第5話 ぼったくり、苦悩する。

 麦が揺れる穀倉地帯の風景を見ながら遅めの昼食をとった俺達は、客室へと戻ってきていた。

 シーツが乱れたままのベッドに思わず二人で目を逸らしたが、お互いに小さく苦笑して椅子に座る。

 これに関しては、あとで客室ゴーレムに頼んでベッドメイキングしてもらおう。


「いま、どの辺りっスかね?」

「イムシティまであと五時間ってとこだな」

「到着するのは夜なんすね」


 西日に輝く麦畑を見ながら、アルがそう呟く。

 どうにも会話が続かない。気まずさが先に来てしまう。


「師匠、ちょっと挙動不審っスよ?」

「わかってる、わかってるとも。逆に何だってお前は平然としてられるんだ?」

「平然ってわけじゃないっスけど……えっと」


 口ごもるようにして、目を伏せるアル。


「もしかして、迷惑だったっスか?」

「そんなわけないが、やっちまった感はある。地下十八階層で吸血鬼に遭遇して以来の落ち着かなさだ」

「たとえがよくわからないッス」


 俺も何を言ってるのかわからない。

 だが、そのくらいに俺を動揺させているということは自覚している。


 思えば20年近くも仕事一筋だったのだ。

 冒険者の賑わう都市には花街もある訳で、少しばかり金を払えばスッキリできたし、いつ迷宮ダンジョンで屍になるかわからない手前、特定の女とどうこうなろうとも思わなかった。

 つまるところ……俺は彼女いない歴=年齢の、女性経験が極めて薄い中年オヤジなのである。


 それが、だ。

 これまで弟か何かだと思い込んで同居していた弟子とうっかり関係を持ってしまった。

 テーブルに突っ伏して、俺はまとまらない考えの中で呟く。


「俺は、どうすればいいんだ……!」

「また声に出てるッスよ」


 クスクスと笑いながら、俺の頭をくしゃりと撫でるアル。

 俺の中で「師匠相手に失礼な奴め」という気持ちと「アルにこうして触れられるのは嬉しい」という気持ちがワルツを踊っている。

 今の俺はアルの何なんだろう?


「自分は、嫌じゃなかったっすよ? その、ロディさんにされるの」

「……どういう意味だ?」


 突っ伏したまま、問う。

 情けない姿だと自覚するが、アルの答えが欲しかった。


「ボクはちゃんと言ったッスよ? ロディさんと一緒にいることが、一番大事だって」

「……どういう意味だ?」

「そういう意味っス」


 少し顔を上げると、アルが照れたように笑っていた。

 ああ、そうか。こいつったら、最初からそのつもりだったんだ。

 俺が、勘違いと思い込みで気が付いていなかっただけで。

 ずっと、俺にサインを送ってくれていたに違いない。


「ああ、俺ってやつはニブい」

「そうっスねぇ。だから、うん……丁度よかったんスよ。これから二人で、旅するんスから」

「なるほど。人生の再出発だし、いいタイミングかもしれないな」


 軽くうなずいて、じっとアルの顔を見る。


「ど、どうしたんスか?」

「お前を拾ってからもう五年だぞ? ずっと小僧だと思って接してきたんだ。意識の切り替えには時間が必要になる」

「変なとこで真面目ッスね?」


 失敬な。

 俺はいつだって真面目だぞ!


「いきなりは無理っすよ、自分だって無理っス。だから、時間をかけて慣らしていけばいいんスよ」

「そうは言うがな、アル。こういうのはケジメってもんが……」

「童貞をこじらせてるッス」

「童貞ではないッ!」


 そんな言い争いをする俺達をのせて、魔導列車は静かに夕焼けの麦畑の中を進んでいった。


 ◆


 すっかり日が落ちて、月が空に昇るころ。

 夕食を終えて、部屋の中でまったりと過ごすうちに魔導列車が静かに停車した。

 ゆっくりと駅舎に入っていく様はなかなか圧巻で、年甲斐もなくアルと一緒にはしゃいでしまったのはご愛敬だ。


『ただいま、当列車はイムシティに到着いたしました。お降りのお客様はお忘れ物などないようにお気を付けください』


 アナウンスと同時に、通路から扉が開く音がする。


『イムシティでの停車時間は20時間。お出かけの皆様は発車時間までにお戻りいただきますよう、よろしくお願いいたします』


 そんなアナウンスを聞いたアルが、尖った耳をピクピクとさせた。

 何か思いついたときの癖だが、言いたいことは大体わかっている。


「ロディさん、ロディさん」

「ん?」

「いまのアナウンス……降りてもいいんスか?」

「ああ。発車時間までに戻ってくるなら、停車中は自由にしていいことになっている」


 そう口にして、ふと思い立つ。

 イムシティくらいの場所は、昔に商売の関係で出向いたことがあるが、アルは元孤児でアラニスから出たことがない。

 せっかくの旅だ、二人でしっかり観光するのも悪くないだろう。

 それに、イムシティにはアルが喜びそうなものもあるしな。


「せっかくだ、朝になったら軽く観光に出るか?」

「そうこなくっちゃッス!」


 喜色満面なアルに軽く笑って「じゃあ、寝るか」と視線をベッドに向けたところで思わず固まる。

 そう、この部屋は俺とアルの相部屋でダブルベッドですらないベッドが一つきり。

 出発前は「弟子の小僧と二人だし、適当にベッドで雑魚寝すればいいだろう」とか思ってたのだが……こうなると、どうも問題がある気がしてくる。


「……ロディさん? 何してるんすか?」

迷宮ダンジョン野営用の毛布を探している。ベッドはお前が使うといい」


 トランクを探る俺を覗き込みながら、アルが深々とため息を吐く。

 もう、それは実に深々と。


「一緒に寝たらいいじゃないッスか」

「そうだろうか?」

「そうッスよ? いまさらっッス」


 小首をかしげるアルに、小さく唸って返す。

 なんだろう……弟子の態度がいつも通り過ぎるのだが、俺がおかしいのだろうか?

 まだ、事故ってから一日とたってないはずなのだが。


「ボクは、ロディさんと一緒がいいんスけど……ロディさんは違うんスか?」


 なんだ、この可愛らしい生物は。

 俺の弟子はこんなだったっけ?

 とはいえ、答えはもう決まってる。


「寝るか」

「はいッス!」

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