第14話 ぼったくり、魔物料理に挑戦する


 爽快に宙を滑る『魔導架車ワイルドエイプ』に乗ること数分。

 俺達はあっという間に探索都市ヤージェの市街に到着していた。

 帰り……つまり、登りは登りでゆっくりとした観覧になるそうなので、また乗ってみたい。


「面白かったっスね、『ワイルドエイプ』」

「ああ、あんなものがあるなんて旅はしてみるもんだな」


 アルと二人、上機嫌にヤージェの街を歩く。

 この探索都市は都市計画がしっかりと策定された上で建造されたらしく、都市を東西南北に走る大通りを中心にして整然と通りが走った構造をしている。

 観光客や出稼ぎ冒険者が迷いにくい、なかなか気の利いた街並みだ。


「なんか、ちょっとアラニスを思い出すッス」

「ああ、ここも冒険者の街だからな」


 大通りを行き交う者の多くは、冒険装束を着込んでいる。

 アルの言う通り、冒険都市を思い出す風景で少しだけ商売魂に火が付きそうになった。

 ま、営業権がないので何ともならないが。


「さて、何から手を付けるか……」

「やっぱり、魔物料理モンスター・ジビエッスかね?」

「お、いきなり行っちゃうか?」

「どれほどのモンか、興味ないッスか?」


 にやりと不敵に笑うアルに、俺も笑って返す。

 俺だって迷宮ダンジョンの中で魔物モンスターを喰うことがあったし、アルは持ち帰った魔物モンスター素材を食材にして飯を拵えることもあった。

 それに、アラニスは迷宮ダンジョン産の魔物モンスター肉が出回りやすい場所でもあったので、日常的に見慣れている。


 ……本場ってものを見せてもらおうじゃないか。


 そんな慢心が俺達にあった。

 テーブルの上に、こんもりと百目汚泥ヘクトアイズの目玉が盛られたガラスボールが置かれるまでは。


「『百目汚泥の瞳ヘクトアイズアイ』のゼリー寄せです。胡椒とお酢でお好みの味にしてお召し上がりください」


 笑顔で会釈して立ち去る店員。そして、固まる俺達。

 手始めに『今日のおすすめ』から行こうと言ったのはどちらだったか。

 いや、それ以前にがおすすめだなんてどうかしてる。


「ロ、ロディさん……ボク、本場をナメてたっス……!」

「これが、魔物料理モンスター・ジビエの真髄か……!」


 どぅるりとした百目汚泥ヘクトアイズお瞳が、こちらを見ている気がする。

 おいおい、大丈夫か? これ。

 百目汚泥ヘクトアイズって、あれでも悪魔の一種だぞ?


「ど、どうぞッス、師匠。一口目はお譲りするッス」

「気を遣うなよ、アル。弟子に一番槍を譲ってやる」

「こういう時だけずるいッス!」

「お前もだろ!」


 じりじりとお互い譲れないままだったが、いよいよアルが攻勢に出た。

 はっきり言って、反則だと思う。


「はい、ロディさん。あーん」

「……!」


 スプーンの上に百目汚泥ヘクトアイズの瞳をのせて差し出すアル。

 恋人同士の間で行われるとまことしやかに噂される『あーん』だ。

 俺の初『あーん』はこれでいいのだろうか?


 ……だが、これは拒むことができない。


 これを受け入れねば、俺達の初『あーん』が失敗に終わったことが記憶されてしまう。

 三十路を越えて初めてできた恋人に、恥をかかせるわけにはいかない。


「……」


 百目汚泥ヘクトアイズの瞳と目が合わないように、目を瞑り気味にスプーンを口に入れる。

 奇妙な弾力と生臭さが吐き気を誘発させそうになるが、長い迷宮ダンジョン生活で食えないと思ったものだって口にした。

 料理として出されている以上、これが食い物であることに間違いあるまい……そう思い直して、咀嚼する。


「……ん?」


 プチっとはじけるような感触の後、塩気のきいた濃厚な味わいが口に広がった。

 ふむ……ふむふむ。これは似たようなものを知ってるぞ。

 形容するに、これはデカイ鮭の卵いくらだ。


「ど、どうっすか?」

「意外と悪くない。うん、これは酒が欲しくなるな」


 俺の反応に安心したのか、目をつぶってそろそろと『百目汚泥の瞳ヘクトアイズアイ』を口に運ぶアル。

 一口目には勇気が必要だが、これはこいつも好きな類いの味付けだと思う。

 素材の味を活かしたシンプルな味付けは、まさにジビエって感じだ。


「んむ……む。ホントっスね! 結構おいしいっス!」

「他の料理も頼んでみるか?」

「……勇気が試されるっスね」


 メニューに並ぶのは、いずれも見聞きした名前のある魔物モンスターの名前がついているが、あまり口にしたことがない物ばかりだ。

 せいぜい、『草原走蜥蜴グラスラプターのから揚げ』くらい。

 他は、『痺れ蛙パラライズフロッグの姿揚げ』だとか『灰色背熊グレイバックベアの掌~季節の野草を添えて~』などのよくわからない料理ばかりだ。


 毒抜きをしてあるとは聞いているが、痺れ蛙パラライズフロッグなんて口にして大丈夫なのだろうか。

 これは食事前に【耐毒魔法薬】でも飲んでおくべきだったかもしれない。


「ロディさん、次はこれにしましょう」

「ん?」


 メニュー表を指さすアルの指先に視線を向けると、『特価! アルブラリアのステーキ』と書かれていた。

 それを見て、ふとした違和感を覚える。

 アルブラリアというのは直毛の毛皮を持った羊に似た魔物モンスターなのだが、非常に凶暴で危険なヤツだ。

 常に集団で行動する上に奇妙な習性と能力を持っていて、きちんと対策していかないと死人が出る。


 そんな魔物モンスターの肉が、特価。

 しかも、あからさまに安いのを見るに、市場に飽和しているのかもしれない。

 俺はヤージェの人間ではないから、これがどういうことなのかわからないが……少し、気になってしまうな。


「ロディさん?」

「あ、すまん。珍しい魔物モンスターの肉なもんで、思わずびっくりしちまった」

「そうなんスか?」

「ああ。俺も食うのは初めてだ」


 不安じみた違和感を誤魔化しつつ、手を振って店員を呼ぶ。

 まあ、迷宮ダンジョンと違って丘陵を狩場とする探索都市だ。

 俺の知っている知識がそのまま当てはまるとも限るまい。

 今は、未知のグルメを楽しむとしよう。


「この、アンブラリアのステーキを二つ。ディアボラソースで」

「はいよ! お、お客さん……百目汚泥ヘクトアイズの瞳、食べられたんだね。なかなかやるじゃないか」

「え」

「ウチの店ではチャレンジメニューなんだよ」


 からからと笑う店員に、思わずアルを顔を見合わせてしまった。

 『本日のおすすめ』がチャレンジメニューだなんて、さすがは冒険者の街は一筋縄ではいかないな。

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