引退【武装商人】のトラベル・スローライフ~ハーフエルフの弟子と行く、らぶらぶ大陸横断旅行~

右薙 光介@ラノベ作家

第1話 ぼったくり、引退を決意する。

「は? 営業停止だって?」


 俺の言葉に、男が頷く。

 五日ぶりに迷宮をでて自宅兼店舗に帰ってきた俺──を待ち構えていたのは『商会ギルド』の使者を名乗り、いちまいの羊皮紙を俺に突きつけた。


「ヴォッタルク商会の営業権は四日前に取り消しになっており、その後も出頭なく無断営業が行われたため、罰則規定が適用された。一日につき金貨五枚の支払いを督促させていただく」

「待て待て、俺はさっきまで迷宮にいたんだぞ? そんなの知るわけないじゃないか」


 それに一日につき金貨五枚……つまり金貨を今すぐ二十枚も払えというのは、些か暴利が過ぎるのではなかろうか。

 金貨五枚と言えば中流のご家庭が一ヶ月食っていけるだけの金である。

 ついでに言うと、そんな罰則規定なんて聞いた事がない。

 いくら何でも無茶苦茶だ。


「即応できぬ場所にいるあなたが悪い。直ちに商会ギルドに出頭し、罰則金を支払うように」

「どういった理由で取り消されたんだ?」

「当方にはそれに答える義務も権限もない。自ら出頭して確認するように」


 男の言葉は事務的で、まるで取り付く島がない。

 実際、ただのメッセンジャーであり、こいつに文句を垂れたところで意味はないのだろう。


「はぁ、わかったよ」

「……個人的には、当方も納得などしていない」


 背中を向けたまま、メッセンジャーの男がぼそりと呟く。


「ん?」

「これは独り言だ。四日前、教会関係者がギルドに怒鳴り込んできた。子飼いの冒険者が迷宮ダンジョンでぼったくられたと吼えていたよ。迷宮にいた武装商人に法外な金をむしられたと言っていたな」

「あー……わかった。理解したよ」


 俺の言葉に返事もせず、男は去っていく。

 不愛想な奴だが、少なくとも俺の敵ではないらしい。


 商会ギルドの決定については全く意味が分からないが、あの男のおかげで原因はわかった。

 おそらく、迷宮内で俺にぼったくられた冒険者がタレコミを入れたのだろう。

 で、そいつが教会関係者で……おそらく、なんぞ偉いヤツがバックにいたと。

 おそらくそんなところ。


 まったく、そんなコトで年会費をしっかり収めている俺の営業権を取り消すだなんて、あの新しい商会ギルド長はちょっと肝の座りが悪いらしい。

 だが、少しばかり面倒と言えば面倒かもしれないな。

 たった一件、権力者にクレームを押し込まれただけでこれだ。

 同じことがまた起きるかもしれないし、他の奴にも起きるかもしれない。


「ううーむ……」


 小さく唸りながら大通りを歩くこと、十数分。

 気が付けば、『商会ギルド』の前まで来てしまった。

 冒険都市アラニス

における、ありとあらゆる商売を統括するのが、この『商会ギルド』である。

 主に、この町に居ついて商売する人間の窓口となって、商会の設立や解体、各種申請、年会費支払いなどを担当するのが、ここだ。

 俺のような個人経営の行商人であっても、この町で継続的に商売をするには、このギルドを通して商会を設立する必要がある。

 俺の場合は、名前がロディ・ヴォッタルクなので商会の名前はそのまま『ヴォッタルク商会』とした。


「たのもー」


 ホールを抜けて、軽い感じで受付の女性に声をかける。

 返事をしようとした受付嬢が、俺の顔を見て顔をひきつらせた。

 新人だろうか、見覚えのない顔だ。


「あ、あなたは、『ヴォッタルク商会』さん、ですね?」

「そうだ。すまないが、上の者を呼んでもらえないだろうか」

「う、承りかねます。アポイントがなければ、お取次ぎできません」


 さて、これまでそんな事はなかったはずだが。

 なにせ、ギルド員の相談に乗るのもここ『商会ギルド』の仕事なはずだ。


「何もギルド長を呼べと言ってるわけじゃない。誰か話の分かる奴に相談に乗ってもらいたいだけなんだが」

「お、お断りします!」


 受付嬢の悲鳴じみた高い拒否の声に、周囲が一瞬静まり返り……ざわつき始めた。


「おい、あれ……『ぼったくり商会』の」

「ああ! 迷宮であこぎな商売をしてるっていう?」

「相当な守銭奴らしいぜ。金払わないと重傷者でも見殺しにするって噂だ」

「有名だもんな、悪い意味で」


 ざわつきの中から漏れ聞こえるのは、俺に対するネガティブな噂。

 まぁ、ぼったくりなのは認めるけども、そこまで悪どい商売はしていないはずだ。

 しかし、この雰囲気はあまりよくないな。

 用事を終わらせて、早々に立ち去ったほうがよさそうだ。


「はぁ……わかった。じゃあ、これを」


 ため息を吐いて、カウンターの上に金貨二十枚入った小袋を置く。

 暴利だろうが何だろうが、つまらないことで犯罪者になるのはごめんだ。


「罰則金、確かに払ったから。それと、ギルドの対応はこれでいいんだな?」

「……」


 小袋の中身を確かめもせずに、警戒するようにじっと俺を睨む受付嬢。

 俺があんたに何したって言うんだ……。


「お引き取り下さい」

「ああ、そうさせてもらうよ」


 返事をしてから、ぴんとくる。

 営業権が取り消しになってるってことは、『ヴォッタルク商会』は登録が取り消されたんだな、多分。

 つまり、もうギルド員でもないってワケか。


「邪魔をしたな」


 ため息を吐きながらそう告げて、くるりと出口につま先を向ける。

 集まる視線の多くは、興味本位と嫌悪感が半々くらい。

 まったく、ずいぶんと嫌われたものだ。

 俺としては、それなりに〝まっとうな〟商売をしていたつもりだったんだけど。


 やれやれと肩をすくめながら、商人たちの間をすり抜けて出口に向かう。

 中にはあからさまに俺を嗤っている者もいるが、明日は我が身だと危機感は持った方がいい。

 『商会ギルド』が外部圧力に負けてギルド員を守らなかったという事実は、それなりに問題である。

 ま、お行儀良くしてる限りは大丈夫かもしれないけど。


「……さて、帰るか」


 『商会ギルド』を後にした俺は、大通りを自宅に向かって歩きながら、これまでの人生を振り返る。

 確かに、俺という人間はとてもじゃないが善人とは言えない人間かもしれない。

 それ故に、あの商人たちの言葉も一部は納得できる。


 ──『守銭奴』、『悪徳商人』、『人でなし』。


 それらの言葉は、当然の反応だったと思う。

 俺は相手がどんなに困窮していようが半銅貨1ラカルすら値引きしなかったし、地下迷宮の奥地では法外といえる値段で商品を販売していた。


 そうしてついたあだ名が『〝ぼったくり商会〟のロディ』。

 がめつい迷宮の武装商人の中でも、特に人情に欠けるぼったくり。

 それが、冒険都市アラニスにおける俺の評価である。


 だが、俺にはどうしても金が必要だったのだ。

 流行病で父も母も天に昇り、残された幼い妹を真っ当に食わせて、真っ当に独り立ちさせるには、とにかく稼がねばならなかった。

 通っていた魔術学院をやめてすぐに冒険者になったのが十五の時。

 そして、その流れでとある人に師事して迷宮ダンジョンで商売する武装商人に転身したのは十八の時だった。

 それから十年あまり……三十二になる現在に至るまで、俺は迷宮ダンジョンの奥で〝ぼったくり商会〟で居続けた。


 魔術学院と武装商人の師に学んだ知識は、迷宮内においてそのまま金になった。

 傷や毒の治癒、飲料水の生成、魔法薬ポーション魔法の巻物スクロールの作成、魔法道具アーティファクトの鑑定に、魔法を使った周辺の地図製作、結界によるセーフエリアの生成……できることは何でもやって、金に換えた。


 地上の冒険都市では都市令で報酬や売値が定められたそれらも、迷宮内部であれば言い値だ。値段設定は自由自在で、上限はない。

 薄暗く危険な地下迷宮の中でリスクとニーズは比例の関係にあり、それは商機そのものだった。

 だから俺は、迷宮に深く潜る技術を獲得し、より深い場所で……武装商人として『ぼったくり』をするに至ったわけだ。


 その甲斐あって、妹は立派に独り立ちした。

 いまや我が妹は王立学術予備院を首席で卒業し、王国中央で働く立派な上級公務員である。


 それでもって、役目を終えた俺には冒険都市中に知れ渡る悪評が残されたってわけだ。

 幸いなことに俺こと〝ぼったくり商会〟と妹の関係はあまり表沙汰になっていない。

 故に、俺はこれをだと思うことにした。


「よし、決めた。引退しよう」


 ごく軽く、そう独り言ちた俺の足取りは……少し軽くなっていた。

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