第13話 ぼったくり、探索都市に立つ
『ただいま、当列車はヤージェ駅に到着いたしました。お降りのお客様はお忘れ物などないようにお気を付けください』
アナウンスの声に、アルが小さく腰を浮かせる。
どうやら、少し話しすぎたらしい。
思った以上に、弟子の期待を煽ってしまったようだ。
『お客様にお知らせいたします。ヤージェでの停車時間は12時間を予定しておりましたが、線路上のトラブルのため、停車時間を48時間まで延長いたします。お急ぎのお客様に置かれましてはご迷惑をおかけし、大変申し訳ありません』
流れるアナウンスに、アルが首を傾げる。
「なにかあったんスかね?」
「らしいな。しかも、二日……大なり小なりの進行トラブルはつきものと聞いたが、ちょっと気になるな」
ヤージェ丘陵地は自然豊かな場所だ。
「気になるか?」
「ちょっとだけ。ボクは、ロディさんとデートの時間が増えたので気にならないッスけど」
「デ、デート……!?」
自分に向けられるには耳慣れない言葉に、思わずたじろぐ。
なんだか背中がむずむずするような気恥ずかしい感じだ。
「いい加減慣れてほしいッス」
「そうはいってもだな……」
「ボクはロディさんのなんでしたっけ?」
「こ……恋人、デス」
しどろもどろな俺を、アルがくすくすと笑う。
一回りも年の違う弟子──今は恋人か──に好きにされて、何とも情けない大人だ。
おかしいな、俺は三十路を過ぎたダンディズム溢れる凄腕の武装商人なはずなのに。
「恋人ならデートくらいするもんスよ?」
「確かに」
「いわばこの旅はデート旅行ッス!」
「確か、に?」
「きっと旅が終わるころには、
「確……か、か?」
アルのやつ、浮かれ過ぎて話が飛躍しすぎている気がするぞ。
とはいえ、そんな風に想われるのは悪くない。
いや……悪くないというか、素直に嬉しくある。
この旅を続ける内に、きっと俺は変わっていくだろう。
アルへの認識も、弟子であるということがどんどん薄れていくだろう。
その代わりに、パートナーとしてのアルが増えていくに違いない。
「黙っちゃったッス」
「思うところがあっただけだ。さて、ゆっくりできるならそれもいい。探索都市を楽しもう」
「はいッス! 名物料理とかあるんスかね?」
はしゃぐアルの言葉に、記憶を手繰り寄せる。
俺とて商人の端くれだ。
王国各地の名産品くらい、知っている。
「思い出した。ヤージェは
「……
「聞いたところによると、そんな生易しいもんじゃないみたいだぞ? 毒のある奴まで毒抜きして食うって言ってたからな」
「おー……楽しみ半分、怖さ半分ッスね」
俺としては本場の
武装商人として
とはいえ、観光客相手に本当にヤバいものは提供するまい。
「それじゃあ、行くか」
「はいッス!」
必要最低限の荷物を腰に吊った
その瞬間、隣のアルが息を飲んだのがわかった。
「わー……すごいッス」
ヤージェ駅は小高い丘の頂上にあって、周囲の景色が一望できるように造られていた。
広がる緑豊かな景色に、二人でしばし足を止める。
アラニスという城壁に囲まれた冒険都市から出たことがなかったアルにとって、このどこまでも広がる丘陵地帯は本の中でしか見たことがない世界だったのだろう。
「あれがヤージェの街っすか?」
「そうらしい。俺も来るのは初めてなんだ」
「ここから先は、二人で初体験ってことッスね!」
アルが嬉しそうに笑いながら、俺の手を引く。
それを握り返してヤージェへの道を探していると、一体のゴーレムがこちらに声をかけてきた。
ハンティング帽をかぶった、なんだかオシャレな格好をしている。
「ヤージェ市街へ行かれますか?」
「ああ。こっちで合ってるか?」
俺の質問に「ピッ」と音をたてた案内ゴーレムが小さく会釈する。
「歩くのであれば、ここを道なりに行けば到着できます。魔導架車『ワイルドエイプ』で安全快適に街に移動することもできますよ」
「『ワイルドエイプ』ってなんスか?」
「当社開発の移送用小型ロープウェイです。当駅からヤージェ市街まで直通の移動手段と考えていただければ」
案内ゴーレムが俺達の左後方を指さす。
視線を向けると、そこには屋根付きの木製デッキのような簡素な建物があり、空中に宙吊りになったトロッコのようなものが行き来していた。
「あんなの、初めて見たッス……!」
「俺も初めてだ。なあ、アレって人間も乗れるのか?」
「もちろん。展望も含めてヤージェ観光の一つですので、良かったら是非」
表情のないゴーレムがにこりと笑った気がした。
この奇妙な係員たちのことを詳しくは知らないが、なるほど……大陸中の人間を相手にするには、このくらい無機質で親切な方がいいのかもしれない。
「ありがとう、せっかくなので乗ってみるよ」
俺の言葉に会釈して去っていく案内ゴーレムの背を見送って、アルの手を軽く引く。
「高いところは大丈夫か?」
「〈
「食器を取ろうとして足を滑らせてから、練習したって言ってたもんな」
「余計な事は思い出さなくていいっス」
頬を膨らませるアルと一緒に、
どうやら、意外と俺も少年心を忘れていなかったようで……少しわくわくして来てしまった。
初めて見るものに心がそわそわするのは、なんだか新鮮だ。
「魔導架車『ワイルドエイプ』にお乗りになられますか?」
係員ゴーレムの言葉に、俺は大きくうなずく。
そんな俺を見て、横のアルが「はしゃぎすぎッス」と小さく笑った。
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