第6話 ぼったくり、ただ働きをする。
魔導列車の客室で一晩眠った俺達は、少しばかりの寝不足を引きずりながらもイムシティ駅へと降り立った。
朝食をとらずに来たのは、それも目的の一つだからである。
「イムシティは王国の台所を支える穀倉地帯にある都市だ。麦だけじゃなく、酪農も盛んで肉や乳製品も多い」
「つまり?」
「飯が美味いんだ、ここは。あと、お前に食べさせたいものがあってな」
不思議そうな顔をするアルを伴って、イムシティの大通りを歩く。
この大通りも名物の一つで、『本当に大きい通り』なのだ。
馬車を八台横に並べたって行き違いができる道幅は、なかなかに圧巻である。
「さてと……あったあった。あれだ」
大通りの端を歩くこと数分。
探していた看板を見つけた俺は、指さしてアルに示す。
「『アイスクリーム』? ハンドクリームの類似品……スかね?」
「食いもんだよ。甘い物、好きだろ?」
「好きっス!」
「じゃあ、これは押さえておかないとな」
店先にあるカウンターまで歩いていき、愛想のいい店主に『アイスクリーム』を二つ注文をする。
新鮮な牛乳と豊富な砂糖があってこそ成立するこの菓子は、あまりよその都市では見かけない。
あったとしても王侯貴族が口にするような高級菓子だ。
イムシティでは手軽に食べられる甘味として、このように簡単に買えてしまうのだが。
「ほら、食ってみろ」
「……甘くて冷たいッス!」
目を輝かせるアル。
そうそう、この反応が見たかったんだ。
「なんスか、これ!?」
「アイスクリームだ」
「こんなの、食べたことないッス! どうやって作ってるんスか?」
「詳しくは知らないが砂糖を混ぜた新鮮な牛乳を冷やして作る菓子らしい」
イムシティには食肉の加工を生業とする業者も多い。
となれば、運搬のための凍結魔法の使い手もそれなりにおり、この菓子は彼等の遊び心からできたものと言われている。
「こんなおいしいものが食べられるなんて、ついてきて正解だったっス!」
「同感だ」
はしゃぐアルに応えるように、ぽろりと本音が口から漏れる。
きっと一人だったら、イムシティで降りようなんて気にはならなかったし、こうしてアイスクリームの事を思い出すこともなかった。
気楽な隠居の一人旅……なんて考えていたが、アルが一緒に来てくれたことが素直に嬉しい。
「この町には他にも美味いものがいろいろあるぞ。とりあえず、朝餉を食う場所を決めよう」
「はいッス!」
アイスクリームを食べながら、忙しそうに人々が行きかう大通りを二人で歩く。
もう少し緊張するかと思ったが、普段の休日とそう変わらない距離感に少しほっとした。
少しばかり、吹っ切れてしまった感もある。
「んふふ」
ご機嫌そうに笑いながら、アルが俺の手に触れる。
反射的にそれを握ってしまったのは、こいつが可愛い弟分だったころの名残だが……なるほど、別の意味でも正解だったようでアルが小さく鼻歌を歌い出した。
あの薄汚れたスリのガキが、こうして俺の隣を女の顔で歩いているというのは、なかなかどうして人生は不思議だ。
「──ッ!」
平和で穏やかな時間を満喫していた俺達に向かって、突如として何かが降ってきた。
壊れた荷台の破片と、車輪だ。
素早く指を振って〈
俺はともかく、アルに当たったらどうしてくれる。
「アル、大丈夫か?」
「ッス。それより、あれ……!」
土煙上がる大通りの中央部。
目を凝らせば、複数の馬車がぐしゃぐしゃになって一塊になっていた。
「事故りやがったな。こりゃ、ひどいな」
「あそこ、女の人がまだいるッス!」
馬やら牛やら
格好からするに、酪農家かなにか。気を失っているようだ。
だが、あんな場所にいれば、いずれ蹴られるか押しつぶされるかしてしまう。
しかし、周りの人間は遠巻きにするばかりで近寄ろうともしない。
怪我をしたくないのは、わかるがもう少しやりようがあるだろうに。
「ロディさん……!」
「わかってるさ、ちょっと行ってくる」
ほんの一瞬、「金にもならない」と逡巡したが、俺はもう〝ぼったくり商会〟を畳んだ身だ。
ただの親切をしたって、後の商売のことを考える必要もない。
「どけ、俺が行く」
人垣をかけ分けながら、指を振る。
範囲を少し拡大、深度をやや低下、効果時間は普段通りでよし。
「──〈
発動した魔法がふわりと薄青の霧を広げて、恐慌状態の荷馬たちを眠りに引き込む。
それを確認した俺は、素早く駆け寄って倒れた牧場娘を抱え上げる。
ああ、まずいな。血を吐いてる。すでに蹴られた後だったか。
だが、浅くとも息はある。
重畳だ。さすがに死んでたら助けるのは難しい。
「Sanigu-grandajn-cikatrojn,malpezigu-doloron……」
指を振りながら、魔法の言葉を詠唱する。
職業柄、魔法はできるだけ指振りだけで発動できるように訓練したが、高位魔法はさすがに詠唱が必要だ。
「──〈
魔法の光がふわりと牧場娘に吸い込まると同時に、牧場娘の顔に血色が戻ってきた。
何とか間に合ったようで、胸をなでおろす。
「おい、荷主ども! 今のうちにここを何とかしろ!」
ざわざわと見ていた野次馬に向かって声を張り上げる。
このままでは大通りが通れないままだし、荷馬たちが目を覚ませばまた暴れ出すかもしれない。
いくら何でも、そこまで面倒は見きれない。
「……わたし、どうしたの……?」
「お、目を覚ましたか? 事故に巻き込まれたんだ。立てるか?」
うなずいた牧場娘が、立ち上がって自分の身体を触って確かめる。
「痛くない……?」
「だろうな。それじゃあ、俺はこれで」
軽く手を振って、野次馬の中を掻き分けて歩く。
これ以上関わるつもりはなかったし、別な厄介ごとに巻き込まれそうだ。
それに、これ以上アルを待たせるつもりはない。
朝飯だってまだなのだ、俺達は。
「お帰りなさいっス!」
「あいよ、お待たせ」
「とってもかっこよかったっス!」
「そりゃどうも。文字通りの朝飯前だよ」
軽く笑って返して、手を差し出す。
それにアルが不思議そうな顔をした。
「ん? 手、繋がないのか?」
「お、おー……」
なんだか妙な様子で、俺の手を握るアル。
それを握り返して、俺は首を傾げる。
「何か変だったか?」
「いや、師匠って意外とカワイイところあるんスね」
くすくすと笑うアルに、俺はますます首を傾げてしまった。
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