第10話 ゴルドニック冒険社の受難(若社長視点)

「〝ぼったくり商会〟がいない? どういうことだ?」


 迷宮深部から敗走してきたメンバーの報告に驚いた俺は、思わず攻めるような口調になってしまった。

 いかんいかん、トップとして冷静でいなくては。


「すまん、少し驚いてしまった。もう一度、話してくれ。状況を整理しよう」

「はい。私たちのパーティはガッザール門から迷宮ダンジョンに入り、深部第27階層に向かいました。それで帰還時に第25階層『〝ぼったくり商会〟部屋』で休息をとる予定だったんです」

「いつも通りの流れだな」

「しかし、いなかったんですよ……〝ぼったくり商会〟」


 それはおかしい。

 〝ぼったくり商会〟のロディ・ヴォッタルクは迷宮ダンジョンから出て二日の休息をとり、再び迷宮ダンジョンの特定階に店を構える。

 もう十年以上もそうしてきた、冒険都市アラニスの名物武装商人だ。


「他の階にもいなかったんだよな?」

「はい。第23階層にも、第20階層にもいませんでした。それで、消耗しすぎて……」

「わかった。まずは休め」


 頭を下げて出て行くわが社の稼ぎ頭を見送って、少しばかり考える。

 これは一度調査の必要があるな、と。


 あの〝ぼったくり商会〟のことだ、迷宮ダンジョンでくたばってるってことは、まずないだろう。

 なら、どうして迷宮ダンジョンにいないのか。

 まあ、あれも人間だ。もしかしたら病気なのかもしれないし、少し長い休暇をとっているのかもしれない。


 いずれにせよ、〝ぼったくり商会〟が迷宮で開店してると思い込んで行動したのはこちらの落ち度だし、何度も顔を合わせた仲だ……以前に断られはしたが、業務提携の申し入れを、もう一度打診してみるべきかもしれない。


 あいつが迷宮にいるといないとでは、迷宮ダンジョンのリスクが全く違うからな。

 ウチの所属冒険者を助けてもらったことは一度や二度ではないし、その度にデカい金を払わされはしたが命の値段にしては安かった。


 〝ぼったくり商会〟などと言われているが、迷宮ダンジョンの最奥で適正な商売を行う武装商人の筆頭と言っていいだろう。

 それに、ウチと提携したとなれば〝ぼったくり商会〟の悪評も幾分かマシになるかもしれない。

 どうもあの男は、その辺りに無頓着だからな。


 ……なら、善は急げだ。


 確か、かわいらしいハーフエルフの店番がいる市内店舗が東通りにあったはず。

 あそこに行けば、迷宮ダンジョンにいない以上、おそらく店にいるのだろうし、迷宮ダンジョンにいなかった理由もわかるだろう。

 さて、オレが直々に出向くんだ。店にいてくれよ、ロディ・ヴォッタルク。


 ◆


「まずいことになった」


 『ゴルドニック冒険社』の主要メンバーを集めた会議室で、オレはため息まじりに告げる。


「どうしたんですか、親分オヤジ

「顔色、悪いですよ」

「何かあったんですか?」


 メンバー数人の心配そうな声に、オレは軽くうなずく。


「……〝ぼったくり商会〟が消えた」


 オレが告げた言葉に、メンバーのほとんどが緊張した表情になる。


「パナックのパーティが半壊して帰ってきたのは聞いてるな?」

「はい、迷宮ダンジョンの所定位置に〝ぼったくり商会〟がいなかったために予定が狂ったという話でしたが……」

「〝ぼったくり商会〟をアテにし過ぎていたのはオレ達の落ち度だ。それで、改めて挨拶と業務提携の話を持ってあいつの店舗に行ったんだがな……閉店してた」

「は──?」


 メンバーの一人が素っ頓狂な声をあげたが、他の連中も同じ顔をしていた。

 それも仕方ないことだろう。

 ここにいる幹部連中は、わが社の冒険者でもある。

 つまり、全員が〝ぼったくり商会〟の恩恵にあずかったことがある人間だということだ。


「いや、そんなバカなことが……。じゃあ、冒険者をしてるってことですかい?」

「店を畳んだってことは、迷宮ダンジョンにも来ない……?」


 ざわつく会議室を軽く制して、オレは調べさせた情報を口にする。


「調べたところによると、七日前に『ヴォッタルク商会』に営業停止処分とギルド除名処分が下されていた。この間、新しく就任したギルド会長の方針らしい。他にも、何人かの迷宮武装商人が除名になっていた」

「ほ、ほかにも……!? おれ達の生命線を何だと思ってやがる!」

「中央から来た天下り役人様には、武装商人の商売が阿漕に見えたんだろうさ。冒険者の流儀も、迷宮ダンジョンの商売もわかっちゃいないんだ」


 ため息まじりのオレの言葉に、幹部たちが釣られてため息を吐く。

 これはまさに死活問題と言っていい。

 迷宮ダンジョンを行く武装商人たちは、金さえ払えば色んな利便を図ってくれる者たちだ。


 傷や毒を癒してくれる聖職者に、迷宮内で料理を振舞ってくれる者。

 睡眠時の番をしてくれる者もいれば、迷宮内で手に入れた様々な素材を売ってくれる者もいる。


 アラニスという冒険都市の迷宮ダンジョンで生活するのは、何も冒険者だけではない。

 彼等もまた、冒険都市を支える重要な人間なはずなのだ。


「それに、だ……これは冒険者側の商売にも影響してくる。新しい商会ギルドの長が、通り一辺倒な『正しい商売』を押し出せば、町の商売人が委縮して冒険者ギルドでの買取も悪くなるかもしれん」

「それは確かに。適正価格も度が過ぎれば競争力を失いますし、そうなれば迷宮ダンジョンに潜ること自体が割に合わなくなるかもしれないですね」


 会計方の幹部が頷いてこぼす言葉に、面々が顔を渋くする。

 もう、この町で十年『冒険社』として迷宮ダンジョン由来の依頼をこなしてきたが、どうにもキナ臭くなってきた。


 それにしたって、〝ぼったくり商会〟め。

 そう言う事ならそう言うことで、ウチを頼ればよかったものを。

 あいつが普段得てる儲けをそのまま給与にしたって、あいつという人材はおつりがくる。


 優れた戦士にして、強力な魔法使い。

 罠発見と先行警戒の天才で、その場で薬も調合できる錬金術師。

 しかも、ちゃんと商人としても優秀で、迷宮内で拾ったものの目利きまでできる……まさに、万能人間。

 その気になれば、お抱えの国選冒険者にだってなれるようなヤツだ。


「とりあえず、現状は〝ぼったくり商会〟がいないことを念頭において、注意して仕事をこなしてくれ。請負のコストが合わない場合は、我が社指名でも蹴っていい。安全第一だ」

「はい」

「了解です」

「各所への通達、回します」


 立ち上がって忙しく動き出す幹部たちを見ながら、背後に控える従者の一人に声をかける。


「カエデ、〝ぼったくり商会〟の所在を探ってくれ」

「承知しました」


 影のように消える従者に背中で返事して、オレも仕事をするべく席を立った。

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