第17話 ぼったくり、〝ぼったくり商会〟を再開する

「入り口はここか。それで、第5階層までいったん下りて、そこから新しく発見された登り階段で新エリアに移動し、1階まで上がる……と。アラニスの迷宮ダンジョンでは見ない構造だな」


 クインスから渡された情報を片手に、ヤージェ市街にある『グルスゲン墳墓迷宮ダンジョン』の入り口を見やる。

 溢れ出しオーバーフロウに備えたものか鉄製の頑丈な一枚扉があり、その両脇には一人ずつ衛兵が立っていた。

 朝早いせいか冒険者の姿はまばらだが、それでも複数のパーティがいる。


「ロディ・ヴォッタルクだ。冒険者ギルドの依頼で進入する」

「冒険者証を拝見。はい、お通り下さい」


 返された冒険者証を受け取り、軽く会釈して迷宮内に入る。

 階段を一歩下りるたびに、迷宮ダンジョン特有のひんやりとした空気が漂ってきて、自然と気分が引き締まった。


 初めての迷宮ダンジョンではあるが、迷宮仕事ダンジョンワークのセオリーを守って、慎重に進めば問題はないはず、

 しかも、今回は地下五階までの浅層での仕事だ。

 精度の高い地図もある。恐れず進め。


 一歩一歩、確かめるようにして迷宮ダンジョンの中を進む。

 普通は、魔物モンスターの気配があたらこちらからするものだが……件の誘導罠アラートトラップによる影響か、まったく感じない。


「なるほど、こりゃ異常だな」


 静かすぎる迷宮ダンジョンに、少しばかり苦笑する。

 道中の危険は少ないが、そのしわ寄せが全て誘導罠アラートトラップの周りに集中しているとすると、確かに厄介だ。


 するすると迷宮ダンジョンの中を進み、地下2階層、地下3階層と足を進めていく。

 これが急ぎ仕事でなければ、この荘厳な地下迷宮をあちこち見て回りたいものだが……今回は、我慢だ。


「おっと、かち合う時はかち合うか」


 地下3階層を抜ける最短距離を歩いていると、前方から争う音が耳に入った。

 この通路は誘導罠アラートトラップにも近い。

 階層を越えて誘導された魔物が集まってきていたのだろう。


 忍び足で通路を進んでいき、曲がり角からそっと覗き込む。

 魔物モンスターと戦っているのはまだまだ年若い冒険者のパーティで、少しばかり危なっかしい。

 さて、ヤージェのマナーはどうだったか……と、俺は考える。


 アラニスでは獲物となる魔物モンスターの取り合いにならぬよう、先行して戦闘を始めたパーティが戦い終わるまで静観するのがマナーだった。

 戦闘中のパーティは、後続のパーティと共闘したい場合、声をかけるか、救援用の簡易魔法道具アーティファクトである【震え胡桃】を使うのが定例だ。


 ……だが、まあ。

 俺は先に進むのが目的なわけで、魔物モンスターが目的ではない。

 急いでもいるし、時短を優先しよう。


 曲がり角から飛び出して、駆け寄りざまに投げナイフを数本放つ。

 魔物モンスターはアラニスの迷宮でもよく見たヤツ──『六腕小鬼スリーペア・インプ』──なので、問題ない。


「ギィ!?」

「……!?」


 不意打ちを受けた『六腕小鬼スリーペア・インプ』と冒険者たちが同時に驚く。

 おいおい、若人。これが野盗だったら固まってる場合じゃないからな。


「助太刀する。もう終わるけどな」


 指を振って、〈魔力刃マナエッジ〉の魔法を発動させる。

 第一階梯の低級魔法だが、そこらのなまくらよりは切れ味がいい。

 影響範囲の少なさが魔術師にとっては問題点ネックだが、俺みたいなヤツにとっては刃こぼれしないナイフみたいなもんだ。


 頸部を半ばまで裂かれた『六腕小鬼スリーペア・インプ』が緑色の血を吹きだしてどさりと倒れる。

 一匹だけなら、大したことのない相手だ。

 駆け出しにとっちゃ、少し危険なヤツかもしれないけど。


「大丈夫か? けが人は?」

「怪我は少しだけ、神官がいるので大丈夫です」

「そうか。『六腕小鬼スリーペア・インプ』の爪には軽い毒がある、寒気が出たら〈解毒アンチドーテ〉を使えよ?」


 俺の言葉に素直にうなずく冒険者たち。

 少しばかり純朴が過ぎる気もするが、忠告を素直に聞けるというのはいいことだ。


「あなたは?」

「俺はギルドの要請を受けた武装商人だ。誘導罠アラートトラップに向かっている」


 俺の言葉に、リーダーらしき剣士が目を丸くする。

 現場の冒険者にとっては、見知らぬ武装商人が関わってくるなんて……と思われてるんじゃなかろうか。


「この先に進むんですか?」

「そのつもりだが?」

「僕たちもギルドの依頼で、この辺りの魔物モンスターを討伐しているんですが……なかなか減らなくて」


 なるほど。

 討伐組と調査組を分けて運用してるわけか。

 ヤージェの冒険者ギルドというのは、贅沢で心配りのある依頼をとばしているらしい。

 アラニスだったら依頼を一つ張り出して「さぁ、競争しろ」と言わんばかりだからな。

 どちらがいい、悪いという話ではないが。


「先輩方が先行して魔物モンスターを掃除してます。もう少し待ってから進んではどうです?」

「あいにくと急いでてな。なに、危なくなったら引き返すさ」


 俺の言葉に、若者が「そうしてください」と頷く。

 血気と商売っ気に満ちたアラニスではあまり見ることがないタイプの冒険者だな。

 探索都市は、冒険者を上手く育成しているらしい。


「それじゃあ、俺はいく。君達も気を付けてな」


 軽く手を振って、再び迷宮ダンジョンを歩きだす。

 どうも思ったよりも、事態は深刻らしい。

 浅層だからと些か気を抜いていたが、第三階層で『六腕小鬼スリーペア・インプ』などが出てくるあたり、ここはヒリついた空気の深層と変わるまい。


 で、あれば……これは商機だ。


 複数のパーティを投入してどうにもならんことを、俺一人でどうこうできるわけはないが……復帰した以上、俺は〝ぼったくり商会〟の二つ名を背負った武装商人である。

 なにも俺が売るのは商品だけではない。時には、『結果』を売ることだってある。

 それが武装商人であり、〝ぼったくり商会〟の商売だ。


 クインスは冒険者ギルドとして『冒険者のロディ・ヴォッタルク』に仕事を依頼したのだろうが、同時にあの娘は『〝ぼったくり商会〟の』とも言っていた。

 つまり、冒険者ギルドとして、この緊急事態の解決を俺にしろといったに等しい。


 久しぶりの迷宮ダンジョンの空気に中てられたのかなんなのか、そう考えると、俄然やる気がわいてきた。

 すっぱり引退すると決めたのに、どうやら俺の根底にはやはり〝ぼったくり商会〟が居るらしい。


「いいぜ、やってやろうじゃないか。絶対にぼったくってやる」


 少しばかり足歩取りを軽くした俺は、『グルスゲン墳墓迷宮ダンジョン』の中を、静かに駆けた。

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