第6話 新しい家庭教師?

長いテーブルが置かれている城内の食事室の中。

白い布が敷かれているテーブルの上にはあらゆる色を帯びる高級な食べ物が置かれており、その種類は数えきれないほどだった。


その豪華な食事室ではアルフレットとベラ、アンドリア、アストリアのフィアネル王家の家族が横で長いテーブルを囲み、ただ箸と匙だけを動かしながらご飯を食べることに熱中していた。

そんな食器を忙しく動く音だけが響く静かな雰囲気の中、4人の中で誰かがそっと口を開いた。


「アストリア、アカデミーに通ってみるつもりはないかい?」


と、フィアネル • アルフレットがワインを一口啜った後そう言った。彼は言った後、優しい顔でアストリアの方に首を回し、彼女と目を合わせた。アストリアはそんなお父さんと目が合うと、彼の突飛的な質問に少し驚かされ、なぜこのような質問を自分にしたのだろうという顔でただ自分のお父さんを眺めた。


「··················」


食堂の中では暫くの間、沈黙が流れた。隣にいたフィアネル • ベラはアルフレットの質問を聞くと、顔が少し歪み、手に持っていた食器をテーブルに置くと口を開いた。


「はぁ? アカデミー····?あなた、本気ですの?」


ベラは言った後、鋭い眼差しでアルフレットを見つめてきた。アルフレットはそんな恐い顔のベラと目が合うと、そっと顔に笑みを浮かべて切り出した。


「いやいや、そこまで怒る必要はないじゃないか。ベラ。はは。もちろんその気持ちは分かるよ。でも、君も知っているとおり、アストリアは特別な存在だ。私は彼女が持っているその才能を幼い頃から育ててあげるのが親のやるべきだと思ってそう言ってみただけだよ。ベラ、君もそう思わないか?」


アルフレットは顔に笑みを浮かべ、できるだけ妻であるベラの機嫌を損なわないように優しくかつ繊細に言った。だが、彼の発言を聞いたベラの美しい顔は彼の必死の努力とは裏側に歪んでおり、額にはシワだらけだった。そんな彼女はアルフレットを鋭く見つめる視線を変えず、胸に手をのせてひとまず息を整えると、口を開いた。


「無論、私もアストリアが特別なのは認めますよ、アルフレット。でも、そういう問題じゃない。本当に分からないのですか?アカデミーがどんなところであるかをです。アカデミーは幼いアストリアにはまだ危険すぎる。それはあんたにも分かると思いますが。」


ベラは不満ありげな顔でアルフレットの発言に答えた。

アカデミー。

あらゆる学問を修める場である。だが、この世界ではその事情が少しことなり、ここで言うアカデミーとは魔物を倒すための魔法や武術を磨く機関である。そのため、アカデミーは本などを通じて学問を学ぶことより、戦闘のための技術を学ぶことに集中しており、実際アカデミーにはそのような設備や冒険家になるために訓練をしている人たちが数多く集まっている。

ベラはそんなアカデミーにアストリアが通うのが心配になり、通うのを反対したのだった。


ベラが答えると、アルフレットは彼女のこの反応をある程度予想したらしく、少しの驚きも見せず余裕のある顔のままだった。そんな彼は優しい顔を維持したままベラの言葉に答え始めた。


「もちろん、知っているよ。ベラ。俺が知らないわけがないじゃないか。はは。でも、もしそれが気になっているのなら、そこまで心配する必要はないよ。なぜなら、そういうのは全部俺が事前に手を回しておくから。ベラはただ全部俺に任せてじっとしていればいいよ。なにも心配する必要はない。」


しかし、アルフレットの言葉にもかかわらず、ベラはそんなアルフレットが気に入らないのか、腕組をして顔を歪めると言い出した。


「絶対ダメですよ。アルフレット。私はどんなことがあってもアストリアをアカデミーに通わせるつもりはありません。絶対に。」


ベラは釘を刺すように断固に言った。

彼女はそういってから、怒りが込み上げてくるのか口からフンという音を出し、アルフレットがいる方から首を逸らした。


「本当にダメなのかい。」


アルフレットはアカデミーを諦めることが出来ず、確認のため首を逸らしたベラにもう一度聞いてみた。だが、


「ダメです。」


返ってくるのはベラの冷たい反応だけだった。


「俺が······」


「ダメです。」


「私の言うことを······」


「だ.め.で.す。どんなことがあってもダメなことはダメなんです。もう同じこと何度も言わないでください。」


ベラはそういてから、怒った顔とともにアルフレットのいる方からまた首を逸らした。アルフレットはそんな怒った彼女を見ると、自分の敗けだという顔を作っては落ち着きを取り戻し、また言い出した。


「じゃ話を変えよう。ベラ、アカデミーがダメなら家庭教師を呼ぶのはどうだ?それならアストリアが安全に学ぶこともできるし、時々君がアストリアを観察することも出来る。いい提案だと思わないか? (今ちょうど、いい人物が浮かぶな。)」


アルフレットはいいながら天井の方に目を移し、何かでも見てる顔で首を何度もうなずいた。


「アルフレット、なぜあんたがそこまでアストリアの教育に執着するのかは分かりませんが、そんなことあなたの勝手にしなさい。私はもう帰る。」


ベラはもうアルフレットとは話にならないと思ったのか、そういって椅子から力強く立ち上がると、そのまま食事室の扉に向かって歩き出していった。

アルフレットはそんな遠ざかっていく彼女の後ろ姿をただ眺めるだけで、尻尾が下を向き、頭に手を当てると深いため息をついた。


「はぁ····、ベラの機嫌を完全に取り戻すにはまた時間がかかりそうだな·····。」


と、アルフレットはやれやれという顔で、これから大変なことになりそうだなという風に言った。


その様子を今まで見守っていたアストリアとアンドリアはただモグモグと食べ物を口で噛みしめながら、口喧嘩をした親たちをただ何度も見比べるだけだった。




***




それから数日後。


自然の香りを含んだそよ風と朝の暖かい日差しが差し込む部屋の中で、黒い猫耳をもった一人の人間がベットから目を覚ました。


「うはぁうっ」


眠りから起きたアストリアは口を大きく開いてあくびをすると、腕を上に伸ばし、伸びをした。

だが、伸びをしたにもかかわらず、まだアストリアの眠気は去っておらず、彼女はぼっとした顔で半開きの目を擦っていた。そして、その時だった。


-トントン


と、部屋のドアからノックの音が聞こえてきた。

アストリアはその音を聴くと、こんな早い時間に一体なんだろうと少し首をかしげた後、ベットから降りてノックの音が聞こえたドアに向かって歩きだしていった。

アストリアはよちよちとドアにすぐ前まで到着すると、軽くジャンプをし、ドアノブを回した。


-(きいっ)


ドアを開いたアストリアがドアの隙間から頭をそっと出して外を確認しようとすると、頭を全部出す必要もなく、すぐ誰かの顔が彼女の目に入ってきた。

よく見ると、それは見慣れた顔であり、彼女の専用メイドの一人であるマリーだった。マリーは笑みを浮かべた優しい顔で門の隙間に頭を突っ込んでいるアストリアを見下ろしていた。そして、そんなマリーのすぐ後ろからは彼女の妹であるチェリーの姿がアストリアにちらっと見えた。


「アストリア様、王様がお呼びです。お早い時間に本当に申し訳ないのですが、今から一階にお向いなっていただけますか。」


と、緑茶色のもふもふしっぽが魅力的なマリーは

そのままアストリアに王から受けた伝達を伝えた。アストリアはそんなマリーの言葉を聞くと、なぜこんな早い時間にお父さんが自分を呼ぶのだろうか少し疑問に思いながらも、まずは頷いて見せた。


「うん。今行く。」


アストリアはマリーにそう伝えると、自分を向かいに来てくれたお二人に軽く挨拶をし、短い足取りで階段を降りていった。



***



一階に向かっていたアストリアは階段を降りながら、理由は良くわからないけれどなぜか不安を感じ始めた。それでもアストリアは多分気のせいだろうと思い、止まっていた足を運び、また階段を降りていった。

そして、ついに目的地である一階のロビーが見え、彼女がほぼ一階に到着したときだった。


「·····?」


階段を降りていたアストリアは突然、どこから吹き出してくる強烈な寒気に鳥肌が立ち、ぶるぶると身を震わせた。


「これは一体·····。」


アストリアは体の奥から込み上げてくる不安とともに気を付けながらも、素早く階段から降りて床に足を着くと、手すりの間から一階の様子を確認してみた。


すると、そこには彼女のお父さんと、お父さんの隣に今まで見たことのない見知らぬ誰かが立っているのが見えた。その隣に立っている誰かは身にさっき感じ取った寒気を纏っており、巨大な体をもっていた。

アストリアはそれを見ると、言葉では言い表せない恐怖とともに唾をごくりと飲み込んだ。


アストリアがそうして怯えていた頃、アストリアより下にいたアルフレットはそんなアストリアを見つけると、口を開いた。


「おや、アストリアはもう来ていたのか、今日はよく眠れたのかい。」


と、アルフレットはいつもの優しい顔でアストリアにご機嫌を聞いてみた。

すると、彼のとなりにいた見知らぬ存在の視線がすぐアストリアに向かった。


「あれが、今日から俺の弟子になる子なのか。」


と、そのものは怯えているアストリアの方を見ながら、アルフレットにそう聞いてみた。


「そうだよ。」


アルフレットはそのものの質問に、少しも表情を変えずにそう言い返した。


「面白い。」


(にやり)


アルフレットの答えを聞いたその正体不明存在は、意味不明の顔でにやりと笑って見せた。


「アストリア、こっちにきなさい。これから君に紹介する人物がいるよ。」


アルフレットがアストリアを見ながらそういうと、アストリアは下がった耳としっぽとともに、自分のお父さんが居るところまで少しずつ動きながらよちよちと歩いていった。


アストリアはアルフレットがいるところまで来ると、アルフレットの後ろに隠れ、隣にいる正体不明の者を警戒した。アルフレットはそんなアストリアを見つけると笑顔とともに口を開いた、


「はは、そこまで警戒する必要はないよ。アストリア。この人は今日から君の家庭教師になる人なんだよ。」


「·····?」


アストリアはお父さんの言葉を聞いた後、暫くの間、過去の記憶を振り返ってみた。すると、約一週間ぐらい前にお父さんとお母さんがアカデミーか家庭教師のことで口喧嘩をした記憶をアストリアは思い出した。ということは、今の状況はまさにあの時のお父さんが言っていた家庭教師の件だと言えた。


(さぁ、紹介しよう。この子は私の娘のフィアネル • アストリア。今日から君の弟子になる子だ。これからは私の娘をくれぐれもよろしく頼む。·········)


と、アストリアが過去を振り返ってみながら色々と考え込んでいる間、アルフレットは家庭教師となるものにアストリアを紹介していた。

そうやってアルフレットが話している間、状況を全て把握したアストリアは隠れているところからぴょんと少しだけ頭を突き出し、お父さんが家庭教師と呼んでいる人に目を向けてみた。

すると、目を向けたそこには身体中から凄まじい迫力と、油を塗ったかのようにつるつると光って絹より柔らかそうな白毛、一目で見ても強者だと分かる筋肉質の体、刀より鋭く見える二つの大きな犬歯。背中につけられ、2mは十分越えそうな、青い気配を周りに包み込んでいる大きな大検、そして口から出るなぜか鳥肌をたたせる嫌な寒気とモフモフの耳と尻尾を身に付けている、野獣に似た人が立っていた。


一見、野生の狼に似たその人は怪しげな目で自分を観察しているアストリアに気が付くと、姿勢を低くしてアストリアに顔を近づき、見下ろす姿勢で切り出した。


「俺はペルシア、今日から君の家庭教師となるものだ。よろしくな。」


(にやり)


と、ペルシアという名の者はアストリアに自分の顔を近づけたまま簡単に自己紹介をし、にやりと笑って見せた。

アストリアは急に近づいてきた黄金色を帯びる二つの瞳に驚きながらも、動揺せずその目を凝視した。

すると、ペルシアは自分の目をみて引かない子は始めてみたのか、少し以外だなと首をかしげ、言い始めた。


「この子面白いな、こんな子ははじめてだ。ウハハハ。」


ペルシアはけらけらと笑い出した。その反面、今の状況がどういう状況か理解できないアストリアはまだ警戒の姿勢を崩さないまま、アルフレット後ろに隠れて大声で笑うペルシアをただ眺めるだけだった。

しばらくすると、笑いが止まったペルシアはアストリアの方に視線を移し、口を開いた。


「俺、君が気に入った。本当、こんなに大胆なやつは始めてみたよ。うはは。」


ペルシアはそう言って、また大声で笑って見せた。


それから少し時間が流れ、笑っていたペルシアは今度は城門がある方に体の向きを変えると、そっちに向かって歩きだしながら口を開いた。


「おい、そこで突っ立てないで俺についてこい。今から」


訓練だ。


ペルシアの言葉を聞いたアストリアはペルシアの言う通り、彼女の後ろについていくと、ふと後ろに首を回して自分のお父さんがいる方に目を向けてみた。

すると、そこにはアルフレットが相変わらずの優しい笑みを浮かべた顔で自分に手を振っているのが見えた。

それを見たアストリアは、なぜか妙な感覚を受けながらも多分気のせいだと思い、また振り返って前を向き、歩いていった。

そして、遠ざかっていくそんなアストリアの後ろ姿を見ながらアルフレットは言った。



「いってらっしゃい。我が娘よ。」




***




それから城を出て訓練の場所である山の奥へと向かっていたペルシアとアストリアは、山道に到着し、道に添って歩いていた。


山道を登りながら、ペルシアの後ろについて歩いていたアストリアは、ふとペルシアの体に目が行き、失礼ではあったがこっそりとペルシアの頑丈な体をよく観察してみた。


すると、ペルシアのとても大きくてムキムキとした脹ら脛がアストリアの目を引いた。アストリアは自分の体より大きくて太いペルシアの脚筋肉に、ペルシアには聞こえない小さい声で思わず感激の声をあげた。


「おお·······。」


口笛を吹きながら真っ先を歩いていたペルシアは自分が誰かに見られているとでも思ったのか、首を回して後ろに振り向くと、自分の後ろについて来ているアストリアと目が合った。


「はぁ?弟子のやつ何じろじろ見てんだ。俺に何か変なものでもついているのか。あん?」


ペルシアが顔を歪ませてそういうと、アストリアはビックリし、猫耳が下を向いていった。


「す··すみません、それが·····その···何でもありません。」


「はぁ?」


アストリアの曖昧な答えに、ペルシアは首をかしげてため息をつくだけだった。


「何だよ。変なことすんなよ。」


「すっすみません。」


アストリアは首を下げて謝り、また元通り、道に沿って歩きだした。


それから暫くの間、ペルシアとアストリアの間には沈黙だけが流れていた。

ぼっとした顔でただ山道を登っていたアストリアは、ふとペルシアと会った時から聞いてみたかったことを思いつき、この機会で直接聞いてみることにした。


「あのお·····。」


「あん?弟子のやつ今度はなんだ。」


アストリアが言うと、ペルシアは振り向き答えを待った。


「それが····その·····聞くのは少し失礼かもしれませんが、ペルシアさんってその·····男子ですか?」


「はぁ?」


ペルシアはこの答えを聞くとは全く予想していなかったのか、あきれた顔をした。

実はアストリアがこのようにペルシアに性別を聞いてみたのは特別な理由があるわけではなかった。ただ、外見的には逞しい体つきと声をしているが、気になるのはあのペルシアの上半身にある結構ヒップな二つの胸だった。最初はアストリアも外見からして当然ペルシアが男だと思っていたのだが、一つ気になることがあれば、それは男だとは考えにくいペルシアの女性的な胸だった。それで、アストリアはペルシアの正確な性別が分からず、ずっとそれを心の中に入れておいていたのだった。

だが、二人きりになった今、アストリアはこの機会を利用して勇気を出して聞いてみたのだった。


また、場面は戻り、アストリアの突飛な質問を聞いたペルシアは少し間を置くと口を開いた。


「俺が男に見えるのか?残念ながら俺は女だ。一目でみて分からないのか?」


ペルシアがそういうと、アストリアはなるほどと小さく呟き、上下にうなずいて見せた。彼女は疑問が解けてすごく気分が良かった。


ペルシアはもう質問してこないと思ったのか、アストリアから目を離し、また前を向こうとしたときだった。


「あのお、もう一つ質問があるのですが·····。」


と、まだ聞きたいことが残っていたアストリアはペルシアに言った。


「はぁ?今度はまた何だ。」


続く質問に、ペルシアはめんどくさそうな顔でアストリアの方に首を回した。アストリアは口を開いた。


「ペルシアさんって、何で私の家庭教師になったんですか?」


「はぁ?どういう意味だ。」


「だから、どの経緯で私の家庭教師になると言ったのかということです。」


アストリアがそういうと、アストリアの言葉を聞いたペルシアは暫くの間、口をつぐんだまま考え込んだ。そしてペルシアはまた口を開いた。


「俺は俺がやりたくて君の家庭教師なんかになろうとした訳じゃない。俺はただ·····君のお父さんに雇われてきただけだ。」


「なるほど·····。」


アストリアは顎に手をのせ、何度も頷いた。彼女は今もなぜお父さんがそこまでするのかはまだ分からなかったが、ただ納得するしかなかった。


「君のお父さん、まぁこの国の王はある時、突然俺の家に訪ねてきてはこう言った。私の娘の家庭教師になって見ないかとな。そして、君の家庭教師になった場合、一生飢えることない豊富な食料と、お金、安楽な住みかを提供することを約束してくれた。俺はとんでもないその条件を断ることができず、そのまま飲み込んだ。これが俺が君の家庭教師になった経緯だ。分かったか?まぁ、こんなもんなのさ。お陰さまで俺は楽な暮らしが出来るようになったわけだし、君のお父さんは自分の娘を教育することができる。お互いウィンウィンじゃないか。」


ペルシアはそういって、空中に目を向けると何かいい想像でも思い起こしている顔でぺろっと舌をならした。

一方、アストリアはペルシアの話を聞いて頷くだけだった。本当、自分にもそんなことがあったらその条件を飲み込むしかないだろうとアストリアは心の中でそう思った。


「あ、それと一つ言い忘れていたことがあるが、」


アストリアが一人で考え込んでいる間、ペルシアはそう言ってまた振り返ると、二番目の指先を立てたまま言い出した。


「師匠とよべ。さっきからペルシアさん、ペルシアさん。うえっ。さん呼びはやめておけよな。まじ鳥肌立つから。」


といって、ペルシアは何もなかったかのように前を向いた。アストリアはそんなペルシアの後ろ姿を見ながら小さな声ではいと言った。


「さぁ、ぐずぐずしないで早くついてこい。訓練が待ってるぜ。」


ペルシアの催促に、アストリアは歩く足に力を入れ、ペルシアの後ろについていった。




***




それから、山道に沿って歩いていたペルシアとアストリア一行は目的地である山の奥に到着していた。


山の奥へ到着すると、アストリアは首を回してざっと周辺を見回してみた。

すると、アストリアの目には数々の木々に囲まれた一つの大きな広場が入ってきた。アストリアはそれを見て思わず、おおっと声を出してしまった。


アストリアがそうして回りに目を奪われている間、ペルシアは訓練をするつもりなのかアストリアのまっすぐ前に立つと口を開いた。


「おい、弟子。訓練だ。今日の訓練は君の強さをテストすることだ。」


ペルシアはそう言って、自分の腹をアストリアに向かって突き出すと顎を引いた。


「打ってみろ。持ってる力を全部ぶちまけてな。心配はするな。全然痛くないから。」


目の前に見えるペルシアのムキムキの腹筋に、アストリアは少し驚きながらも、やはりペルシアのいう通りに腹を打つのはできず、首を横に振った。


「で、できません。そんなことできるわけが·····」


「大丈夫だって。やってみろ。全部受け止めてやる。」


自信満々に言うペルシアの答えに、アストリアはそんな彼女を心配しながらも、ペルシアの言うとおりたぶん大丈夫だろうと思い、打つ姿勢をとり始めた。

アストリアは腕を後ろに伸ばし、拳があたるところを目で定めた。


「じゃ、私はもう分かりません。後で痛いとか言わないでください。」


準備が終わったアストリアはそのまま、ペルシアの腹部に向かって拳を打ち放した。

だが、その時だった。


(にやり)


ペルシアは密かに口元を上げて笑うと、目に見えないほどの早いスピードで大きくジャンプをし、アストリアから離れたところで着地をした。


一方、拳を打ち放し、目をぎゅっと閉じていたアストリアは予想と違って拳に何の感覚もないことに気がつくと、目を開けるとともにうつむいていた首をゆっくりとあげてみた。

すると、頭を上げたアストリアの目には遠いところで立ち尽くしているペルシアの姿が入ってきた。

アストリアはそれを見て、想定外のことに首をかしげた。

暫くすると、今何が起きたのか全く理解していないアストリアを見て、ペルシアは笑いを我慢することが出来ず、そのままけらけらと笑い出した。


「うはははははははははは!これは面白い!うははははは。」


「·····?」


いきなり笑い出すペルシアを見てアストリアは傾げていた首をもう一度かしげた。彼女は今の状況が少しも理解できなかった。


腹をつかんでまで大声で笑っていたペルシアは、暫くしするとまだ笑いが止まらないまま口を開いた。


「ウハハハハ。本当、バカだな君は。本当に面白い。いや、純粋なのかな。ウハハハハ!」


ペルシアはそういってまた一人で地面をあっちこっち転がりながら笑いだした。


「何がそんなに面白いんですか?」


なんの説明もしてくれず自分一人で笑うペルシアに、そろそろ怒りはじめたアストリアは、少し赤くなった頬とともに笑いが止まりそうにないペルシアに聞いてみた。


「いや、お前は俺が本当に打たれてやると思ったのか?あん?この俺が?君のようなチビに?あり得ない。ウハハハハ。」


「·····??」


ペルシアの挑発的な言葉に、アストリアはあきれた顔でただ遠くにいるペルシアを眺めるだけだった。


「俺が教えてやる。まだ幼い君には分からないかもしれないが、この世界は弱肉強食でね。強い者に触れたければ自分の力で打ち倒してからだな。」


(にやり)


ペルシアはそう言って彼女特有の笑みを見せた。

ペルシアの言葉を聞いたアストリアは今までペルシアの行動の意味を把握し、小さな声で一人で呟いた。


「じゃ、最初から全部私を騙したってこと·····。」


アストリアは自分が遊ばれていたことに気づくと、体の奥底から怒りがますます沸き上がってくるのを感じた。


しばらくして、ペルシアはうつむいているアストリアに言った。


「だから、俺の腹を殴りたければかかってこいよ。全力を尽くしてな。」


ペルシアはいいながら、人差し指をカチカチとさせた。そんなペルシアの挑発をみたアストリアは怒りが限界に達し、すでに赤く染まっていた頬が最初の何倍に膨らんでいた。


結局、怒りを抑えることが出来なかったアストリアはペルシアと戦うつもりなのか、姿勢を整えると、戦闘の準備をした。


ペルシアも戦おうとするアストリアを見て、戦闘に対応する姿勢をとり始めた。そして、そうしながらペルシアは考えた。


(すまないがこれが俺の訓練のやり方でね。少し荒い方法ではあるが仕方ない。できれば優しくするから、この機会で君の腕をっしっかりと見せてみろよ。)


(にやり)


ペルシアはこれから起きることに興奮し、ちゅっと舌で唇をなめた。


そうしてペルシアとアストリアの無言の決闘は決まり、二人しかいない森の中ではいつ終わるか分からない沈黙だけが流れていた。


そんな静かな雰囲気の中、対立していた二人はお互いだけを凝視し、二人にしか分からない暗黙の眼差しを交わしていた。ペルシアの方は余裕満々の顔であり、アストリアの方は汗が少し流れるほどの緊張した顔だった。


そうしてペルシアと対立していたアストリアは右足を後ろに伸ばし、姿勢を低くすると、しばらくしてそのままパンと足を踏み出し、残像だけを残してペルシアに向かって飛びかかっていった。

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