仄暗い泉の底
ワシュウ
第1話 仄暗い泉
僕の家は宿屋をしている
たまに、貴族のお客様もくる、街で何番目かの大きな宿屋だ。
僕の家の宿屋は大きいけど町の奥のほうにある。
その後ろに森と奇麗な泉がある。昼間は日がさして明るくて奇麗な所だけど夜は少し怖い。
大きな街道のある町だから、賑わってていろんな人がいる。
今日も貴族のお客様が一泊する。
貴族のお客様は、ピンキリだ。
前に来た貴族のお客様は、偉そうでケチそうで目つきが悪くて怖そうな人だった。
今度はどんなお貴族様だろう
馬車の到着に慌ててお出迎えをする、手の空いてる人は皆ならんで待つ
馬車が3台も来た、金持ちそうな馬車だ!
中から黒髪の紳士が出て来て、続いて金髪の女の人が出て来たところで、僕はお父さんに声をかけられた
「ディルク、ここはもういいから部屋の扉を開けに行ってくれ」
「はい」
使う部屋の扉を開けて、中に案内するんだ。
今回は2階を貸し切りなんだ。
上客の貴族のお客様は2階を貸し切りで、下の食堂か、部屋で夕食を食べる。
今日は、まだ昼間過ぎだから、従者の人達が街に買い出しに行ったりするかな?
「お父さん、お貴族様は全部で何人なの?部屋には侍女に奥様と旦那様が来た、これで全部?
馬車が3台だったからもう少しいると思ったけど」
「ん?そうか、えーっと、ああ、貴族の坊っちゃんとお嬢ちゃんとお付きの従者が2、3人街に行ってるぞ。まあ、そのうち帰ってくるさ、服みたらわかるだろ」
そっか、今回は貴族の子どもがいるんだ。
貴族の子どもは嫌いだ、いつも偉そうにしてこっちを見下すし、物分り悪そうなんだもん。
最近噂になってる、後ろの森の行方不明事件に巻き込まれたらいい気味だな。お貴族様っていつも嫌味だから、たまには痛い目に会えばいいのに
夕方になって、僕の飼ってる犬のペロが見あたらない。餌も食べてないし、最近どうしたんだろう……。
もしかして、森に入って泉で溺れてたりしないよね?
泉は見た目は綺麗だけど、入ると中は泥が深くて舞い上がるから泳げたものじゃないんだけど…。
どうしよう、お貴族様の夕飯は終わったからペロを探しに行こうかな
月明かりの届かない薄暗い森を1人で探す。
ペロはキツネみたいなんだけど目が夜空のようにキラキラ綺麗なんだ
「ペロ出ておいでー、僕だよー、どこにいるのー?」
そんなに大きくない森の中は、昼間に何度も入ったことがあるから道に迷ったりしないのに、暗くて迷ってしまったみたい。
開けた所に出ると泉が見える、静かな泉だ。ペロは見あたらない。
違う所を探そうとしても、ここに戻ってきてしまう。
ガサ、ガサ
後ろから音がする、ビクッとして振り返ると
「よかったいた!こんなところにいたら危ないわよ?こっちよ」
貴族の女の子だ。
夜空のような瞳をしたキラキラ輝く月の妖精のような女の子がいる
『お前も泉に食われるぞ?早く戻ろうこんなとこ、僕は嫌だ!』
「人形が・・・しゃべったの?」
女の子の持ってる高級そうな人形が喋った!
『あらら、お前わかるやつか?
ん〜、魂半分食われてる。可哀想に、お前もうこの泉に食われる、キャハハ』
「な、なんのこと?」
人形が意地悪く笑う、不気味で怖い、帰りたいけどペロが・・・
「意地悪言わないの!大丈夫よ。帰れるわよ、私と手を繋いで」
ハイと女の子が手を出してくれた。そっと重ねると懐かしい暖かい手の温もりがじんわりと伝わる
「あなた手が冷たいわ、春先はまだ冷えるわね。これを羽織って、ちょっと薄着すぎない?男の子って1年中半袖半ズボンでも元気だけどね」
女の子が自分の着ていたショールを僕に貸してくれて、小さな両手で僕の冷えた手を温めてくれた。ショールからはいい匂いがした
「暖かくなるおまじないよ」
女の子の指先にきらめく魔法の光が灯った。
不思議と暖かくなった
僕は、夜中に出たのに薄着1枚だけだった。
女の子は厚めの長袖なのに・・・今は春先だったかな?
手を繋いで前を歩く女の子が、振り返って僕を見た。その目がペロみたいに見えた
ペロが走りながら僕を振り返るときに見せる目に似ていた
足場の悪い暗い森の中を、女の子はスタスタ歩いていく。僕の顔や頭には枝や葉がすれるのに女の子はスルスルよける。
女の子がぼんやり光ってみえる、不思議なのに嫌な感じがしない
すると、後ろからお父さんの声が聞こえてきて
「おーい、こっちだ!こっちだ!」
「あ、お父」『返事するな馬鹿が!』
人形が怒鳴る。
だってお父さんの声がするのに?
「僕のお父さんだよ、迎えに来たんだよ」
「えっ?・・・あれがあなたのお父さんなの?
どっちかって言うと女の人じゃないかしら?
ねぇ、私にはシワシワの枯枝にみたいに見えるんだけど?」
失礼な女の子だな!僕のお父さんは確かに痩せてるほうだけど枯枝って言い過ぎじゃない?
『いやいや、お父さん?はあ?
アレは嫌な感じ。関わるなよ?見るな返事もするな、行くぞ!』
え?今もお父さんが読んでる声がするのに?行くの?
「おーい、こっちだよー、こっちだ!」
「やっぱりお父さんの声だよ、返事しなきゃ、おとーさーん、僕らはここだよー」
『あっ馬鹿が!あれがお父さんに見えるの小僧だけだぞ!』
森の奥にお父さんの顔が浮かんで見えた。
ほら、やっぱりお父さんでしょ?
そしたら、口が三日月みたいにニヤリと笑った…
あれ?
真っ暗だった黒い目が大きく開いて、闇からたくさんの黒い枝が伸びてきた
「きゃあああ!」←女の子
『ぎゃあああ!』←人形
「うわあああ!」←僕
みんなで一目散に走った!
暗くて足下が見えない、僕が最初につまずいて、草むらに突っ込んだ
その時に、女の子と繋いでた手を離しちゃった!急いで起きて手を掴みなおす
『ちょっ小僧!僕の手だからそれ、離して、あ、見失う待ってー腰が抜ける…』
僕の掴み直した手は人形のだった
女の子は凄い速さで、暗い森を走っていった。
枯枝のような化け物が女の子を追いかけて行って見えなくなった。
女の子がぼんやり光っていたから、離れると明るかったとあらためて思う。
森はもう、何も見えない。真っ暗でどこを走っても何かにぶつかる
開けた所に出た、泉の前だ。戻って来てしまった
『小僧のせいではぐれた!おーい……駄目だ、もう近くにいない。やい小僧!どうしてくれる!』
「そ、そんなこと言われても……ハッ後ろ」
『ぎゃあああ!』
真っ黒なくぼみのような目と枯枝が僕を追いかけて来たんだ!
僕らは必死だった。
普段なら夜の泉なんて絶対に入らないのに僕たちは泉に突っ込んだ
底がヌルヌルの泥だらけの真っ黒な泉が、凄く、怖くて、必死に岸に上がろうとするけど、どんどん飲み込まれていく
「お、お父さん、助け、ガボッゴボッ」
『チッしっかり掴まれ、僕の
黒いモヤモヤの人の影が僕を引き上げる
何?怖い!やめて、触らないで!
『コラ暴れんな、泉に引き込まれるぞ!あーっ依り代が…』
ドロドロの底から、たくさんのボロボロの手が僕を捕まえて引き込む
もう駄目だ助からない
気が遠くなる
光るペロが水の上を通った気がした
(お兄を救けて)
「しっかり咥えて連れて来て!私じゃ背が足りないのよ!これ以上入れない、もっと引っ張れ、頑張れ、もう少し、手が……届いた!えいっ」
女の子の声がしたと思ったら、また違う暗い穴の中に落ちた。
目が覚めたら、僕は部屋にいた。
お母さんが隣で泣いていた……僕は助かったんだ。
「ああ、良かったディルク。あなた3日もどこにいたの?」
「お父さんが・・・」
「え?お父さんを見たの?
あの人は去年出て行ったきりでしょ?本当にお父さんだったの?確かに見たの?どこで?」
「森の泉で」
「え?何を言ってるの?森に泉なんてないでしょ、寝ぼけてるの?」
僕は思い出した、森には泉なんて無かったことを僕のお父さんは去年の夏にいなくなっていたこと。
ペロは僕の弟のペーターの事だ。小さい頃に森でいなくなったんだ。
そして、僕のお父さんは茶色い髪に緑の目だ。森で見たのは別人なのにどうしてお父さんだと思ったんだろう……。
「お母さん、ペロが助けてくれたんだ」
「ペロ?」
「弟のペーターだよ」
「嘘・・・生きてたの?」
その時のお母さんの顔は、森でみた黒い目に似ていてゾッとした
夜、夢を見た。
僕はあの森の中、泉のほとりに立っていて、泉の向こう側からお父さんとペロがこっちを見て手を振っている。
泉の中から顔を半分だけ出してるのは、昔この家で働いていた女中さんだ、いつの間にかいなくなっていたんだ。
どうして気が付かなかったんだろう、ペロとあの女の人は同じ青い目と黄色い髪だ。
怖くなって手を握ったら、あの女の子からもらったショールが手の中にあった。
突然グイッとショールを引っ張られた。
引っ張られて倒れた先には真っ黒な穴があって、落ちた。
そして気がつくと僕は部屋で目が覚めた。
手に握っていた、女の子からもらったショールがなくなっていた。
お母さんに聞いたけど「私は何も知らないわ」とだけ言って、仕事に戻った。
昔この辺りに住んでいたと言う、お爺さんのお客さんが泊まりに来た時に聞いた話だけど。
街道ができる前は寂しい村で、口減らしに何人も森に捨てられた。
奥の泉は、死体の捨て場だったこと。
汚れて腐敗が酷かったから領主が埋め立てたんだって。
爺「もっと早く街道が整備されとったら息子を死なせる事も無かったかもしれんなぁ」
「今でも会いたいと思う?」
「いんや、生きとるワシの息子は7人で孫は15人じゃ。死んだ息子には悪かったとは思うがの」
僕はやっぱり会いたいと思うけど、でも少し怖いかもしれない。
その夜夢を見た。
「お兄もう森に来ちゃ駄目だよ」
そうだ、ペロが僕をお兄と呼んでいたことを思い出した。
「うん、わかった」
ごめんね助けてあげられなくて、僕の弟なのに忘れちゃって…ごめんね
仄暗い泉の底 ワシュウ @kazokuno-uta
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