第120話 ツ・エボ遺跡の夜 その1

 リュデルたちがゴルカと死闘を繰り広げている時同じくして、アーデンたち一行も遺跡内である謎の人物と対峙していた。


「ふふっ、本当にまさかよね。シャドー跋扈する夜を抜けて遺跡に残ろうなんて発想、流石命知らずの冒険者というところかしら」


 その女性は、長くしなやかで艶のある黒髪をかきあげて微笑んだ。胸元が大きく開いたドレス、刺激の強い煽情的な格好が妖艶な雰囲気を更に匂い立たせていた。


 しかしどんなに美しい容姿をしていようと、恐ろしいシャドーという魔物が湧く遺跡にいる格好ではない。アーデンたちは元から強い警戒心をもっと強めた。


「一応聞いていいか?」

「あらどうかした?」

「お前は何者で、何の目的でここにいる?」


 アーデンが女性に聞くと、微笑みながら女性が答えた。


「私の名前はカーラ、察しているだろうけどグリム・オーダーからの刺客。目的はあなたたちよ」

「俺たち?」

「より正確に言うならあなたたちの持つ情報かしら。伝説の地と秘宝の情報、お姉さんにぜーんぶ話してくれる?」


 女性はカーラと名乗った。そして目的まで話す。素直に目的まで話すとは思っていなかったアーデンは驚いた。


「えっと…。カーラ、さん」

「呼び捨てでいいわよ」

「じゃあカーラ、ちょっと仲間と相談していい?」

「どうぞ。急ぐものでもないわ」


 アーデンたちは寄り集まった。カーラから視線を外さないようにしながらも、小声かつ口元を隠し、聞こえないように注意を払う。


「どうしよう。グリム・オーダーってもしかして話通じるのか?」

「馬鹿言うな、お前あいつらのやってきた所業を忘れたのか?」


 フルルにそう言われてアーデンは頷いた。


「そ、そうだよな。でもちょっと拍子抜けっていうか、イメージと違うっていうか…」

「そこについては拙も同意しますが、どう見ても只者ではありませんよ」

「だな。やべえやつなのは間違いない」


 その意見を否定するものはいなかった。そしてアーデンには気にかかることがあった。


「わざわざ俺たちをここに誘き出しておいて、情報が聞きたいってだけっておかしいよな」

「それにグリム・オーダーは拙たちより行動の制限がないはずです。得ている情報だって拙たち以上に持っていると考える方が自然かと」

「ああ、どんな非道な行為も厭わないはずだぜ。カイトの兄貴の話からもそれが伺い知れる」

「…やりにくいけど、こっちから仕掛けてみるか」


 アーデンがそう言うと二人も頷いた。一歩前に出てカーラに話しかける。


「なあ、カーラは何が聞きたいんだ?」

「言ったでしょう。伝説の地と秘宝のことよ」

「聞き方を変える。どこまで知っている?」


 その質問にカーラはすぐに口を開くことはなかった。今まで止まることなく話していたのに、それにはすぐ答えられないようだった。


「こっちだって情報を手に入れるのにいくつも危ない橋渡ってきてんだ。そう簡単に話すわけにいくかよ」

「それにグリム・オーダーが何をしてきたのかを拙たちは知っています。あなたたちに対する評価は地の底以下だとお思いください」


 双子の言葉を聞いたカーラは、小さくため息をついてからうつむいた。憂い気な表情を浮かべ呟くように言葉を漏らす。


「ハァ…、うっざ」

「は?」


 思わず声をあげたフルルにカーラが言った。その表情は先ほどまでの影のある美女とは違い、どこまでも尊大で相手を見下すような顔だった。


「小僧と小娘がピーピー鳴いてうざいったらないっての。大体私の本命は皇帝お気に入りのガキだったのよ、こんな小鳥相手にやる気でねえっつの」


 皇帝お気に入りのガキとはリュデルのことだろうとアーデンは思った。そしてこんなことを言われて双子が冷静ではいられないだろうとも思った。


 アーデンが恐る恐る双子の顔を見ると、メメルは表情こそ崩さずとも氷のごとき冷たい雰囲気をかもしだし、フルルは青筋を立てて今にも飛びかかろうとしていた。


「おい、二人とも落ち着け。あの程度の煽りに乗っちゃだめだ」

「分かっちゃいるが気に食わねえ。気に食わねえのは仕方がねえだろ」

「一瞬で殺す」


 メメルもフルルも止められそうにないと判断したアーデンは、カーラにも聞こえるように言った。


「あんなババアに煽られて負けたらそれこそリュデルに顔向けできないだろ?」


 次の瞬間にはアーデンにカーラの攻撃が飛んできていた。その強い衝撃にメメルとフルルは思わず腕で顔を覆った。




「一人目死んだー、小生意気なクソガキがこの世から消えてちょっと世界が平和に近づいたわね」

「アーデンッ!!」


 双子は同時に声を上げた。目で終えない速さの攻撃だった。戦闘訓練を積み続けていた二人でさえ見えない攻撃、アーデンが無事では済まないと思った。


 カーラは右手の手元でカチカチと音を鳴らした。その手にあるのは楽器のカスタネットに似たもので、美しい色合いで宝石のように輝いても見えた。


「さあ、小娘共もあの世に送って…」


 言い切る前にカーラは言葉を切った。咄嗟に左手に持つカスタネットを打ち鳴らす。伸びてきたファンタジアロッドの先端がカーラに迫るも、それは目の前で止められた。


 カーラの手前の空間は陽炎のように揺らめき、波打つようにぐわんぐわんとたわんでロッドの攻撃を受け止めた。カーラは表情を歪めて言う。


「…生きてやがったのかクソガキ」


 伸ばしたロッドを元に戻す。アーデンはニヤリと笑って言った。


「来ると分かってる攻撃を防いだ、なんてことないさ」


 苛立ちを隠せず舌打ちをするカーラ、今度はアーデンたちにも見えるかたちでカスタネットを構えた。アーデンはちらりと双子の顔を交互に見やった。


 その視線の意味を双子はちゃんと受け取った。アーデンは冷静になれと言外に伝えていた。態とカーラを煽って攻撃をさせたのは、二人の思考のスイッチを切り替えるためだった。


 元より話し合いによって解決できるとは思ってもいなかったが、こちらを弁舌で煽ってくるとはアーデンは考えていなかった。問答無用で襲いかかってこれない理由でもあるのだろうかと困惑したが、それ以上にカーラが想像以上に激昂しやすかったのも驚いた。


「しかしババアの一言でここまで怒るかね…」

「それは怒りますよ」

「ああ、スッとはしたがアーデンが悪いな」


 双子は構えながらそう言った。何気ない煽り文句であったが柔いポイントだったようだ、アーデンは発言には気をつけようと心から思った。




 カーラはくるりと踊りながらステップを踏んだ、その最中に三回カチッとカスタネットの音が鳴った。


 アーデン、メメル、フルルの三人はその場からすぐに飛び退いた。次の瞬間にはさっきまで立っていた場所に何かが衝突して土煙を上げていた。


 更にカーラの舞踏が速くなっていく、ステップは軽快になり、踊りはより激しく情熱的に盛り上がっていく、踊りに合わせてカスタネットの音も連続で鳴った。そのたび不可視の攻撃がアーデンたちを襲った。


 攻撃を避けることはそれほど難しくない。一所に立ち止まらなければ避けることは簡単だった。しかしそれで状況は好転しない。


 攻撃をかい潜ってフルルがカーラに肉薄する、両手に握ったジェミニで斬りかかるも、カーラの舞踏は止まらない。いつの間にか鳴らされていた左手のカスタネットがまたしても奇妙な障壁を張り、刃を受け止めて攻撃を通さない。


 もっと厄介なのはその障壁の性質だった。攻撃を受けると揺らいでたわむ、フルルが突き立てた刃はその障壁に絡め取られた。ガッチリと掴んで離さず、力ずくで引き抜くには時間がかかる。


 その間もカーラは足を止めない。何度鳴ったか分からないカスタネットの音を聞き、フルルは咄嗟に絡め取られたほうのダガーを手放してその場を離れた。


 六連撃がフルルのいた場所を抉る。その場に留まっていたらどうなっていたかと想像するとフルルは冷や汗を流した。絡め取られたダガーは障壁から抜け出してフルルの手元に戻ってきた。


 カーラの舞踏は時間が経過するほど調子を上げていった。ただ踊っているだけで攻防共に隙がない。死の舞踏が終わるの先か、アーデンたちの体力が尽きて死に誘われるのが先か、じりじりとアーデンたちが追い詰められていた。

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