第7話 ぼったくり、朝食を邪魔される

「美味しいっス、最高っス!」

「そりゃ何よりだ」


 アルの口元を手拭いでぬぐってやりながら、俺も目の前の朝餉に手を伸ばす。

 一皿にチーズと厚切りハム、ベーコン、そしてスクランブルエッグが山盛りとなったワイルドで豪華な朝食は、イムシティ名物と言っても過言ではない。

 そして、次々と運ばれてくる焼きたてのパン。

 これ一食で一日過ごせそうだ。


「たんと食えよ」

「む、なんだか子ども扱いされた気がするッス」

「そういう訳じゃないが……いや、そういう感じかもしれない。どうも抜けきらんな」

「ロディさんが急に変わったら、それはそれで落ち着かないっスけどね」


 脂のしたたるベーコンをぱくりとしながら、アルが小さく笑う。

 余計な気を遣わせてしまったかもしれない。


「まあ、追々ってことで。ボクとしては、ちゃんと女として見てもらえてるってだけで今は充分っス」


 アルの明け透けな言葉に、思わず麦酒エールをむせる。

 この野郎、すました顔してエグいジャブを放ってくれたな?

 ……野郎ではないか。


「意外とお前ってしたたかなんだよなぁ」

「ロディさんは意外と純朴っスよね……浮世離れしてるというか」

「そりゃあ、ここ十数年の間、地上にいることの方が少なかった人間だぞ? 俺は」


 そう考えれば、人よりも魔物と多く接してきたのだ、俺は。

 コミュニケーションの多くは命の取り合いか、迷宮ダンジョンに来る冒険者だ。

 浮世離れもする。


「あ、でも……さっきのはとってもかっこよかったッス!」

「あのままじゃ死んじまってただろうからな」

「アラニスの人は、わかってないっス。ああやって助かった冒険者もいっぱいいたはずなのに」

「悪評の方が人の口に出やすいもんだ。それに〝ぼったくり屋〟の悪評全てがウソってわけででもない。多くは誤解だがな」


 むしろ俺は、『善し悪し』を迷宮内に持ち込まないようにしていたのだ。

 駆け出しだろうが、ベテランだろうが、貧困だろうが、富裕だろうが……それらを一切関係なく、割り切った商売をしていた。


 迷宮内で迂闊に善意や優しさを見せれば、それに甘えるヤツは必ず出てくる。

 それに誰かは助けて、誰かは助けない……命のやり取りが日常茶飯事な迷宮ダンジョンでそんな話が出回る方が問題だ。


 ただ、迷宮ダンジョンの最深部で〝ぼったくる〟。

 対価に合わせたサービスや商品を提供する。

 そういうルールでやってきたのだ。


 もちろん、俺だって冒険者の互助精神は持っちゃいる。

 死にかけのヤツには後払いを許したし、そいつに金がなければツケにだってした。

 それで支払いを踏み倒すようなやつはいなかったし。


 ただ、それをはたから見ていた連中にとって、俺はひどい守銭奴に見えたのだろう。

 特に武装商人ですらない地上の商人たちにとって、俺のような儲け方をする奴は阿漕な商売をする悪徳商人に映ったのかもしれない。

 彼らのような普通の商人は、迷宮ダンジョンの奥で一掴みの麦がどれほど価値あるものなのかが、理解できないのである。


「ま、丁度潮時だったしいいきっかけだったと思うさ。体が老いきっちまう前に、こうして念願の魔導列車で旅行だってできてる」

「でも、やっぱりちょっと悔しいっス」

「そう言ってくれるやつがいるだけで十分だ」

「アラニスの冒険者さん達もきっとそう思ってるっスよ」


 アルの言葉に誘われてか、アラニスの冒険者たちの顔が浮かんだ。

 『ゴルドニック冒険社』の連中は俺をあてにして少し無茶するところがあるし、今後は気を付けてほしい。

 まぁ、あれでベテランぞろいだ。俺がいなくとも上手くやるとは思うが。


「ん?」


 そんな物思いにふけっていると、店の扉が勢いよく開け放たれた。

 イムシティの住民にしてはいい身なりの男が一人、その背後には町の警邏らしき兵士が数人付き従っている。

 重犯罪者でも探すような、緊張した面持ちだ。


「なんスかね?」

「誰か探してるみたいだな」


 横目に見つつ、二人でハムにかぶりついていると「いました!」と兵士の一人が、こちらを指さした。

 その仕草に、指の先──隣のテーブルを見たが、そこに座る者はいない。

 視線を戻すと、その指先は確かに俺に向けられていた。


「……俺?」

「お前か、往来で魔法を使ったという男は!?」


 何やらすごい勢いで詰め寄ってくる貴族風の男。


「あ、ああ。マズかったか? 緊急事態だったんで使わせてもらったが」

「第四階梯魔法を使ったとか?」

「第四……ああ、〈重傷治癒キュアシリアスウーンズ〉か。確かに使った」

「他にはどんな魔法が使える?」


 どんどん詰めてくる貴族風の男の肩を緩く押し返して、軽く首を振った。

 話が見えない上に、兵士に囲まれてアルがびっくりしてしまっている。

 せっかくの朝食タイムが台無しだ。


「まず、アンタがたは誰なんだ。いくら平民相手でも不躾が過ぎるんじゃないか?」

「……私はとある方の使者である。先の騒ぎで、高位魔法を使ったという者を探していた」


 名乗る気はない、察しろといった空気。

 なるほど、関係者になるまでは慎重にならねばならない立場の者という訳か。


「それなら確かに俺だが、町の治安を乱すつもりはなかった。重傷者がいたので緊急避難的に処置をしただけだ」

「それについては不問とする。それで? 魔法はどのくらい使える?」

「攻撃系なら第六階梯、治癒系なら第四階梯までだ。俺は冒険者なんでな、覚えてるのはかなりまばらだ」


 俺の返答に、貴族風の男が「ほぉ」と感心したような声を上げる。

 第六階梯魔法というのは、使う人間を選ぶ。才能が必要な領域の魔法だ。

 自分で言うのもなんだが、そうそう見かけるものではない。


「頼みがある……実は」

「待て」


 話を始めようとする貴族風の男を、短く制して止める。

 どうにも、厄介事の空気しかない。


「俺はツレと旅行中で、夜には魔導列車でここを発つ。依頼を受けるわけにはいかない」

「んな……!?」


 頼む前に断られると思っていなかったのだろう。

 傲慢な貴族様には些か意外だったのかもしれないが、こういうのは聞く前に断らねば面倒なことになりかねない。


「すまないが、他を当たってくれ。休暇中なんだ」

「む、ぬ……ぐぐ」


 何とも珍妙な表情で唸る貴族風の男。

 一体、俺に何をさせたいのかは知らないが、そこまで困ることなんだろうか。

 そんなことを考えていると、何やら決意した表情で貴族風の男がこちらに向き直った。


「いや、わかった。発車時刻まででよい。頼まれてくれないだろうか」


 頭を下げる男に、俺とアルは顔を見合わせてから頷いた。

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