第119話 セ・カオ遺跡の夜 その2

 現れた謎の男ゴルカ。全身を甲殻によって包み込み、身体能力も人並外れている。カイトの怪力と互角に渡り合い、四つに組んだまま一進一退のせめぎ合いが続いていた。


 しかし、カイトは膂力は拮抗しているものの、甲殻で出来た手の爪が組み合った手のひらに食い込み血を流し続けていた。手を硬質の爪がぐしゃぐしゃに傷つけている。


 気絶してしまいそうになる痛みとの戦い、カイトは奥歯を食いしばりながらそれに耐え続けた。仲間の攻撃が効かない状況は圧倒的不利、だがしかしカイトが四つに組み合い続けているという状況はリュデルたちにとって優位だった。


 それはゴルカも分かっていた。どれだけ自分の優位を確立できていても、動くことが出来なければ攻撃に転じることはできない。余裕をみせて敵を煽るような言動をとっていても、内心では焦りを覚えはじめていた。


 だが結局のところカイトの奮闘によって戦況が傾かないというだけであって、そこが崩れた場合は一気にゴルカが押し切ることになる。それを攻勢に出ていた他の三人も分かっていた。やはりこちらも内心は焦っている。


 遠距離からの攻撃を加えたレイアとアンジュと違い、直接攻撃を加えたリュデルは戦いながら思考を加速させていた。


 月聖剣ルナの斬撃は甲殻に弾かれて効果なし、陽炎盾ソルによる剣へのマナ供給は、攻撃を受けることがなければ盾は光ることがない、そして性質上どうしても時間がかかる。


 カイトを引き剥がして自分が前に出ようかとも考えた。しかしそれはリスクがあるだろうと思った。相手が素直に自分だけを狙ってくれるとは限らない、そう立ち回る手をいくつか考えつくも、どうしても単騎で立ち回る作戦ばかりが頭に浮かぶ。


 リュデルは確かな実力者で完成度も高かった。冒険者の中で隣に並ぶものはいない。しかし完成度の高さは、独りよがりの自己完結に繋がってしまった。


 リュデルが格上の相手を圧倒するためには、その戦闘スタイルを完璧に補助する味方か、自らリーダーシップを発揮し、的確な指示と援護で仲間の実力を引き上げ、最後の一手を決める中核を担うしかない。


 メメルとフルルはリュデルのことをよく理解している。過度に前に出ず適度に引いてリュデルに敵意を集め、アーティファクトの真価を発揮できるように立ち回っていた。


 そして同時にリュデルは、アーデンと肩を並べて戦ったキメラ戦のことを思い出していた。


 あの時アーデンは、言葉を交わさずとも自らの役割を見出し動いていた。一撃離脱と援護に回り、リュデルを軸にした戦闘を是として我を捨てていた。一撃で決めきるような手段が乏しいアーデンは、それを理解した上でどう動くべきなのかを組み立てる力に長けていた。


 ならば自分はどうする。そうリュデルは問いかけた。強者のプライドがある、積み重ねてきた経験がある、それを無駄にせず自分と仲間の強みを生かすリーダーシップが必要だと思い立ちカッと目を見開いた。




「アンジュ!攻撃の手を緩めるな、魔法を撃ち続けろ!」


 リュデルの指示を聞いたアンジュは即座に行動に移った。疑問や迷いをもつことはなく、すぐに行動へと移ったアンジュを見てリュデルは頼もしさを覚えた。


 指示を受けたアンジュはセットとバーストの選択肢を捨て、絶え間ない詠唱で魔法を乱射した。威力は抑えめであったが、その分発動までの時間は短く、次々と攻撃を加えることができた。


「自棄になった攻撃が効くと思っているのか間抜けェ!」

「黙ってろ!お前の相手はこの俺だ!」


 カイトに指示はなかった。だがリュデルがアンジュに指示を出したのを聞いて、自分がここで踏ん張り続けることが必要なのだと分かった。


 リュデルは初戦闘の際「僕の動きに合わせろ」と言っていた。そしてそれを体現するように後の戦闘でも自分が真っ先に前に出て、誘った隙を自分たちに埋めさせるような動きをしていた。


 その時に指示出しなどしてこなかった。ここでこう動くのは当然だと、そんな考えが透けて見えていたし、事実そう動くと効率的だった。不安はなかったが不満はあった。仲間というより、駒のような扱いだったからだ。


 そんなリュデルが指示を出した。その事実だけでカイトは自分の役割が分かった。絶対にゴルカを離さない、ここから動かさない。覚悟を決めたカイトは奥の手を切った。


「イグニッション」


 フレアハートはカイトのその声で起動する。ゴルカは何だと一瞬戸惑ったが、すぐに異変に気がついた。


 カイトが握るゴルカの甲殻が覆う手、その甲殻がバキバキと音を立てて割れ始めていた。フレアハートによって引き上げられた膂力でカイトが握力を強めたのだ。


 当然尖った甲殻を握る力を強めればカイトの皮膚を甲殻が貫く、傷口はさらに広がって血も多く出る。しかしカイトはそんなものお構いなしに握力をどんどん強めた。


「お前みたいなカチコチお化けの手を握るなんざ御免被りたいがな、もう絶対離さねえぞ覚悟しな」

「馬鹿な…、まさかお前わざと皮膚に爪を食い込ませたのか」


 ゴルカは戦慄した。カイトは突き刺さる甲殻を利用してゴルカを固定したのだ。血まみれの手がすべらないように、握りしめる力を強めて手を甲殻のトゲを食い込ませた。


 動くことのできないゴルカにアンジュの攻撃魔法がとめどなく襲いかかる。甲殻に傷はつかない、それでも底知れない危険をゴルカは感じていた。




 カイトとアンジュの奮闘を見てリュデルは感じたことのないふわふわとした気持ちを覚えていた。胸の奥が熱くなるような、そんな気持ちだった。


 しかしそんな気持ちに引っ張られて呆けてはいられない。リュデルはレイアの前に立つと、剣の柄頭を使い盾をガンガンと叩いた。


「レイア、僕をバイオレットファルコンで撃て」

「はあ!?」


 正気を疑ったレイアだったが、リュデルの目は本気だった。どっしりとした姿勢で盾を構えている。


「盾を狙って撃つんだ。連射の方でな」

「馬鹿っ!あれはそんなに正確に狙えないのよ!そんな小さな的、あんた死ぬ気!?」

「死なない。いいから撃て」


 真剣な眼差しと迫力に負けて、レイアはバイオレットファルコンを構えて銃口をリュデルに向けた。しかしどうしても引き金を引くことが出来ない。狙えと言われて狙えるものではないからだ、リュデルを殺すことになってしまう。


 躊躇うレイアにリュデルは落ち着いた静かな声で言った。


「大丈夫だ。僕はレイアを信じている、レイアも僕を信じろ」


 その言葉には確かな覚悟があった。真剣さがあった。信じろとリュデルから言われたのは初めてだった。レイアは引き金を引いた。


 バイオレットファルコンから魔力で生成された弾丸が高速で連射される。激しい銃撃の中にリュデルは飲み込まれる、滂沱のごとく襲い来る弾丸を必死になって盾で受け続けた。


 それは並大抵の集中力ではなかった。一発でも受け損ねて負傷すれば、次の弾丸に対応出来なくなる、そして一度体勢が崩れれば弾丸に飲み込まれてリュデルは影も残らないだろう。


 だがそれを補って余りあるリターンがあった。陽炎盾ソルは、バイオレットファルコンの弾丸を受けて強く強く輝き始めていた。燦然と輝くそれはまさに太陽と見紛うばかりであった。


 仲間割れかとその様子を横目に見ていたゴルカだったが、盾に蓄えられていく膨大で高エネルギーのマナを見て焦る。


 リュデルの持つアーティファクトの性質を予め知っていたゴルカは、本当にリュデルが弾丸を受けきったとしたら、次にくる攻撃は剣の比類なき一撃である。自慢の甲殻も、絶対に耐えきることはできない。


 しかしゴルカは避けることも逃げることもできない。その場から離れることができない。なぜならカイトが絶対に手を離さないからだ、どれだけもがこうと巨岩のごとくカイトは動かない。


 銃撃を受けるリュデルは煙に包まれていた。その姿は見えない。しかし陽炎盾ソルの輝きは見ることができた。それはつまり、リュデルがバイオレットファルコンの銃撃を耐えきったことを意味する。


「やめろやめろやめろォォォ!!離せッ!!離せェェェッッ!!」


 もがくゴルカだったがカイトはびくともしなかった。煙の中の輝きが一度収まる、そして次の瞬間には月明かりの剣が引き抜かれた。


 煙から飛び出してきたリュデルはすれ違いざまにゴルカを斬りつけた。月光の閃きが強固な外殻を斬り裂き、ゴルカの体は真っ二つに両断された。リュデルが剣を鞘に収めると同時に、ドシャリと音を立てて血溜まりに上半身が落ちた。

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