第3話 ぼったくり、すごむ

「わぁー……いいお部屋っすね!」

「せっかくだから少し奮発した。二人で一部屋なのは勘弁しろよ?」


 俺達が乗車する二番車両は、ホテルで言うところのスィートにあたる。

 チケットの値段は一般客室の三倍、雑魚寝仕様である大部屋車両の十倍。

 調度品はそこそこに良く、ベッドだっていいものが備え付けられているし、手洗いやシャワールームまで完備している。


 アルの手前、冷静を装っちゃいるが……俺だって少し驚いている。

 とはいえ、これから一ヶ月もをかけて大陸西端のサルディン地方まで行こうというのに、道中の居心地が悪いのではせっかくの旅が台無しだ。

 金は使うべき所で使わなくては。


「見てください、ロディさん! ルームサービスもあるみたいッスよ!」

「別の車両に売店やバーもあるぞ。あと、俺達はレストランで食事も提供される」

「すごいっスねぇ、さすが『大陸横断鉄道』」


 感心するアルに、俺もうなずく。

 この巨大な移動型魔法道具アーティファクトは、大陸各地のいくつかの駅に停まりながら、約一か月かけて大陸を東西に横断する。人と、物資をのせて。

 まさに、動くホテルといった風情の乗り物がこの『大陸横断鉄道』なのだ。


「乗車手続きも済ませたし、荷物も置いた。さて……どうするかな」

「動き出すまでどのくらいかかるんスか?」

「たぶん、あと半日ってとこだな」

「結構かかるんスねぇ……」


 冒険都市アラニスは、迷宮から出土する資源が主な収入源だ。

 魔法道具アーティファクトに薬草類、魔石、魔物素材──そういったものを大陸各地に輸出して金貨を得ている。

 積み込み作業に時間がかかるのは仕方あるまい。

 それに『魔導列車』の停車時間としては短い方だろう。

 駅によっては三日ほども停車する場合もあると聞いたことがある。


「俺も乗るのは初めてだからな。乗り遅れるとコトだし、このまま出発を待たせてもらおう」

「そうッスね。あ、ワインどうッスか? いろいろ持ち込んできたんすけど」

「お、昼から一杯やるのもいいな。隠居人の特権だ」

「老け込みすぎッス!」


 アルのツッコミに苦笑していると、通路からにわかに騒がしくなった。

 トラブルの予感に扉の鍵に手を伸ばす……が、少し遅かったようだ。

 勢いよく開かれた扉の先に、数人の若者の姿が見えた。


「どちら様で?」

「……あんた誰?」


 先に尋ねたのは俺の方なのだが。

 目の前に立つ若い青年は、何処か値踏みする様子で、俺と部屋の中に視線をうろつかせる。


「ここで何してる? オレらの部屋だぞ」

「何言ってるんだ?」


 ふうむ?

 詐欺の類いだろうか?

 それとも、チケット上の行き違いでもあったのだろうか?


「チケットを見せてくれ。確認させてくれ」

「必要ない。お前たちが出て行けばいい話だ」

「なるほど、聞いたことがある。『席たかり』ってやつだな?」


 魔導列車の指定席を強引に奪おうとする輩がいるという話は、酒場でも時々耳にした。

 しかし、部屋をたかりに来るなんて剛毅な奴もいたものだ。

 あとでチケットが合わなければ車掌ゴーレムに追い出されてしまうだろうに。


「チケットを置いて出て行けって言ってんだよ」

「そういうの良くないと思うぞ?」


 小さくため息を吐きながら、扉の前でごねる青年たちをじっと見る。

 まだまだ年若い。冒険者なら駆け出しってところか。

 こういうよくないズルを覚えると、後で大きな失敗に繋がるんだ。


「帰った帰った。あんまり周りに迷惑をかけるもんじゃない」

「てめ……ッ」


 正面の青年が腰の小剣に手をかけた瞬間、俺は指先でその柄頭を押さえた。

 素早く、静かに。


「お前、それ抜くなら覚悟しろよ?」

「あ?」

「命のやり取りになるって言ってるんだ」


 青年の目をじっと見つめて、俺は続ける。


「俺はよ、アラニス出身の『あざな持ち』だ。その気になれば、すぐさまお前らを廊下の染みにしてやれる。そこんとこはよく理解してくれよ?」


 青年の顔がゆっくりと青く染まっていき、後ろの連中がじりりと数歩下がる。

 〝ぼったくり商会〟だって立派な二つ名だ。嘘は言ってない。

 ……こいつらを、すぐさま廊下の染みに変えることができるということも含めて。


「わかったら失せろ」

「……」


 ぎりぎりの虚勢なのか、青年が黙って後ろを向く。

 そして、取り巻きたちと一緒に、こちらを振り向くことなく扉の前から去っていった。


「やれやれ」


 扉を閉めて施錠した俺は、ため息を吐きながら備え付けられた木製の椅子に座る。

 アラニスや迷宮ダンジョンでは日常茶飯事なやり取りではあるが、まさか魔導列車に乗ってまでああいった手合いの相手をすることになるなど、思いもしなかった。


「お疲れさまッス」

「おう。大丈夫か? びびっただろ?」

「いやいや、路地裏出身をナメんでくださいッス。ロディさん次第で自分がぶっ放してたっスよ」


 にこりと笑うアルに「そうか」と軽くうなずいて返す。

 そう言えば、魔法も教えていたんだった。

 アラニスで生きていくには、自分の身を守るだけの手段が必要だからな。


「しかし、ああいうのはどこにでもいるんスね?」

「別にどこにいたっていいが、俺をトラブルに巻き込まないでほしいよ」

「はいはい。ワインで気分なおしッス!」


 グラスにワインを注いで差し出すアル。

 それを受け取って、香りを確認する。


「……いいワインだ。どこで買った?」

「先日、トネリコ商会のおじさんから譲ってもらったッス! こんど一緒に呑もうって」

「ああ、あのエロジジイか」


 キツネ目のやけに腰の低いトネリコ商会長を思い出す。

 アラニス有数のやり手の商人で、俺も何度かやり取りしたことがある男だ。

 会うたびにアルを丁稚に寄越さないかと言っていた、好色で男色なエロ爺さんだ。

 たしかに、アルは整った顔立ちをしているが……ううむ。


「なんスか?」

「いいや? なにも」


 酔ってもいない頭を軽く振って、余計な考えを振り払う。

 なるほど、アルを一人でアラニスに残してこなくて正解だったかもしれない。

 あの爺さん、俺って番犬がいなくなればきっとアルに言い寄ってたぞ。


「それじゃあ、乾杯といこうッス!」

「ああ。……旅立ちに」

「旅立ちに!」


 グラスをあてて、ワインを流し込む。

 芳醇な香りと一緒に、アラニスの思い出がふわりと通り過ぎていった。












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