第9話 ぼったくり、走る。

「うおおおお、急げ急げ急げッ!」


 夕日が影を長く伸ばし始めるころ。

 俺はアルを肩に担ぎ上げて、大通りを全力疾走していた。

 ……魔法による身体強化もコミコミで。


 魔導列車の発車まで、もう三十分を切っている。

 イムシティの端にある伯爵屋敷から駅までは、馬車でも十数分はかかる。

 トーラスは馬車を出すと言っていたが、逆に渋滞につかまって身動きが取れなくなるよりは走ったほうが早いと判断した。


「ロディさん、ロディさん」

「なんだ、アル?」

「こういう時はお姫様抱っこがいいんスけど」

「ぜいたくを言うな。速度が出ない」


 地面を蹴って加速し、行きかう馬車の間をすり抜ける。

 直線距離では馬が早いかもしれないが、隙間を縫うなら俺の方が早い。


「ご令嬢、大丈夫なんスか?」

「お前も見たろ? ほぼ完治だ。あとは後詰めで来る〝治癒屋〟なり、お抱えの医師なりに任せるさ」


 この時間までかかったが、伯爵令嬢の『腐れ病』の治療はうまくいった。

 やはりあれは虻系の魔物モンスターによる仕業だったらしく、俺の調合した魔法薬ポーションと治癒魔法による複合治療が上手くいったのだ。


 お抱えの主治医が上手くできなかったのは、あれが魔物モンスターの毒によるものだと見抜けなかったからだろう。

 まあ、普通は毒起点の呪いを含む『腐れ病』なんて診たことがないだろうしな。


「しかし、やっぱりロディさんはすごいっス」

「今回のは運が良かっただけだ。俺も、あの家令も、お嬢さんもな」


 貴族界隈に関することだ。

 もし、あの状況を見て何ともできなかったら、俺は口封じのために拘束されていた可能性もあった。

 逆に俺でなくては、手遅れになっていた可能性もあった。

 いろいろな事がうまくかみ合って上手くいった──つまり、運が良かったのである。


「見えた! 急ぐぞ!」

「速いっス!」


 さらに加速する俺の耳元で、アルがはしゃいだ声を上げる。

 それに気を良くした俺は、さらに速度を上げて駅舎前の門前へと飛び込み、急停止した。


「ハァ、ハァ……チケットだ。確認してくれ」

「ロディ・ヴォッタルク様、アル・ヴォッタルク様。お帰りなさいませ、間もなく発車いたします。お急ぎくださいませ」


 ピッと音を鳴らした駅員ゴーレムが道を開ける。

 そして、今度はアルを前に抱えて魔導列車へと急いだ。


「わ、わわ」

「お姫様抱っこがご希望なんだろ?」

「えへへ、感無量っス!」


 ご機嫌な様子のアルを抱えてホームを駆け、何とか二番車両に滑り込む。

 肩で息をしながら客室扉を開けた瞬間、発車を報せる汽笛が鳴った。


『大陸横断鉄道をご利用いただきありがとうございます。当列車はただいまイムシティ駅を出発し、ヤージェ駅へ向かってトラブルなく走行しております。到着は18時間後の予定となります』


「ぎりぎりだった……!」

「ほんと、ギリギリだったッスね……!」


 二人で大きく息を吐きだして、笑い合う。

 なかなか大変だったが、こういうのも悪くはない。

 旅にトラブルはつきものだと、師匠も言っていたことだし。


「さすがに疲れた。昼飯も食ってないしな……」

「食堂車に行くスか? ルームサービスにします?」

「いや、まずはシャワーを浴びて着替えたい」


 イムシティの多くは、土の地面だ。

 当然、俺がさっき爆走した大通りも。

 つまり、俺は土と泥にかなり汚れてしまっている。

 こんな格好で食堂車に入るのは、さすがに無作法が過ぎるだろう。

 

 ついでに、俺自身も少しさっぱりしたい。

 なにせ、朝に連行されて以降、ずっと『腐れ病』の患者を相手にしていたのだ。

 伯爵令嬢様には申し訳ないが、吐き気を催す臭いが鼻の奥に残ってしまっている。

 一刻も早く全身を石鹸で洗い流したい。


「言われてみれば、同感ッス。ちょっとこれは、顰蹙ひんしゅくモノっスね」

「だろ? いま着てるもんはクリーニングに出しちまおう」

「一応、魔法で滅菌はしたんスけどねぇ……」


 生活魔法に関しては、アルの方が俺より上手い。

 俺は迷宮ダンジョン生活が長いせいか、そういった細かい魔法があまり得意ではないのだ。

 吸血蝙蝠バンパイアバットを〈火球ファイアボール〉で焼き払ったりするのはそれなりに上手くやれるのだが。


「それじゃ、脱いじゃってください」

「は?」

「ロディさんは一杯がんばったので、ボクが労ってあげるッス」

「へ?」


 跪いて、俺の腰ベルトを緩めるアル。

 緩まり切った下衣ズボンに手がかかったところで、ハッとなって俺は弟子を止めた。

「待て? 待て待て?」

「なんスか?」


 不思議そうな顔で俺を見上げるアル。

 口をとがらせて、ちょっぴり不服そうな顔はなかなか可愛いと思うが、待ってほしい。


「自分で脱げる」

「お手伝いするッスよ? お疲れのはずですし」

「大丈夫だ。ほら、お前も疲れただろ、少し休んでおけ」

「いやいや、一緒に入るんスよ?」


 上着を脱いだアルが不思議そうに小首をかしげる。

 いや、何言ってんだ。首を傾げたいのは俺だが?


「背中を流して、髪も洗って、至れりを尽くせりしちゃうッス」

「至れちゃうのか」

「尽くしちゃうっス」


 話しながら服を脱ぎ散らかして、アルはすっかり下着姿だ。

 こうなると、固辞するのもなんだか申し訳ない気がしてきた。


 そうとも。

 もう、アレなワケだし、いまさら一緒にシャワーするくらい……。

 いや、待て。いいのか?

 弟子、弟子なんだ。そうだ、弟子なんだから背中くらい流す。

 流してもおかしくはない、おかしくはないが……弟子が女なのはおかしいのでは?

 一緒に入るってことは──つまり……


「また、頭ん中が漏れ出してるっスよ、口から」


 クスクスと笑いながら、アルが俺の下衣ズボンを引き下ろす。

 それはもうご機嫌な様子で。


「好きにしていいっスよ。ちょっとくらいなら、えっちなこともおっけーッス」

「そんなつもりは──」


 ないと言い切れないまま、俺はアルに手を引かれてシャワールームへと誘われた。

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