第11話 ぼったくり、過去に馳せる

「んふふ……ロディさん……」


 隣で猫のように丸くなって眠るアルの寝言を聞きながら、窓から見える景色を見やる。

 夜の間に穀倉地帯を抜けた魔導列車から見えるのは、ゆったりと勾配する丘陵地帯だ。

 イム地方を抜けて、ヤージェ地方へと入ったらしい。

 ようやく、王国中央部か……と言いたいところだが、街道を馬車で移動すればここまで二週間はかかる。

 さすがは、大陸を端から端まで走る『大陸横断鉄道』だ。


「むにゅ……」

「おっと、起こしちまったか?」


 寝ぼけ眼のアルの頬に触れる。

 くすぐったそうにしながらも、ふわふわと笑うアル。

 朝日に透かされた金髪が柔らかに光って、妖精みたいだ。


「おはようッス」

「おはよう、アル。まだ早いし、二度寝してもいいぞ?」

「ロディさんは?」

「俺は目が覚めちまったし、朝飯でもいただいてくるかな」


 正確な時間はわからないが、まだ日の出からそう経っていない時間だ。

 昨日は疲れて早く寝てしまったので、そのせいだろう。

 迷宮ダンジョン生活が長かったせいか、【魔物避け結界杭】の効果時間ピッタリで起きちまうんだよな……。


「ボクも一緒に行くッスー……」


 半分寝ぼけたまま抱きついてくるアルに抱擁を返して、軽く笑う。

 アラニスで暮らしていた頃はこんな風に甘えてくることもなかったので、今も少しばかり慣れない。

 しかし、この滑らかな肌な感触と柔らかさはいつまでも触れていたくなる。

 穏やかで温かな感触がして、とても落ち着く。


 ……とはいえ、客室を出るなら服を着なくては。


「ほら、アル。朝飯に行くなら服を着ろ」

「はいっス」


 素直でよろしい。

 そんなことを考えつつも、アルのするりとした肩から背中のラインを見ていると悪戯心じみた愛しさがこみあげて、思わず肌に口づけしてしまった。


「ひゃう!?」


 びくりとして体を震わせるアルに、こっちも少し驚く。

 何もそこまで驚かなくたっていいだろうに。


「な、なんスか!?」

「いや、なんとなく……見てたらしたくなって?」

「びっくりしたッス。もう、朝にするならこっちがいいッス」


 そう言ってこちらに向き直り、目を閉じるアル。

 ちょんちょんと唇を指で示して、待ちの姿勢だ。

 なんだか、そんな風にされてしまうと逆に緊張してしまうんだが?


「ほら、早く」

「む……少し待て、ガッツが足りない」

「へたれッス!」


 そう言いつつ、自ら唇を寄せるアル。

 緩く触れあう唇の柔らかさが、俺の心臓をひどく高鳴らせた。

 もう三十路もこえた男が、このくらいで情けない。


「えへへ。……て、ロディさん? 真っ赤っス! 熱っすか? 疫病ッスか?」

「騒ぐな。照れてるんだ、これは。思ったよりも、素面だと恥ずかしいもんだな」

「誰も見てないんスから。もう一回、するッスか?」

「……する」

「もう、かわいいんスから」


 素直な俺にくすくすと笑ったアルが、ゆっくりと唇を触れさせた。


 ◆


「それにしてもキレーなところっスねぇ。王都が近いんでしたっけ?」

「王都の最寄りはヤージェの次の駅だな。この辺りはヤージェ丘陵地って場所で、一般人はあんまり住んでないんだ。かわりに自然が多い」


 食堂車でエッグベネディクトを頬張りながら、流れる景色を見やる。


「人があんまり住んでないのに、魔導列車の駅があるんスね?」

「アラニスとは違う冒険者の街があるのさ」


 丘陵地とは呼ばれているが、実際のところは谷や川、森も点在していて魔物モンスターも含めた多くの生物が生息しており、古代遺跡の迷宮ダンジョンもいくつかあるらしい。

 それ故に、巨大迷宮ダンジョンを求めて冒険者が集まる冒険都市アラニスに対して、ここは多種多様な素材を求めて冒険者が集まる『探索都市ヤージェ』と呼ばれている。


 俺もいっぱしの冒険者であれば、少しばかり心が躍らないでもないが……今は、武装商人を引退した観光客だ。

 ほどほどに、探索都市を楽しもうと思う。


「なんだか、顔が商売人になってるッスよ?」

「おわ、マジか。そんなつもりないんだけどな」

「ロディさんは生粋の武装商人っスねぇ……」


 そうだろうか。

 俺というやつは、なんとなく武装商人をしていた人間だと自認している。

 金を稼ぐのに、それが都合の良い生き方だっただけではないだろうか。


 途中から、目的と手段が入れ替わっているような気もしていた。

 義妹が俺の手を離れた時、俺は俺の生き方を模索するべきではなかったのか?


「……ロディさん? ボク、何か悪い事を言っちゃったスかね……?」

「え? あ……ああ、違うんだ。悪い」

「ちゃんと教えてくださいっス。次から気を付けるようにするっスから」

「気にするほどのことじゃないさ。ただ、俺は何で武装商人をしてたのかって、ちょっと思い返してたんだ」


 アルのグラスにリンゴ果汁を注ぎ入れながら、俺は苦笑する。

 こんな風に心配させるなんて、ほんと……俺ってやつは年食ったガキだ。


「えっとー、武装商人は嫌だったってことッスか?」

「それもよくわからないんだよ、自分では。楽しんでいた自覚はあるが、今になると、金がそこまで必要にならなくなっても武装商人ぼったくりでいた理由がいまいち思い浮かばなくてな」

「なるほどッス。ボクは、武装商人だったロディさんしか知らないスから」


 目を伏せるアルの額を指でつつく。

 お前は少しばかり気にし過ぎだ。


「そんなことないだろ。武装商人をやめた俺も、ベッドの中の俺も知ってるじゃないか」

「……ヘタレなロディさんも知ってるっス」

「そうだった。でも、それは忘れろ」

「お断りッス」


 小さく舌を出して、悪戯っぽく笑うアル。

 よしよし、それでいい。

 お前には感謝してるんだ。楽しい旅にしよう。


「えっと、それじゃあ教えてほしいっス」

「ん?」

「武装商人になる前のロディさんは、どんなロディさんだったんスか?」


 少し前のめりに俺を見るアルに、少し圧される。

 ああ、でも……わからないでもない。

 俺だって、好きな女がどうしてアラニスの路地裏でスリなんてしていたのか、少し気になるものな。


「少し長くなるけど、いいか?」

「もちッス!」


 ヤージェまでまだまだある。

 ならば、ちょっとした暇をつぶすには昔話もいいだろう。


「──俺は、アラニス近郊の小さい村で生まれた」

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