第12話 ぼったくり、昔話をする。

 アラニス近郊にある、小さな村。

 そこが、俺の生まれ故郷だ。

 森から切り出した木材と湖で獲れる魚が主な収入源で、ドが付くほどの田舎だったと記憶している。


 そんな俺がアラニスに移り住んだのは、十歳のころ。

 事故で早くに夫──俺の父を亡くしていた母が再婚することになり、結婚相手の住むアラニスに移ることになったのだ。

 義父は温和な性格の商売人で、目端の利く優秀な人だった。


 それまで毎日を労働に明け暮れていた俺に、字を教え、数字を教え、そして……魔法を教えてくれた。

 杖を振って木の葉を浮かせた俺の肩を力強くつかんで、すごく喜んでいる顔を今でも覚えている。


 俺には魔法の才能があると、母に報告し……まだ息子になって間もない俺に「魔術学院に通う気はあるか」と尋ねてくれた。

 これまで何物でもなかった俺は、初めて何者かになれる気がしてそれに頷いた。

 新しい家族の元を離れるのは少し寂しくはあったが、魔術師になれれば父の役に立つこともできる。

 そうすれば、母もきっと嬉しいはずだ。


 ……そう考えて、隣の領の魔術学院に入学したのが十三の時だった。


「でも、俺は離れるべきじゃなかったのかもしれない」


 独り言ちるような俺の言葉に、アルが心配げな目をする。

 それに苦笑を返して、俺は続ける。

 もう過ぎたことだ。後悔はあるが、飲み下してはいる。


「あの冬、トラオン風邪が、東部一帯を襲ったんだ」


 俺がちょうど十五になって間もない頃。

 そろそろ、灰色ローブを黒ローブに着替えて、卒業を見据え始めた頃に……あの疫病が、東部一帯に死を撒き散らした。

 魔物モンスターから発生したと言われているその肺感染症は、瞬く間に人から人へと広がって、あっという間に死人の山を築いてゆき、人口が約二割減ったと記録されている。

 そして、その犠牲者の記録には、俺の両親の名前も含まれていた。


「各都市はロックダウン、魔術学院も部屋での自習を命じるほどだった。講師ができる様な有能な魔法使いはみんな、各都市に派遣されていたからな。それで、ようやく手紙鳥メールバードで各都市の情報が出回るようになってから……俺は、義妹が一人きりになったことを知った」


 アラニスの避難所で義妹──ミファが一人ぼっちになっていると、義父の知り合いが手紙を送ってくれたのだ。

 その時、妹はまだ九歳だった。一人にしていい年じゃない。

 だから俺は、ロックダウンが明けて早々に、魔術学院を辞してアラニスへと戻った。


「また、いつどこで封鎖が起こるかわからないから、何もかも投げ出して戻ったよ」

「妹さんは、大丈夫だったんスか?」

「お前も一度会ったことがあるだろ? あの通り、今はぴんぴんしてる」


 妹は学術予備院を卒業した時に一度だけアラニスへ戻ってきたことがあり、その時にアルとも顔を合わせている。

 ま、都会に染まって少しばかり性格がきつくなってはいたが、健やかに生きていればそれでいい。


「で、ミファを引き取った俺は、まず冒険者になった。十五になったばかりの人間がつける仕事というのは、そう多くないし、アラニスには冒険者向きの仕事が山ほどあったからな」


 義父の財産は混乱の内に何もかも奪い去られ、何も残っていなかった。

 ミファの養育にとにかく金が必要だった俺には、冒険者になることが最適解に思えたのだ。


 魔術の心得がある冒険者というのは、それなりにちやほやしてもらえる。

 迷宮ダンジョンの中で魔術はいろいろと便利だし、魔物モンスターを蹴散らすにも向いていた。

 それに加え、俺は魔術学院でそれなりに貪欲で、それなりに優秀だった。


「学院でいろんなモンに手を付けていてな……魔法薬ポーションの調合もできたし、魔法道具アーティファクトの扱いにも慣れていた。魔法の種類も偏っちゃいるが、そこらの魔術師よりは多かった」

「昔から優秀だったんスね」

「いろいろ必死だったからな。努力の賜物と言ってくれ」

「それで、冒険者になってどうしたんスか?」

「ああ、しばらくやってたんだが……」


 冒険者稼業は危険なわりに収入が不安定で、トラブルも多かった。

 特に報酬関連で揉めることは多く、若い俺はいいカモにされていた節がある。

 時には、命の取り合いになることすらあった。


「それで、パーティを組むのに嫌気がさした俺は、一人で動くようになったんだ。そうすれば、儲けは完全に自分のものだからな」

「でも、一人は危ないんじゃないスか?」

「ああ、そうだ。それで俺は……迷宮ダンジョンで行き倒れたんだ。原因は自分の準備不足、甘さ、運の悪さ」


 軽く指を振りながら、当時の事を思い出す。

 あれは、本当に危なかった。

 だが、あれがなければ今の俺はなかったな。


「それで、いよいよ……って時に、師匠に助けられた。コルネトって変わった名前の、太ったおっさんだ」

「師匠の師匠が登場したのに、なんだかぞんざいっス!」

「そうは言うが、その通りなんだから仕方ないだろ? でも、あの人は俺に、冒険と商売についていろいろと教えてくれたよ。注意深さ、鑑定、商売人同士のサイン、付き合いの仕方……俺にとっての、まさに師匠だったよ」


 一見、ただのおっさんにしか見えないその人は、迷宮ダンジョンに順応していた。

 その辺りに生えている苔を傷薬に変えることもあれば、手に入れた戦利品をその場で鑑定してみせたりもする確かなスキルを持っていて、驚いたことに、魔物モンスターとの戦いだって余裕でこなしていた。

 あんな丸い腹をして、ものすごく機敏で……タフに戦う戦士でもあったのだ。


「会ってみたかったっス」

「いろいろと不思議な人でな、俺に一年間みっちりと武装商人の何たるかを仕込んで、何処かに行っちまったんだよ」


 ──「よくぞ今日まで頑張りました。あなたに教えることはもう何もありませんぞ」


 ひげ面の顔をくしゃっと笑顔にした師匠は、翌日にはアラニスから消えていた。

 俺が引退時に潔く消えようと思ったのは、師匠の影響なのかもしれない。

 飄々としていて、まるで風のように去っていった師匠のマネでもしたくなったのだろうか。

 俺自身、うまく説明ができない。


「で、それからずっと武装商人を続けてたってわけだ。つい一週間ほど前までな」

「ボクを拾ってくれたのは、何でっスか?」

「何でだろうな。縁があったのか、なんなのか。お前さんにしたって、最初は俺のサイフしか興味なかったろ?」


 俺の言葉に、アルが目を泳がせる。

 出会った頃のコイツは、ものすごく口が悪くて結構大変だったのだ。

 敬語を覚えさせようと四苦八苦していたら、今の不思議な口調になった。


「チョロそうに見えたんスよ……お腹がすごく減ってて、判断力が鈍ってたんスね」

「勢いよく走っていくもんだから、勢いよく捕まえちまって、怪我させちゃっただろ? それでちょっと気になっちまってな」

「自業自得っス。正直、殺されると思ったッス」


 にへへ、と苦笑するアル。

 思い出話としては、少し殺伐としているか。


「ま、いろいろあって……今こうしてるってことだ。長い昔話だっただろ?」

「ボクは、ロディさんのことが知れて嬉しいッス。他にももっと教えてほしいッス」

「例えば?」

「ボクの事、実際どう思ってるのか……とか?」


 小首をかしげて小悪魔な笑顔を見せるアル。

 立派に成長したもんだ、まったく。

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