第4話 猫獣人に転生した彼女。

良太がスライムに転生した一方。


彼の彼女である美月は、


世界をすべて失ったほどに悲しく泣いていた。


顔の肌に沿って絶えず流れる熱い涙。凍りつくような冷めたい床。まるですべてが止まってしまったかのような静かな空気。

そして

彼女の胸に抱かれたまま、冷えきった一人の死体。

その死体は彼女の彼氏だった。


「どうして…私を捨てて行くの····。ずっと私と一緒に暮らすと言ったじゃない···このバカ!!」


と、彼女は少し怒った声で言う。彼女の顔からは、小さな鈴のような涙らが顔を伝い、絶えず流れ落ちた。顔で感じられるくすぐったさに、袖で拭いてまた拭いても、その涙は止まることを知らない。


「どうして私のことは思ってくれないの…··· 良太がいないと、私····生きていけないのよ…」


彼女は拳に力を入れ、強く握り締めた。拳を握ると、爪が手のひらの肉を食い込んでいった。


「................」


わあわあと泣いていた彼女はこれ以上泣くのをやめ、ゆっくりと握った手をゆっくりと開いてみた。すると、手のひらには食い込んだ爪によって半月形の赤い傷ができており、その傷からは澄んだ血が流れ、細い手首に沿って下に落ちていった。

手首からだんだん下に流れていく血を見ていると、ふと、目の焦点が手首から自分の胸に抱かれている彼氏の姿に向かった。そして、まもなく彼の胸に刺さった包丁が彼女の目に入る。

彼女はそのまま、彼の胸に刺さった包丁の取っ手にそっと両手を持っていった。


「私..もう生きたくないの... ごめんね。リョウタ。痛いだろうけど少しだけ我慢して…」


彼女はゆっくりと腕を上げ,彼の胸に刺さった包丁を慎重に抜いた。


ぽたぽた。


すると、刃から落ちる赤い血。その血は床を赤く染めていった。

そうして、赤い血が流れる包丁を抜いた彼女は、ためらうことなくその包丁を自分の心臓に向かうと、そのまま刺した。


ぷっ。


「あ…あうっ」


耐え難い苦痛が全身を包み込む。

両足が縮まり、白目に血が走って、目が赤く充血していった。心臓の辺りでしばらくの間、暖かい温もりを感じた。 その温もりは長続きせず、すぐに体が氷のように冷たくなっていく。

体に全く力が入らなかった。すべての力が抜けたような感覚。

ますます霧が立ち込めるように視界が曇っていき、頭がぼっとする感じがして気をしっかり維持するのが難しかった。少しでも気を抜けば、すぐにでも精神が吹き飛ばされそうだった。


まぶたが重くなっていく。このまま目を瞑れば、絶対起きられないような眠気が全身に押し寄せてきた。彼女はすぐにでもあふれそうな眠気に耐えながら、できるだけ彼氏の良太の顔に手を持っていき、血まみれの手でゆっくると撫でた。


「あぁ····。いい····。ね。」


最後に感じる彼の顔の感覚。

今彼の顔は色彩を失い、とても冷たかったが、死ぬ前にこのようにでも彼の温もりを少しでも感じることができて彼女は嬉しかった。


そのように一瞬の喜びを覚えていると、しばらくして、彼女は保っていた気を失い、ついに横に傾いて力なく床に倒れた。

倒れると同時に、今まであったことが走馬灯のように彼女の目の前で、一場面一場面ずつ繰り広げられる。


「あの時は幸せだったな····。」


と、何を見つめているか分からない目で彼女は言った。今まであったことを思い出す。良太と一緒に過ごした日々は彼女にとって本当に幸せだった。

それから少し時間が経ち、もう走馬灯は終わったのか、これ以上記憶の場面が現れることはなく、彼女の目の前は徐々に闇に飲み込まれていった。


「あ…これが死ぬということなんだ…」


彼女は元気のない声でいいながら、最後まで残った力を絞り出し、頭を下に向いた。そして腕を伸ばし、冷えている良太の顔に手を優しく乗せる。


「..............」


彼女はそのまま、彼を自分の胸に抱きしめた。


「リョウタ、ちょっと待っててね..私も一緒について行くから···· 私たち一生、一緒に生きるよね?そうだよね····? お願いだから、私を…一人にしないで····。」


目が閉じられ、意識がますますぼやけていった。この世との永遠の別れを告げる深い眠りが押し寄せてくる。


「あ…····。」


彼女は最後に、光が噴き出される玄関のドアに向かって手を伸ばした。だが、あの光のいるところまで手は届きそうにない。ただ、最後に踠くだけだ。

しばらくすると、彼女の瞳の色は色あせ、彼女はそのまま動きを止めた。




***




大きな塔の中の大きな鐘が前後に動き、都市全体を埋め尽くすほどの澄んだ音が鳴り響いた。

ある木の上ではうきうきと小鳥たちが群れをなしており、都市の中心部ではでは圧倒的に存在感を誇っている巨大な一つの城があった。

その城は岩で作られ、大きな石壁が周りを取り囲んでいた。

その城のある窓には、新しい生命を迎えように、自然の香りを含んだ涼しい風が吹いてきた。

その風が吹いてくる部屋には2つの窓から穏やかで暖かい日差しが降り注ぎ、部屋の中をかすかに照らした。

床は綿毛のように軽くて柔らかいシートが敷かれており、周りからは高級屋敷から出そうなほのかな木の香りがした。

城の後ろには二つの大きな青い山々が、前には大きな一つの川が流れている。

そんな自然の中に囲まれている城の中で、死んだ彼女は生まれ変わったのだった。


部屋の中にあるふわふわしたベッドの上。


そのベッドの上には、外側は黒い毛に包まれ、内側は白い毛が生えている耳と、黒色の長くて弾力のある尻尾を持った一人の人が何かを抱いたまま座っていた。

そして、そのベッドを囲むように、同じ外見の大人の男性と、その隣に小さな子供が立っていた。


ベッドに座っている猫に似た人は、下に視線を向けると、口を開いた。


「あら、見てください。やっとお覚めになったようですね。」


話し声とともにすぐ後ろで振動し、女性らしくて美しい声が聞こえてきた。聞こえてくる声に、 彼女はそっと目を開ける。すると、彼女の目の前には黒いスーツを着た男の姿が見えた。その男性は目を覚ました彼女を見ながら、温かい笑みを浮かべた。


「二つの大きな紫色の目が本当にかわいいね。あなたとそっくりだ。」


「フフッ、そうですね。」


ベットに座っている女性は微笑む。さっき目を覚ました彼女はそんな彼らを見ながら、今の状況が理解できず、しばらくぼっとした。

彼女は柔らかくて白いタオルで囲まれ、誰かの暖かい懐に抱かれていた。

猫に似たその人たちは抱かれたそんな彼女を見ながら、しばらくの間、お互い仲良く会話をする。


「これは一体どういうこと…?それより良太は、良太は今どこ?どこにいるの····?」


と、彼女は心の中で呟く。彼女は混乱していた。確かに、彼女は自分が刺したナイフによって命を落としたはずだった。だが、今はこんなによく生きていて、目に見えるのは現実ではありえない、猫耳のついた人間だった。

信じられない状況に、彼女は何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。おかしい。なぜ言葉が出てこないのだろう。いくら首に力を入れようとしても全く力が入らず、首には何か重要なものが抜けたかのような物足りなさが感じられた。

そのように彼女がぼっとして驚いていると、


「ふむ…お名前は何にしたらいいのですかね。」


彼女を抱いている猫耳の獣人は黒い尻尾をゆらゆらと横に振りながら、首を傾げて言った。それを聞くと、周りにいる二人はしばらく、空中を眺めながら鼻音を立てた。


「うん……。」


「················」


「·················」


短い沈黙が流れる。みんな顎に手を当てて深く考え込んでいた。部屋の中では彼らの悩む音だけが聞こえる。


そうして誰も声を発することが出来ず悩んでいる時だった。


「アストリア!」


隣で誰かが大きな声で叫ぶ。部屋の中で子供の活気に満ちた声が響き渡った。音が聞こえる方に首を回してみると、ただいま声を発したのは小さな猫耳の子供だった。


「あらアンドリア、妹にいい名前をつけてあげたね。」


「ひひ。」


「ああ、『アストリア』か、いい名前だ。アンドリア、よくやった。えらいえらい。」


彼女の父と思われる獣人が、アンドリアという名前の子の頭をなでる。

その姿を見ていたベットに座っている獣人は、頭を下に向けると、優しい声で言った。


「これからあなたの名前はフィアネル王家の『フィアネル • アストリア』だよ。」


フィアネル • アストリア


その名前がその時、彼女に付けられた新しい名前であった。




***




新しい世界に生まれ変わってから約3ヵ月。


彼女は生まれ変わったこの事実がまだ理解できず信じられずにいたが、時間が経つにつれ、状況がどうであろうと、一旦自分が異世界に転生したことを彼女は受け止めることにした。

彼女は転生というのが何かを全く知らないわけではなかった。ここに来る前、彼女は小説を読むのが好きだったので、時々そのような本を幾度か読んだことがあった。そのお陰で今置かれているこの状況が転生であることに気づくまで時間はそうかからなかった。


生まれてから約3ヶ月ほど経つと、彼女には歩けるほどの力ができていた。彼女の小さくて弱い体は生まれて3ヶ月とは信じられないほどの力と動きを見せてくれた。


赤ちゃんかごの中で寝ていた彼女は、今まで感じたことのない強い力と活力に、空に向かって腕を伸ばし、拳を握ってみた。すると、腕と拳には力があふれていた。今すぐに誰と腕相撲をしても負けない自信があった。

そろそろ横になっているのが飽きてきた彼女は、赤ちゃんかごの中から身を起こし、注意しながら下にそっと降りてきた。

そして長い間横になっていたせいで、うまく動かない足をかろうじて動かし、部屋を歩き回ってみた。

部屋の中は思いっきり走り回れるほど、かなり大きかった。床はふわふわな素材でできていて、歩き心地がとても良かった。転がっても何の問題もなさそうだ。


そのようにずっと部屋の中を歩き回っていると、彼女の目には窓のそばに壁にかかった一つの大きな丸い鏡が見えた。

彼女はそれを見ると、今の自分の姿が確認したくなり、壁にかかった鏡に向かってよちよちと歩いて行った。そして、そこで腕を伸ばしてみる。


「うん····手がとどかない····。」


しかし、その鏡はまだ背が低い彼女には届かない高いところに位置していた。

鏡が使えないという事実に、彼女は腕を伸ばすのをやめ、小さなため息をついた。


「はあ····」


彼女の小さな二つの猫耳がぶら下がる。しかし、彼女はこのまま鏡を諦めるつもりはなかった。どうしても今自分の姿を確認したかった。今までずっとかごの中にいて、彼女は自分が今どのような格好をしているかさえ知っていなかった。まだ自分の顔もまともに見たことがない。

もちろん、彼女は今自分が平凡な人間ではなく、猫耳を持つ人間として生まれたことはすでに知っていた。彼女の新しい母と父が猫の耳としっぽをもっていたからである。そして、彼女の頭の上で感じられるもふもふの2つの耳と、お尻の後ろについている黒くて長い尻尾がその証拠だった。


彼女は鏡の中の自分を見るために、部屋の中に置かれている椅子を持っていき、鏡があるところのすぐ下に置いた。

そして、自分の短い足を椅子にかけてやっと椅子の上に登ると、壁にかかっている鏡に向かって両手を伸ばしてみた。


しかし、椅子の高さを加えたにもかかわらず、鏡に手は届かなかった。もう少しだけと、できるだけ腕を伸ばしてみたが、結果は変わらなかった。この小さい体は小さくてもあまりにも小さすぎたのである。


彼女はそれからも鏡を諦めることができず、鏡に向かって腕を伸ばし続けた。何とかつかむために手をこそこそと動かしてみる。

だが、彼女が一人で鏡との決闘を繰り広げていると、トントンという音とともに部屋のドアノブが回され、ドアが開いた。


きぃっ。


ドアが軋む。彼女がドアが開かれたところに目を移してみると、そこには見慣れた人たちの姿があった。黒い猫耳が印象的な。


ドアを開けて部屋の中に入ってきたのは他でもない彼女の新しい両親だった。


まず、彼女の新しい両親について簡単に紹介すると、二人は黒猫の獣人である。父親の名前はフィアネル • アルフレッド。前が王家の名前でありラストネーム(苗字)で、後がファーストネーム(名前)である。

父はルビ色の赤い目をもっており、髪は耳の色と同じ濃い黒色をしていた。顔はほとんどの女性は誘惑できるほどのハンサムな顔で、アイドルだと言っても信じられるほどだった。

背中は180cm以上に見えるほど高く、体つきは細い美男の顔とは合わない、かなり筋肉で鍛えられた身体をしていた。だが、筋肉質だとはいえ、スリムな方であることは間違いない。本当に体の99%が筋肉で出来ているのかもしれない。

次に、いつも着ている黒いスーツはとても印象的で、彼は現在、獣人王国の王である。そんな完璧な彼に欠点があるといえば、それは今何を考えているのか全くわからない瞳を持っているという点だった。それを除けば、彼はほぼ完璧な男像に近いといえるかもしれない。


次に母親を紹介すると、母は父と同じ姓を使い、フィアネル • ベラという名前である。彼女はつややかな長い黒髪と、サファイアを連想させる鮮やかできれいな二つの瞳を持っていた。そして、誰が見ても貴族だということが分かる白い肌と美貌、優雅な雰囲気を身に纏っているのが母親の一番の特徴だった。

さらに、母親の首にはいつも銀色のネックレスがつけられているが、そのネックレスは母の実家族の彼女の父からプレゼントとしてもらったものだそうだ。

母が彼女を赤ちゃんかごに寝かせて、眠らせようとしたとき、母はそう言ったのだった。


また視点は戻り、彼女はドアを開けて部屋に入ってきた彼女の両親と目が合っていた。部屋の中にはまずい雰囲気が流れる。

彼女が椅子の上に立っているのを見た両親は驚いた表情を見せ、そのまま立ち止まって少しも動かなかった。無理もない。生まれてたった3ヶ月しかたっていない子が椅子の上に登って鏡をとろうとしていたからだ。


彼女は何とかこの状況を打破するために、驚いている両親に向かって苦笑いを見せてみた。どうしようという声が彼女の心の中で何度も沸き上がる。


「私たちの赤ちゃんがもう歩いてる! ····わ····私が今夢でも見ているのかしら。」


母親であるベラは、椅子の上で鏡に向かって手を伸ばし、停止した彼女を見て、涙を流しながら床に座り込んだ。彼女の黒いドレスが床に円形を作る。

ベラは自分の娘ががこんなに早いときに歩いている事実がうれしいのか、そのまま手を合わせて泣いていた。


一方、父親のアルフレッドは全く動揺せず、むしろ彼の口元は何かの意味を含んだかのように上がっていた。


「この子はきっと大きな人になるよ。ハハ。」


彼女の父であるアルフレッドはまるで宝物でも見つけたかのように大声で笑った。そして、彼は椅子の上に立っている彼女に近づくと、彼女の肩に手を入れて彼女を上に持ち上げた。

彼女の小さな体が空中に浮く。それと同時に、彼女の尻尾と耳は自然にぶら下がっていった。


「アストリア、君は我が王家の希望だ。」


アルフレッドは野心に満ちた赤い目を輝かせ,空中に浮いているアストリアに向かってそう言った。




***




「ねえねえ、アストリアちゃんは今どこに行くの?


アストリア、私と遊ばない?


うぅぅぅみっけ!」


姉であるアンドリアは廊下を歩いている彼女の前を塞いだ。

彼女はそんな姉を無視してまた前に進む。彼女は今、城の中を見物しながらゆっくり散歩をしてるところだった。ところが、姉のアンドリアがずっと自分の後を追いながら邪魔をするのだった。


フィアネル• アンドリア。


フィアネル王家の最初の娘であり、彼女より7歳年上の姉である。

アンドリアは彼女と同じ紫色の目を持っており,溌剌はつらつとした性格の持ち主だった。そして、妹の彼女を大好きな姉でもある。それで今彼女がこのようにアンドリアに追われているところだった。

アンドリアは彼女がどこへ行っても、後ろからこっそりついてきた。正直、とても面倒だった。彼女は自分の姉と遊ぶつもりは全くなかったが、そんな妹の心も知らず、ずっとついてきたから。


-くぅぅぅぅ。


彼女は面倒くさがる姉に向かってうつ伏せになり、姿勢を低くして背中と尻尾をまっすぐに立てて威嚇をしてみた。

今彼女はアンドリアの絶えないイタズラに限界に達していた。


アンドリアは彼女を脅すのを見て少し驚いたような表情をみせると、その驚いた表情はすぐにまた明るい表情に変わった。


「ふふっ、かわいすぎるよ! アストリア。そんなことして私はビビらないからね。早く私のところに来なさい、アストリア!」


アンドリアはそう言うと、彼女を襲いかかってきた。

だが、彼女は横に身を移し、走ってくるアンドリアを避けた。


- さっ。


-くん!


彼女に向かって襲いかかったアンドリアは、床に鼻を打ち、しかめた顔とともに自分の鼻を優しく撫でた。アンドリアの鼻はだんだん真っ赤になっていく。しかし、それにもかかわらず、アンドリアの顔には相変わらず笑みが浮かんでいた。


「うぅ、鼻打った。 ヒヒ、アストリア~どこ行くんだよ~。」


床に倒れていたアンドリアはまた立ち上がり,再び彼女に突進した。

彼女はそんなアンドリアを素早く避けることを繰り返す。


その日以来アンドリアと彼女のかくれんぼは始まったのだった。

今や彼女はアンドリアを見るたびに、鳥肌が立つ。


「はぁ…」


人生が本当に大変になりそうだった。




* * *




生まれて約1年後、彼女は文章を読めるようになっていた。

思ったより異世界の文は学びやすかった。

おそらく彼女の柔らかくて幼い脳と、転生する前に勉強が上手であったことが役に立ったのかもしれなかった。


文章が読めるようになってから、彼女は本格的に異世界についての情報を得るために、部屋の中の本棚に入っている本を読み始めた。


本棚の本を選んでいたところ、彼女の目には一つの本が入ってきた。


[百科事典]


それは本棚の高いところに位置していた。

彼女はその本を取るために大きくジャンプをすると、その本を本棚から取り出した。


…にゃん!

-すーっと。


(そっと)


彼女は持ってきた本を床に広げると、そのまま読み始めた。

彼女が先に探し始めたのは転生に関する内容だった。

彼女は生まれ変わった時から、ある程度予想をしていた。

それは、彼女が死んでから異世界に転生したのだから、彼女より先に息を絶ってしまった彼氏である良太も異世界に転生したのではないかということだった。なにより、今彼女の活気に満ち、元気なこの体が、この世の中に彼が自分と同じ空気を吸っているということを教えてくれるような気がするのだった。


しかし、彼女の期待とは裏腹に、何度読んでも百科事典に転生に関する内容は出てこなかった。


「そんなはずは…」


彼女は絶望した。百科事典にもないなんて。

しかし、彼女はここで諦めることはできなかった。 彼女は本棚にある本という本は全部取り出して読み出した。


「違う。


これも違う


これにもない。」


彼女はそれからも、本棚にある全ての本を読んでみたが、やはり転生についての内容は出てこなかった。


彼女は自分の予想とは違う現実に怒りを覚え、一冊の本をつかみ、投げた。


-タッ!


トン。


投げた本は壁にぶつかり、少しほころんだ後、また床に落ちた。

ふと、彼女は首を回して窓越しに見える外を見ると、日はすでに暮れていた。本を読みながら、もうこんな時間になっていたのだった。


それからしばらくすると、本を投げる音を聞いたのか、部屋のドアが開き、パジャマ姿のアンドリアが部屋の中に入ってきた。


「どうしたの?え…? アストリア… これ全部君がやったの····?」


アンドリアは彼女が床に落とした本たちを見て、心配そうな表情で言った。そして、アンドリアはそのまま彼女に近づいてきた。

彼女は近づいてくるアンドリアをみながら、警戒し、後退りをした。


「こ····来ないで…。」


彼女は邪魔してくるアンドリアのことが嫌いだった。

しかし、アンドリアは彼女の脅威にもかかわらず、近づき続けた。


「来ないでって言ったよ····。」


彼女はアンドリアに言った。だが、相変わらず姉は止まりそうにない。そうやって、近づいてきたアンドリアがついに彼女に手を伸ばした時だった。


-きゃあ!


彼女は、恐怖に勝つことが出来ず、近づいてくるアンドリアの手を口でかみちぎった。アンドリアの手から赤い血が流れ出る。だが、傷を与えたにも関わらず、アンドリアは近づいてきた。


「どうして.. そこまでするの?」


結局、彼女がいるところまできたアンドリアは彼女をぎゅっと抱きしめた。すると、アンドリアからはいい香りがし、暖かい温もりが感じられた。


「そりゃ..私の妹だから。アストリア、今まで大変だったよね。大変なことがあったらいつでも私に言ってね..お姉さんが全部聞いてあげるから。」


アンドリアの話を聞いて、彼女の目元はだんだん潤ってきた。そしてついに涙が爆発する。


自分の望み通りに行かない人生の悔しさと、転生する前には感じられなかった家族の温かさが彼女をさらに悲しくした。




***




今日も相変わらず新しい一日が始まった。

朝起きてみたら、昨日、床に落としておいた本たちは全部整理されていた。

どうやら泣いた後、そのままうっかり寝てしまったようだった。


起きた彼女は半分閉じた目でドアを開け、廊下に出た。そして目的地もなく廊下を歩き始める。


-ハーぅむ。


彼女は廊下を歩きながらゆっくりと手足を伸ばして伸びをし、口を大きく開いてあくびをした。 それとともに、彼女の尻尾と耳はずっと上がりストレッチをする。

彼女は眠気を払うために、ただ何の目的もなくそのまま城内を歩き回った。そうしていると、彼女の頭の中には良いアイデアが浮かび、急に行きたいところができた。


「あ、図書館があったんだ。」


彼女は手をポンとたたいた。なぜ今まで気づかなかったのだろう。昨日は部屋の中の本棚では見つけられなかったが、図書館のように本でいっぱいのところに行けば転生に関する内容を探せるかもしれなかった。


しかし、図書館に行く前に彼女には一つの問題が生じた。それは、彼女がまだ図書館の位置を知らないということだった。

今まで一人で城内を歩き回ったことは多かったが、その度に彼女が感じたのは、やはりこの城の中はとんでもなく広いということだった。こんなに大きな城の中でどこにいるのかも分からない図書館の位置を探すというのは、砂浜で針探しに近いと言えた。


それから彼女はただ城内を歩いた。図書館の位置は知らなかったが、自分一人で何とかして探すしかなかった。

そのようにあてもなく、ただ彷徨っていると、廊下を歩いている彼女の体は、急に誰かによって上に持ち上がった。

誰かと彼女が首を後ろに回して見ると、彼女の目にはの父であるフィアネル • アルフレッドが明るく笑いながら自分を眺めているのが見えた。

彼女はそんな父を見ながら少し驚く。

なぜなら、今まで歩きながら、父親が近づいてくる足音や気配を全く感じとることができなかったからだった。


「アストリア、今ここで何をしているんだい?」


アルフレットが彼女を抱いたまま優しい声で彼女に聞いた。彼女に聞く彼の目には鋭いカリスマが込められている。そんな父の姿に少し怯えながら、彼女は口を開いた。


「と····図書館に行きたい····です。」


「図書館?図書館にはなんのご用が?」


アルフレットは予想外のことでも聞いた表情をして彼女に尋ねた。彼女は父の質問を聞き、少しためらう。事実のまま転生について知りたくてとは言えなかった。その代わり、彼女は言う。


「歴史が知りたいです······。」


アルフレットは彼女の言葉を聞き、少し意外だと思ったのか驚いた表情を見せた。そして、その表情はしばたくすると、また柔らかくて優しい顔に戻った。


「偉いね、アストリア。 さあ、パパが案内してあげるよ。」


アルフレットはそういうと、彼女を抱いたまま図書館に連れていった。




* * *




アストリアは彼女の父に抱かれたまま、図書館に着いた。彼女は図書館に到着すると、首を回して図書館の中を見回す。

すると、図書館はわあっと声が出るほど大きかった。目に図書館の姿が全部入らないほどだった。


あちこちに本が積まれている本棚があり、本棚には本がぎっしりと詰まっていた。ざっと見ても、本はおよそ数万冊はありそうだった。


「うわぁ…」


「どうだ、気に入ったのかい?」


アルフレットがアストリアに聞いた。彼女は父の言葉に上下に大きくうなずく。


アルフレットは彼女を抱いた姿勢のまま、歴史書があるところに向かって歩き出した。


アストリアと一緒に歴史書コーナーに到着すると、アルフレッドはあごに手を置き、本棚の本を注意深く見ながら本を探索した。


そして彼は何かを見つけると、本棚に差し込まれている本の中から一冊を抜いた。


「これがいいな。」


本を選んだアルフレッドは片手に本を持ち、アストリアを抱いたまま図書館の机に向かった。


図書館の机があるところまできたアルフレットはアストリアをそっと持ち上げると、自分の隣の席に彼女を座らせた。


そして、彼は机の上に持ってきた本を置くと、その本を開き、自分の娘であるアストリアに一つ一つずつ教えた。


「この世界はね…」


アストリアはそんな父の説明に耳を澄まし、耳を傾けた。アルフレットはそんな熱中のアストリアを見るとそっと笑い、本の内容について教え続けた。

本の内容によると、この世界は獣人、人間、エルフ、ドワーフ、魔族で構成されているんだそうだ。

今から約1000年前、魔族を除く4種族(獣人、人間、エルフ、ドワーフ)は領土を確保するため、戦争を起こして大きく戦い、お互いに大きな被害を与えたが、結局、戦争の後に残ったのはお互いに対する憎しみと家族を失った人たちが苦しみながら生きる疲弊した国だけだったという。

そんな中、突然空からは魔族の魔王である「グラウス」が現れ、戦争に苦しんでいる人々をむやみに虐殺し、4種族がほぼ全滅するまで追い込んだ。そのような魔王に対応するため、残った4種族はしばらくの間、お互いの国を攻撃しないという休戦を約束し、一丸となって力を合わせた。

しかし、それにもかかわらず魔王グラウスはあまりにも強力な敵であり、結束した4種族に倒すことはできなかった。

だが、後でこの世界の唯一女神であるラパエルが合流し、4種族は女神とともに辛うじてグラウスを倒すことに成功した。

魔王制圧後、4種族はこれをきっかけに再び戦争を起こさないという条約を結び、平和を宣言し、一つの連邦国として統合されるようになった。

というのが今の本の大まかな内容だった。


父親の話を聞いていたアストリアは、一度にあまりにも多くの情報量が入ってきたせいか、まぶたがますます重くなっていき、眠気が押し寄せてきた。

何とかして眠気に勝とうとしたが、結局勝つことができなかったアストリアはそのまま机にうつぶせになり、眠りについた。

赤ちゃんの体せいで、眠気が襲ってくるのを振り切るのが難しかったのである。


-すやすや。


アストリアは本を枕に眠りながら、すやすやとあさい息をたてた。


アルフレットはそんな自分の娘を見ると、暖かい笑みを浮かべた。そして、彼はゆっくりと口を開く。


「おやすみなさい、アストリア。」


アルフレットは寝ている彼女にそっと毛布をかけてくれた。

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