第4話 ぼったくり、過ちを犯す

『大陸横断鉄道をご利用いただきありがとうございます。当列車はただいまアラニス駅を出発し、イムシティ駅へ向かってトラブルなく走行しております。到着は8時間後の予定となります』


 どこか無機質なアナウンスが聞こえる中、俺は恐ろしい自己嫌悪の中でシャワーを浴びていた。


「く、っそ……! あのエロジジイめ……! 次に会ったら髪の毛を全部むしってやる……!」


 そう独り言ちながら、シャワーの栓を回して水勢を強くする。

 全館空調から水回りまで魔法道具アーティファクトが山盛りな魔導列車は、シャワーだって使い放題だ。

 こんな風に反省を込めた水行だってできる。


 『トネリコ商会長からもらった酒』という時点で警戒するべきだったのだ、俺は。

 それをうっかり口にしたのも俺の責任なら、その後に起きたことも俺の責任である。

 あと、アルにそういった罠があるということを教えなかったのも俺の責任だ。


 つまり、だいたいが俺のせいで……俺のせいだが、ワインに仕込みをしたジジイはやはりゆるさん。


「ロディさん? 大丈夫っスか?」

「ああ……問題ない」


 ガラス戸の向こうにアルの気配を察して、思わずギクリと硬直する。

 これまでも自宅で何度かあったやりとりだが、こうなると気まずいなんてものではない。


 それにしたって、だ。

 まさか、小僧じゃなくて小娘だったなんて……!

 かれこれ五年も一緒にいて全く気が付かなかった。


 ハーフエルフ特有の中性っぽい感じだと思ってたのに!

 体つきだって、拾った時からそんなに変わってないはず──!


「なんだか失礼なこと考えてないッスか?」

「まだいたのか!?」

「考えてることがまた口からダダ洩れっスよ!」


 ダダ洩れてたらしい。

 ダダ漏れもするさ、この状況は!


「アル、この件については本当に申し訳ないと思ってる。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

「どっちの方がいいっスか?」

「強いて言えば、煮る方が……」

「ロディさんを茹でる釜を買わないといけないっスね……! ……ふふっ」


 ジョークか何かわからないことをやり取りするうちに、アルが戸の向こうで噴き出す。

 こちらもそれで、少し気が抜けてしまった。


「リンゴを剥いたっス。そろそろ戻ってきてください」

「……許してくれるのか?」

「最初から怒っちゃいないッスよ?」

「でもさ」

「いい加減シャキッとするッス!」


 喝を入れられて、シャワールームで思わず直立不動になる。

 アルったら、怒ると少し怖いんだよな。


「次からはもうちょっと優しくしてくれたらおっけーッス! タオルと着替えここに置いとくんで、早く来てくださいッス!」

「あ、はい」


 気の抜けた返事をして、大きく息を吐きだす。

 とりあえず、起こってしまったことは仕方がないと割り切るしかなさそうだ。

 当事者であるアルもそのように言っている。

 で、あれば……いつまでも悩んでばかりでいるわけにもいくまい。


 魔導列車も動き出したことだし……軽く車内を探索してみよう。アルと一緒に。

 そう考えた俺は、シャワーの栓をひねってからふと弟子の言葉を思い出す。


「……次から?」


 ◆


「いらっしゃいませ、お食事でしょうか?」

「ああ、昼食を食べ損ねてね」

「こちらへどうぞ」


 給仕ゴーレムが滑らかな動きで俺達を席へと案内する。

 外で見かけた門番ゴレームとは違い、こちらのゴーレムは白く透き通った大理石のような素材でできた人型で、少し女性っぽい。


「わー……ほんとに動いてるっス」

「それ、部屋でも言ってたじゃないか」

「何回見たって不思議っスよ。こんな大きなものが、馬より速く走るなんて」


 まぁ、確かに。

 アルの素直な表現には思わず笑ってしまったが、言われてみればこのような巨大な鉄の塊が大地を滑るように走るのは、不思議の一言につきる。


「それにしてもレストランの車両まであるなんて、すごいっスね?」

「ああ、三等客室以上の乗客は食事代も料金の内なんだ。好きなものを食っていいぞ」


 そう言いつつ、メニューをアルに差し出す。


「マジッスか?」

「ああ。二十四時間いつでも飯と酒が提供されて、安全に目的地まで行けるのがこの魔導列車のいいところだ」


 子供のころから、一度は乗ってみたいと思っていたのだ。

 魔導列車を見るためにアラニス駅へ何度も行ったし、義妹を見送る際は駅の中にも入ったことがある。

 しかし、こうして列車に乗るのは初めてのことだ。

 出だしに少しばかりのトラブルはあったものの、感無量といった具合である。


「それじゃ、自分はこのパンケーキのセットにするっス!」

「俺は肉が食いたい……これにしよう」


 軽く手を上げると、すぐさま案内してくれた給仕ゴーレムがやってきた。

 それを見て、俺は「なるほど」と納得する。

 彼らは接客するという事しかしないので、俺達のみなりを見て顔をしかめたり嫌味を言ったりはしない。

 魔導列車といういわば閉鎖空間の働き手として、実に最適だ。


「ご注文を承ります」

「パンケーキとローストビーフを頼む。あと、果実水を二つ」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 ぺこりと頭を下げて去っていく給仕ゴーレムの背中を見送ってから、アルに切り出す。


「なあ、アル」

「なんスか?」

「何だって自分の性別を偽ってたんだ?」


 俺の質問に、アルが小さく肩をすくめる。


「偽ってないっスよ? 黙ってただけで」

「俺が勘違いしてたのは?」

「気がついてたっス」

「何で言わない」


 質問攻めにする俺をじとりとして目で見て、アルが口をとがらせる。


「いつまでたってもロディさんが気付いてくれなかったからッスよ」


 責める様なアルにぐっと言葉を詰まらせて、俺は「すまん」とただうなだれるしかなかった。

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