いなのか?

 それとも義妹が気を遣っていいカップを出してくれたのか?

 さっぱりわからない。


「ありがとう。いいカップだな」

「アラニスでは手に入りにくいものでしょうね」

「お、お茶もいい香りっス」

「あら、他の茶葉と区別がつくの?」


 なんだか、何を言ってもトゲを刺される気がする。

 さて、兄としてはこういう態度に苦言を呈さねばならないところなのだが、もう五年以上も顔を合わせていない上に、もうお互いいい大人だ。

 二日もすれば、俺達はここを離れるわけで……もしかすると、これが今生で最後の顔合わせになるかもしれない。

 できれば、穏やかに過ごして、穏やかに別れたいところだ。


「味もおいしいッス、よ?」

「ああ、いい茶葉だな。南……モーレッツェあたりの茶葉だろう。強い日の光をたくさん浴びてるから、香りもうま味も強い。後味にほんの少しだけ塩みのようなのを感じるだろ? それが、南茶葉の特徴なんだ」

「そうなんスね」

「ただ、淹れるのにちょっとコツが必要でな。俺はこれを上手く淹れられん。こうやっておいしく飲むには技術がいるんだ」


 カップを傾けて、透き通った紅茶を一口飲む。

 渋みをほとんど感じない、完璧な一杯だ。

 これは、金を出してもなかなか味わえないかもしれない。


「それで、兄さん。詳しく話してくれるかしら。アラニスでなにがあったか」

「さっきも言ったけど、手紙に書いた以上のことはないんだ。商会ギルドの決定で営業権が停止されて、商売が続けられなくなった。それだけの話だよ」

「これからのことについては? 魔導列車で旅をするとは書いていたけど」


 なんだか、義妹が妙に前のめりになっている気がする。


「いや、大して何も決めてないんだ。とりあえず、大陸西端部にあるサルディンまで行こうと思ってる。そっからのことは、なんにも」

「……そう」


 ミファが、紅茶を一口飲みくだす。

 その後、俺をじっと見て……口を開いた。


「もう武装商人や冒険者はしないってことで、いいのよね?」

「まあな。引退して楽隠居って感じだ」


 軽く苦笑しながら、俺は答える。

 ミファなりに、俺の仕事のことを心配していてくれたのかもしれない。

 昔は怪我して帰って心配をかけたこともあったしな。

 だが、義妹の口から出た言葉は意外なものだった。


「わかったわ。それじゃあ、旅はここで終わり。──これからは王都で一緒に暮らしましょう」

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