第15話 ぼったくり、探索都市を歩く

 魔物料理モンスター・ジビエを腹に詰め込んだ俺達は、探索都市をゆったりと歩き回って観光して回った。

 なにせ、今回はトラブルとやらで停車時間が二日もある。

 すみずみまで……とはいかなくとも、興味があるところを見て回るくらいは余裕だ。


「出土品の魔法道具アーティファクトなんかも結構あるんすね」

「ああ、丘陵に点在する迷宮ダンジョンの入り口から、地下の巨大迷宮ダンジョンへ入れるらしい。ええっと、これだ。『グルスゲン墳墓迷宮ダンジョン』」


 露店で買った観光マップを広げて、アルに示す。


「ヤージェの中にも入り口があるんスか!?」

「らしいな。浅層の観光ツアーもあるらしいぞ」

「おおー……」


 興味深そうに観光マップを覗き込むアル。

 冒険都市アラニスで生活してはいたが、俺は弟子に迷宮ダンジョン禁止令を出していた。

 後継者として育てるなら迷宮ダンジョンに連れて行くべきだったのかもしれないが、迷宮ダンジョンには魔物は住む。

 別にモンスターに限った話ではない。

 あの場所は都市から入れるが、無法がまかり通る荒野に等しい。


 そんな場所に、ひょろっちい弟子を送り込むことをどうしても躊躇してしまったのだ。

 同業者からは「〝ぼったくり商会〟がお優しいことで」などと笑われたが、今となってはその判断が正解だったと断言できる。


 とはいえ、コイツが迷宮にちょっとした憧れを持っているのも知っていた。

 アラニスなどという冒険者の行きかう街で育てば、そうもなる。


「時間もあるし、行ってみるか? 冒険者ギルドで受付してるみたいだぞ」

「いいんスか?」

「ま、俺も一緒だしな」


『グルスゲン墳墓迷宮ダンジョン』がどれほどのものかはわからないが、観光ツアーで潜る程度の浅層なら、そう危険はあるまい。

 何なら、観光客向けにくらい置いてありそうだ。

 そんな場所に元本業が突っ込んでいくというのもどうかと思うが、最悪何かあっても俺が一緒なら何とかしてやれる。


「行きたいッス! 一度は行ってみたかったんスよねぇ~」


 上機嫌なアルを見ていると、少しばかり不憫に感じてしまった。

 仕事ばかりであまりこいつを構ってやれていなかったな、と後悔してしまう。

 休日に迷宮ダンジョンの中を案内してやるくらいの甲斐性を見せるべきだった。


「どうしたんスか?」

「過去の行いを省みてる」

「え、急にッスか? 魔物肉にあたったッスか?」


 当の本人がこの調子なので救われてはいるが、反省点は反省点として昇華しなくてはな。

 まずは、迷宮ダンジョン探索ツアーだ。

 冒険者ギルドに行こう。


「ええと、冒険者ギルドはこっちか」

「たぶん、あれっス。向こうの、でっかい建物」

「結構、でかいな。さすが探索都市」


 アラニス同様、冒険者で成り立っているからだろう。

 冒険者ギルドは大通りから見えるほどに巨大だった。

 背の高い円柱状をしていて、太った塔みたいな建物だ。


「それじゃあ、行くか。まさか旅行先で迷宮ダンジョンに入るなんて、ちょっと不思議な気分だ」

「〝ぼったくり商会〟限定再開っッスね!」

「バカいうな。今の俺はただの観光客だ」


 そんな軽口を叩き合いながら、俺達は真っすぐな探索都市の大通りを手をつないで歩いた。


 ◆


 冒険者ギルド。

 大陸各地の都市に点在する『冒険者』に依頼や討伐などの仕事を斡旋する組合。

 その規模は国家をまたいで存在する大きく、運営や裁量に関しては設置される国などに任されるものの、国を持たない根無し草である冒険者の身分証明などを行う国際機関である。


 それでもって、当然ながら冒険者が多く集まる場所には大きな冒険者ギルドがある。

 冒険都市と呼ばれるアラニスにもデカいギルド建物があったが、ここヤージェの冒険者ギルドはそれに輪をかけて大きい。

 まるで砦か小型の城といった風情だ。


「わー……でっかいっスねー」

「ああ、王国でも最大規模じゃないか? さすが、探索都市って感じだな」


 冒険者が行き交うギルドの中を、中央カウンターに向かって歩いていく。

 迷宮ダンジョンツアーの受付がそことは限らないが、中央カウンターは基本的に総合受付だ。

 対応する係の場所まで、誘導してくれるはず。


「少しいいか? 『グルスゲン墳墓迷宮ダンジョン』の探索ツアーがあると聞いたんだが、受付はどこだろうか」

「あ、こちらでお伺いしますよ──って、〝ぼったくり商会〟のロディ・ヴォッタルク……!?」


 受付嬢が素っ頓狂な声を上げるものだから、周囲の視線が集まってしまった。

 勘弁してくれ。その看板は少し前に畳んだんだ。


「覚えてませんか? クインス・ウェンです」


 そう問われて、記憶を手繰る。

 言われてみれば、見た顔のような気がしてきた。


「思い出した。ちょっと前にアラニスにいたよな?」

「はい、一年前はアラニスで研修中でした。どうしてこんなところにいるんです? あなたほどの有名人が。しかも、観光ツアーって……」

「アラニスでの商売を畳んだんだ。今は隠居して、こいつと旅行中だ」

「……ッス」


 アルが隣でぺこりと会釈する。

 そんなアルと俺を交互に見て、クインスが驚いた顔を見せる。

 そして、小声で俺に囁いた。


「大丈夫なんですか……? 王国法を犯してないですよね……? その、年齢とか……」

「……失礼を言うな、大丈夫だ。……たぶん」

「聞こえてるっスよ!? ボクは戸籍上の年齢で成人してるっス。問題ないッス!」


 ハーフエルフの年齢はよくわからない。

 孤児のストリートチルドレンだったアルの正確な年齢は不明だ。

 とりあえず、同居の際に自己申告で戸籍を作成したが……まぁ、多少幼く見えても本人がそう言うのだから、きっとそうなのだろう。


「あはは、ごめんね。結構謎な人だったから、ロディさんって」

「気にしないっス。それより、探索ツアーって申し込めるんスか?」

「あ、はいはい。大丈夫ですよ! 午前の回はもうすぐ、午後の回は14時から開始です」


 説明用の木板をこちらに示して、クインスがにこりと笑う。

 一年前は頼りない風だったのに、今はなかなか堂々としたものだ。

 アラニスでは初々しくて美人なギルド職員が入職したと一時話題だったっけ。


「でも、そうかー……ロディさんくらい凄腕がヘルプに来てくれたならよかったのになぁ」

「ん? どういうことだ」


 ため息まじり漏らすクインスに、水を向ける。


「いま、ちょーっと良くない問題が起きてるんですよね。解決するまで、魔導列車、動かないかもしれませんよ?」

「……詳しく聞かせてくれ、クインス」


 俺の言葉に、クインスが一枚の羊皮紙を取り出した。

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