第18話 ぼったくり、押し売りをする

 『グルスゲン墳墓迷宮ダンジョン』、地下五階層。

 どうやら、ここまできても誘導罠アラートトラップの影響があるらしく、魔物モンスターとの遭遇は一定エリアに集中している。

 とはいえ、その集中している地帯を潜り抜けなくては、誘導罠アラートトラップのあるエリアにたどり着けないんだが。


「〈眠りの霧スリープミスト〉」


 指を軽く振って、落ち着かなげにうろつきまわる鰐頭狼ダイルウルフの群れを眠らせる。

 いちいち倒して回るのも時間の無駄だし、討伐依頼を受けた冒険者が巡回しているので、そちらに任せた方が効率がいい。

 俺の目的は、あくまでも発動し続けている誘導罠アラートトラップの停止だ。


「地図があるのはありがたいな」


 冒険都市などには、地図作成を生業とする者がそれなりに多い。

 ヤージェの『地図屋』はなかなか腕がいいようで、罠の位置や迂回路までしっかりと記載されている。

 これは、この迷宮に慣れない俺のような者にとってはありがたい。


「ここだな」


 曲がり角に隠れたまま、伸縮する棒で壁のとある一か所を押す。

 カチリ、と音がして、音もなく壁が横にスライドし……通路が現れた。


魔物モンスターは、なしと。隠し扉のおかげで流入を防いだか」


 周辺を注意深く確認しつつ、隠されていた通路に進む。

 『グルスゲン墳墓迷宮ダンジョン』が発見されてから二十年以上もたって新しく見つかった新エリア。

 もしかすると、隠されていたというよりも、新たに生成されたのかもしれない。

 迷宮ダンジョンというやつはいまだによくわからない部分が多く、俺が潜っていたアラニスの迷宮ダンジョンだって、気が付けば部屋が増えていた……なんてことは何度かあった。


 ここ、『グルスゲン墳墓迷宮ダンジョン』にしても、最奥に到達したパーティはいないらしいので、全貌は謎のままだ。

 そこに浪漫と危険があり、商機があるのだが。


「さて、ここからは登り階段か。パーティがいくつか先行していると聞いたが……」


 そう独り言ちながら最初の階段を上ると、あっさりと『他のパーティ』を見つけてしまった。

 そして、満身創痍でへたり込む姿は、彼等が何かをしくじったことを示していた。


「大丈夫か?」

「……あんたは?」

「冒険者ギルドの依頼で誘導罠アラートトラップの調査に来た武装商人だ」


 冒険者証を取り出すと、声をかけてきた赤髪の青年の警戒心が薄らいだ。

 ヤージェの冒険者は本当にスレてなくて素直だな。

 アラニスの迷宮では、他人の冒険者証を持った野盗だっているというのに。


「それにしたって、あんた一人か」

「その方がいろいろと身軽でな。そっちは……結構マズいな」

「ああ。もう二日このままだ。【震え胡桃】の手持ちもなくなった」


 おそらく、四人パーティ。

 だが、口がきける気力が残ってるのは彼だけらしい。

 溜息をつきつつ、【魔物避け結界杭】を取り出して、床に刺す。


「何か必要なものは?」

「何か食いもん売ってくれないか。少しでいいんだ」


 澱んだ目で、懐から銀貨を取り出す赤髪の冒険者。

 それに、俺は違和感を覚えた。


「そっちの三人、まだ生きてるよな?」


 俺の確認に青年が小さくうなずく。


「あ、ああ。でも、持ち合わせがあまりないんだ」

「だろうな。それでこんな割に合わん仕事を受けたんだろう?」


 とばし依頼を受けたんだろうが、見通しが甘かったか運が悪かったのだろう。

 ああいった依頼は報酬こそいいものの、冒険者ギルドの管理が雑になりがちだ。

 とはいえ、だ……俺の売る保存食が最後の晩餐だなんて、縁起でもない。

 腰に下げた魔法の鞄マジックバッグから、いくつかの魔法薬ポーション、人数分の保存食、それからいくつかの魔法の巻物マジックスクロールを取り出す。


「水袋、持ってるよな?」

「ああ」


 青年が取り出した水袋の中に〈水作成クリエイトウォーター〉で水を満たす。

 ついでに、軽く指を振って青年の傷を治した。


「悪いけど押し売りさせてもらうぜ」


 少しばかり悪い笑顔を赤髪の冒険者に向けつつ、俺は治癒魔法と賦活魔法を次々と放っていく。

 俺が見るに、彼等は限界だ。

 これ以上放っておけば死ぬような怪我もあるし、予断を許す状況ではない。


「あ、あんた。金がないんだよ、オレたちは」

「それはさっき聞いた」

「きっと払えない」

「おっと、それは聞き捨てならないな」


 軽く苦笑して、青年の前に膝をつく。

 まだまだこれからって年だ。懐かしい。


「絶対返してもらうからな。だから、今は生きろ」

「だって、こんな……」

「治癒魔法と賦活魔法を四人分。【治癒の魔法薬ポーションオブヒーリング】が三本、【魔力回復薬マナポーション】が三本。それから保存食が八食分に、清潔な水の補充。【結界杭】によるセーフエリアの生成。あとは、【転移の巻物スクロールオブテレポート】が一本……〆て金貨百枚だ」


 俺の言葉に、冒険者たちが顔を青くする。

 現役時代はよく見た顔だ。


「そ、そんなに……?」


 金貨が四枚もあれば一ヶ月は楽に生活できるというのに、それを百枚。

 突然現れた武装商人にこんなものを押し売りされれば、顔も青くなるだろう。


「ツケにしておいてやる。返済期限も利子もなしだ。特別だぞ?」

「でも、そんな大金」

「──だから、生きて帰れ」


 迷宮ダンジョンで斃れていった冒険者を、多く見てきた。

 俺の手持ちではどうしても助けられず、俺の目の前で逝ったヤツもいた。

 金をケチってそれを抱えたまま死んだ奴だって、金がないことを理由に傷を黙ってたヤツも……いた。


 だから、俺は押し売りをするのだ。

 生きていさえすれば、どうとでもなる。


「何年かかってもいいさ。俺に借りがあるってことを忘れないで、元気にやれよ」


 軽く肩を叩いてやって、俺は立ち上がる。

 俺にできるのは、これで終わりだ。


「……オレは、スティーブ。あんたは?」


 目に力が戻った冒険者が、壁を支えに立ち上がって俺に手を差し出す。

 その手を握り返して、俺は名乗る。


「〝ぼったくり商会〟ロディ・ヴォッタルクだ」

「あんたにピッタリの二つ名だな」


 俺の名乗りを聞いて、スティーブとその仲間たちが小さく噴き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る