温泉

閉鎖された温泉旅館に

残された金魚鉢

透明だけがほこりを纏って

世界の終わりを待っている

計算された本館と

規則正しいだけの別館

二つをつなぐ橋は

今も美しい

バスの来なくなったバス停

表情を失った顔はめパネル

美しくなくなっていくものたち



一時期宇宙人が隠れ住んでいたことも

動画を撮りに来た人がカメラをなくしたことも

特殊なカップルがそこで愛し合ったことも

知られないままに

ありきたりな廃墟は

今日も演技を続けている

川のせせらぎが心地よいことも

蝉の声がうるさいことも

そう、温泉が湧き続けていることも

楽しんで秘匿しているのだ



過去は決して輝いていない

閉鎖された瞬間に

朽ちていくものとして始まったのだ

金魚鉢の透明もいずれは砕けて

地面の一部に沈んでいくだろう

橋もいつか落ちて

旅館は別離してしまうだろう

いつかただ温泉の湧き出る場所となって

美しく完成するのだろう

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