【短編】銃を持った人間と魔法を使うエルフが、地面に穴を掘りながら戦う話

千月さかき

【短編】銃を持った人間と魔法を使うエルフが、地面に穴を掘りながら戦う話

て撃て! エルフどもを追い詰めろ──っ!!」

「「「うおおおおおおおおっ!!」」」


 塹壕ざんごうから飛び出した兵士たちの火縄銃マスケットが火を放つ。

 逃げ遅れたエルフたちが餌食えじきとなり、地面に倒れ伏す。

 それを見た人間の兵士たちは、さらに進撃を続ける。



 この世界には人間の他に、エルフなどの亜人種が住んでいる。

 彼らはそれぞれに領土を持ち、争わぬように暮らしてきた。


 だが、人間は数が増えすぎた。

 彼らは新たな領土を求めて、エルフの領土へと侵攻をはじめた。


 それを可能にしたのが、新たな軍事技術だった。

 火薬を利用した銃器。

 鉄製の道具で作成した陣地や、地面に掘られた長い穴──塹壕ざんごう


 それらの技術は、人間同士の戦争で絶大な力を発揮はっきした。

 自信を付けた人間たちは、エルフの領土へと攻撃を仕掛けたのだった。


 エルフの武器は、弓と魔法だ。

 弓の射程は火縄銃より長い。だが、人間は数が多い。

 陣形を組んで一斉に射撃すれば、エルフの弓部隊を圧倒できる。


 エルフの魔法は強力だが、飛距離が短い。

 使用には詠唱えいしょうが必要なため、時間もかかる。

 人間が使う銃器の敵ではなかった。


 さらに、人間が作る塹壕ざんごうが力を発揮していた。

 塹壕とは、地面に掘った長い穴のことだ。

 人間たちはそこに隠れて、弓矢をやり過ごすことができる。


 隠れている間に彼らは、銃の発射準備を整える。

 そして、塹壕から上半身だけを出して、エルフを撃つのだ。


 塹壕を利用した戦い方は、圧倒的な力を発揮していた。

 人間の兵たちは破竹はちくの勢いで、エルフの領土へと進んでいたのだった。






「見ろよ! エルフたちが穴を掘ってやがるぞ!!」


 人間の兵士のひとりが叫んだ。


「あいつらまで塹壕ざんごうを掘り始めるとはな。俺たちの真似かよ」

「すごい勢いで掘ってるな……。地属性の魔法ってやつを使ってるのか?」

「塹壕の使い方を知らないんじゃないか? むちゃくちゃな形に掘ってるぞ?」


 塹壕ざんごうから顔を出した兵士たちが笑う。


 彼らの視線の先では、エルフたちが地面を掘っていた。

 スコップは使っていない。おそらくは、地属性の魔法だろう。

 エルフたちは穴に隠れて詠唱えいしょうをして、魔法で塹壕ざんごうを掘っているのだ。


「魔法で穴を掘ったり、宙に浮いたり……エルフってのは不気味な連中だな」


 兵士の一人が顔を上げた。

 遠くの空に、エルフの少女が浮かんでいる。

 攻撃はしてこない。ただ、じっと地上を見ているだけだ。


「おそらくは偵察ていさつだろう。高い位置から、こちらを観察しているのだ」


 兵士たちの隊長が言った。


「攻撃してくる可能性は低い。エルフは宙に浮くことはできても、その状態で魔法は使えないからな」

「ただ見ているだけか。哀れなもんですね」


 兵士のひとりが答える。


「俺たちを観察して、それで塹壕ざんごうが便利だってわかったんですかね?」

「かもしれん。エルフたちが塹壕を掘る速さは、かなりの速度だ」

「だけど……あいつら馬鹿ですぜ? 塹壕を掘るだけ掘って、どんどん後退していってます。放棄した塹壕はオレらに奪われるだけだってのに」


 兵士は塹壕の壁を叩いた。

 かちん、と、堅い音がした。


 この塹壕ざんごうは、ついさっきエルフたちから奪ったばかりだ。

 人間の兵士たちが近づいたら、エルフたちはあっさりと逃げていった。

 無様な格好だった。

 奪われた塹壕は、人間の拠点になってしまうというのに、そんなこともわかっていないらしい。


「しかも、塹壕のかたちもめちゃくちゃだ。なんですかねぇ。なんだか、通路が丸っこいですぜ」

「ああ。普通は直線的に掘るものなのだが……」

「エルフは、塹壕ざんごうの使い方を知らねぇんでしょうな」

「かもしれぬ。しかも、妙に頑丈がんじょうだ」


 おそらくは、魔法で固めているのだろう。スコップでは歯が立たない。


 エルフは凝り性だと聞いていたが、塹壕ざんごうにまでこだわるとは予想外だった。

 だが、その塹壕を奪い取ることで、人間の軍はどんどん前進している。

 エルフの領土を占領する日も遠くないだろう。


「やっぱりこの塹壕は、ただの猿まねなんでしょうぜ」


 兵士はまた、肩をすくめた。


「オレらが塹壕を掘るのを見て、まねしてみただけなんですよ。だから使い方もわからず、すぐに放棄ほうきしてしまうんでしょうぜ」

「いや、待て……なにかある」


 隊長が兵士たちを制した。

 細い塹壕を進んだ先に、円筒形の空間があった。

 そこの地面に、なにか球体が置いてあるのが見えた。


「罠かもしれぬ。偵察兵!」

「はっ!」


 命令を受けて、偵察兵が走り出す。

 円筒形の空間に近づいた兵士は……そこにあったものを見て、首をかしげる。


「報告します! 隊長。水晶玉が置かれているようです」

「水晶玉?」

「ただ、魔力が込められているだけのものですが」


 魔力とは、エルフが魔法を使う媒体ばいたいとなるものだ。

 エルフは魔力を用いて火をおこしたり、地面を掘り返したりする。


 人間は魔力について、エルフほどは詳しくない。

 だが、魔力の強さを測ることはできる。

 偵察兵は水晶玉を観察し、宿った魔力が少ないことを報告する。


「魔力量はたいしたことありません。火にたとえれば、火縄銃の種火ってところですね」

「種火か」

「破壊した方がいいんじゃないですか? 隊長」

「いや、なにが起こるかわからない。近づかぬようにしろ」


 兵士たちに指示を出しながら、隊長は首をかしげていた。


 どうしてエルフは、このような塹壕ざんごうを作ったのだろう。

 火縄銃から身を隠すためだというのはわかる。

 だが、エルフがこの中で攻撃をするのは難しい。塹壕は狭い。矢をつがえて、弓を引くのがやっとだろう。その状態で、伏せた人間の兵士を狙えるとは思えない。


 こちらが突撃したところを、矢で攻撃するつもりだったのだろうか?

 いや、それも難しいだろう。

 エルフは数が少ない。

 銃を手に突撃する数百人の兵士を、数十本の矢で止めるのは不可能だ。

 それならば塹壕など掘らずに、遠くから弓を射た方がいいはずだ。


 この塹壕は、人間の兵士に隠れ場所を与えるだけでしかない。

 戦いには、まったく役に立たないものなのだ。


「エルフ塹壕ざんごうの測量を行いました」


 隊長の元に、別の偵察兵が近づいて来る。

 彼は、奪ったエルフ塹壕の分析をしていたのだ。


「報告します。エルフ塹壕は真円しんえんを描いていることが確認できました」

「真円だと?」

「はい。その真円の中に、様々な図形が描かれているようです。我々がいるのはその中心です。そこに、円筒形の広い空間があるわけです」

「理解できんな」


 隊長は不思議そうな顔で、


「エルフどもは苦労して、地面に図形を描いたと言うのか?」

「そのようです。空中にいる少女は、図形のかたちをチェックしていたのかと」

「なんのために?」

「わかりません。ですが、エルフの方に動きがあるようです」


 偵察兵に言われて、隊長は塹壕から顔を出す。

 塹壕ざんごうが掘られた平地の向こうに、エルフたちが並んでいた。


 彼らが口にしているのは、歌だった。

 人間には理解できない言葉──古代語というものだろう。

 塹壕のはるか彼方で、彼らは奇妙な歌を歌っているのだった。


「……降伏しようとしているのだろうか?」

「……自分たちの運命をなげいているんじゃないですかね?」

「……歌って落ち着こうとしているだけかもしれやせんぜ」


「隊長。自分には、古代語がわかります」


 測量を行っていた偵察兵が、手を挙げた。


「なにか、願い事をしているようです。報告してもよろしいでしょうか?」

「許可する」

「では、申し上げます。彼らはこう言っております。『侵略者にばつを。我が領土に侵入した者には、等しく滅びを。地より噴き出す爆炎によって、われらの敵を滅ぼしたまえ。答えよ、われらが魔法陣・・・・・・・。儀式魔術──ガイア・インフェル──』」


 偵察兵は、最後まで言うことができなかった。


 直後、エルフ塹壕が炎を噴き上げた。

 岩をも溶かす高熱に、兵士たちは即座に蒸発する。


 炎は塹壕内ざんごうかいを吹き荒れ、後続の兵士たちを焼いていく。

 それでも火炎は止まらない。

 火炎は塹壕内を走り続け、熱量を増大させていく。

 増大した熱量は周囲の大気を膨張させ、塹壕の外にまで高熱をばらまく。


 そして──



 ドオオオオオオオオオオオオオオォォン!!!!



 大地を揺るがす振動と共に、巨大な爆炎がエルフ塹壕から吹き上がり、人間の兵士をすべて消滅させたのだった。








「……魔法陣を用いた儀式魔法、成功したようだな」

「「「はい!! 長老!!」」」


 戦いは終わった。

 エルフたちは侵略者を滅ぼしたことを確認し、長老の前に集まっていた。


「しかし、まさか人間たちが魔法陣の中央までやってくるとはな……」


 長老はため息をついた。


 エルフたちが掘っていたものは、塹壕ではなかった。

 土を掘って・・・・・地面に描いた・・・・・・魔法陣・・・だったのだ・・・・・


 空中にいた少女は、魔法陣が正確に描かれているか確認していた。

 魔法陣の中央に置かれた水晶玉は、魔法陣を発火させるための火種ひだねだ。破壊されてもいいように、魔法陣内部に、十数個が埋められていた。


 魔法陣を利用した集団魔法は強力だ。

 文字通り、軍隊ひとつを消滅させる威力がある。


 問題は、地面に魔法陣を掘るのに時間がかかること。

 そして、敵を魔法陣の近くに呼び寄せる必要があることだった。


 だが──


「どうして人間たちは、わざわざ魔法陣の中に入ってきたのだ?」

「「「さー」」」


 長老とエルフの戦士たちは、首をかしげた。

 

「昔の人間は……我らが地面を掘り始めると、警戒して離れていったものだ。それで戦争を避けることができていたのだが……」

「人間は塹壕ざんごうというものを発明したようです。それと同じものを、エルフも作っていると思ったのではないでしょうか?」

「人間同士の争いならばそうかもしれぬ。だが、エルフが塹壕を掘ってどうするというのだ?」

「……ですよね」

「塹壕の中では弓を引くのが難しい。数十人で矢を射たとしても、人間たちの突撃は止められぬ。なにより、塹壕ざんごうを敵に奪われたら、拠点きょてんにされてしまうではないか?」


 エルフの長老はため息をついた。


「われらが地面に描いた魔法陣は『これ以上攻めてくるな』という警告だったのだがな。まさか人間たちが、好んで死地に入って来るとは思わなんだ。次からは、別の方法を考えねばなるまい」

「長老の心中……お察しいたします」

「…………人間とは、なんとも不思議な生き物なのだな」


 戦いのむなしさに胸を痛めながら、エルフたちは村へと帰っていったのだった。





 おしまい。

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