第2話 ぼったくり、出立す。

「え、引退しちゃうんスか!?」


 自宅に帰った俺は、アルバイトとして雇っているハーフエルフ──アルに、事のあらましと、引退のことをさっくりと告げた。

 驚いているアルに、俺はにやりと笑って見せる。


「と、いうことで俺は町を出る。この家と商売道具をくれてやるから、立派に独り立ちしろよ、アル」

「へ?」

「なんだ、不満か?」

「そうじゃなくって、町を出るって……くれてやるって、もう帰ってこないつもりなんスか?」


 慌てた様子のアルに、俺は「ああ」頷いて返す。

 この小僧を拾ってから、ちょうど五年。

 大通りで俺の財布をちょろまかそうとしたところをとっ捕まえて、紆余曲折の末に住み込みのアルバイトとして雇ったのが始まりだ。

 孤児という生い立ちに少し情がわいて、ごく軽い気持ちで留守番兼店番として雇ったのだが……器用で頭のいいアルは、家事雑事のほとんどをそつなくこなし、やがて俺がいなくても店を任せられるくらいに成長してくれた。

 俺の弟子にしては、なかなか優秀だと自慢したくなる。


「はやいとこ『商会ギルド』に行って、商会を登録しろよ?」

「師匠はどうするんスか?」

「まだ何も決めてない。ま、あっちこっち行ってみるさ」


 営業権を引き上げられ、商会も登録抹消となった俺は、もうこの町で商売することはできない。

 妹やアルに迷惑がかかる前に、別の街──いや、国境も越えたほうがいい気がする。


「じゃ、ボクもついて行くっス」

「いや、お前。どうすんだよ? ついてきて」

「そりゃ、今まで通り師匠をお世話するつもりッスけど?」

「だから、もう師匠じゃないんだって」

「え!? いつからっスか?」

「ついさっきからだよ!」


 どうも話がかみ合わないな。

 独り立ちしろと言ったはずなんだが。


「なんスか? 迷惑ッスか? ボクはいちゃいけないんスか?」

「そ、そんな事は一言も言ってないだろう?」

「言ったっス!」


 眉を吊り上げて、目じりに涙をためるアル。

 何を意固地になっているんだ、お前は。


「言ってないぞ!」

「じゃあ、いいんスよね?」


 アルの言葉に小さくため息を吐いて、さてどうしたものかと考える。

 俺はもう三十路を越えた人間だし、このまま引退して隠居を決め込むのだってそう悪くはない。

 少しばかり早いかもしれないが、もう十分に働いて『役目』を果たしたという実感がある。

 それは妹だけではなく、このよくできた弟子にも言えることだ。


 アルには、商売人としての未来がある。

 そのためのお膳立てだってしてやれる。

 だというのに、俺のアテすらない旅になんてついてきたら、それが台無しではないか。

 俺は、弟子の足を引っ張りたくなどないのだ。


「ロディさんの言いたいことはわかったっス」

「声に出てたか……?」

「がっつりと出てたッスね。その、嬉しいしありがたくは思うんスけど……ボクにとっては、師匠と一緒にいることの方が大事なんすよ」

「なかなか嬉しいことを言ってくれる。でもさ、本当に──……」

「ついて行くっス」


 意志のこもった瞳で、俺を見上げるアル。

 些かふっくらはしたが、まだまだひょろい。

 武装商人でもある俺はともかく、町の外はアルには危険すぎる。


「アル、考え直せ」

「嫌ッス! ボクの命は、師匠に拾ってもらったものっス。だから、一緒にいかないと、ダメなんス」


 寂しそうに笑う弟子に、思わず詰まる。

 素直な弟子が初めて見せる、ずいぶんと頑固な一面。


「危ないんだぞ? 外は」

「怖くないっス。はい、決まりっス!」

「やれやれ……わかったよ。好きしろ」


 折れた俺にニコリと笑ったアルが、ご機嫌そうに鼻歌を歌いながらくるりと背を向ける。


「それじゃ、ごはんっス! 今日は『コカトリスとトマトのスープ』にしたっス」

「……そりゃ、ありがたいね」

「旅先でもボクの料理が食べられて、お得っスよ?」

「なるほど、悪くない」


 軽く苦笑しつつも、俺は湯気の立つ器を受け取った。


 ◆


 夕食の後、さくさくと旅支度を整えた俺達は、日の出を待って迷宮都市アラニスを出た。

 自宅については迷ったが……そのまま残しておくことに決めた。

 何かの機会に、妹が里帰りするかもしれないし、あいつの私物も残っている。

 事情を説明する手紙と一緒に店の権利書を手紙鳥メールバードで送ったので、あとはあいつの好きにするだろう。


「なんだか、町の外に出るのって新鮮ッスね」

「そうだなぁ。お前はずっと迷宮都市の中だったものな」


 それについて、少しばかり申し訳なく思う。

 迷宮の入り口が町のど真ん中にある迷宮都市では、町の外に出る必要が一切ない。

 交易都市も兼ねる『迷宮都市アラニス』では何もかもが町の中で揃うし、それこそ一生涯町の外に出ない奴だっている。


 それが可能なくらい居心地がよく、豊かな街なのだ。

 あの迷宮都市は。


「それじゃあ……行くか」

「緊張してきたッス」

「ま、確かに人生でそう何度もある機会じゃないしな。だが、急ぐ旅でもないし、懐も温かい。たっぷり楽しんでいこう」


 アラニスから街道を歩いて小一時間ほど。

 森を切り開いた一角に、レンガ造りの大きな建物がある。

 その建物は見上げるほどに大きくて、ちょっとした要塞に見えるくらいだ。


「これが……駅っスか」

「ああ。デュナン大陸が誇る『大陸横断鉄道』は一駅、アラニス駅だ。冒険都市で算出した迷宮資源なんかも運ぶから、ここは有数のデカさだぞ」

「ほぁー……すごいっス」

「ほら、行くぞ」


 軽く笑って、アルの背中を軽く叩く。

 こうしていると、仲のいい弟と旅をしている気分だ。悪くない。


「チケットを拝見」

「わっ……」


 城壁じみた門に近づくと、入所ゲート前で細っこい鎧の人物がこちらに手を差し出してくる。

 人間でなく、ゴーレムだが。


「これだ。二人で乗る」


 アラニスで購入した乗車チケットを提示すると、鎧の奥から「ピッ」と音が聞こえてゴーレムがゲートを解放してくれた。


「お部屋は二番車両の7番客室となります。良い旅を」

「おお、ありがとうな」


 これに人格があるのかどうかはわからなかったが、軽く会釈してアルと共にゲートを通る。

 すでに駅舎の中は多くの人でごった返していた。

 いい服を着た上流階級の人間から、荷物を抱えた行商人、冒険者。

 列車が到着するまでは、全員仲良くここで待機するしかない。


「びっくりしたっす」

「あはは。これから何度も見ることになるぞ」

「そ、そうなんスか?」

「この『大陸横断鉄道』の作業員のほとんどはゴーレムだ。ほら、あそこにもいる」


 俺の言葉に驚いた顔を見せるアル。

 賢い奴だが、まだまだ外の世界のことは勉強不足だ。

 それを考えると、こうして俺の隠居旅行に連れ出したのは正解だったのかもしれない。


「列車の運行、保守、警備なんかも担っている。人間じゃなくていいところは全部ああいったゴーレムがやっていると思えばいい」

「どうしてっスか?」

「どうしてだと思う?」


 俺の逆質問に、アルが小さく首を傾げる。

 まずは自分で考えてみることが大切だ。


「疲れないから……っスかね?」

「半分正解だ。これから列車に乗りながら色々考えてみるといい」

「はいッス!」


 素直なやつ。

 やっぱり、旅に連れてきて正解だったかもしれない。

 一人も悪くないが、旅の道連れは居たほうが楽しそうだ。


 そんなことを考えているうちに、遠くから汽笛の音が響いた。

 滑るようにして、ゆっくりとこちらに向かってくるのは巨大な鉄の塊。


 ──『魔導列車』。


 そう呼ばれる最大級の魔法道具アーティファクトが、俺達の前で存在感たっぷりに停止した。



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