第118話 セ・カオ遺跡の夜 その1
リュデルたちは遺跡の中であるにも関わらず、外が夜になったことが確認するまでもなく視覚からそれが分かった。
夜になると同時に遺跡の中は一気に昼の如き明るさになった。今まで薄暗くてよく見えなかった壁の模様までしっかりと見える、そこはまるで夜と昼が逆転したようだった。
「これは…、もしかして昼光虫か?」
リュデルがそう言ってすぐ、アンジュはヤ・レウ遺跡でやったように空中を手のひらで包み込むようにすくった。手の隙間から覗いて声を上げる。
「少し姿に相違はありますが、恐らく昼光虫の一種かと思います。でも…」
「でも何だいアンジー?」
「昼光虫は常に光る性質を持っていますが、その光りを自由に点けたり消したりは出来ないはずなんです。だからこの昼光虫はどこかおかしいと思います」
新種という可能性もあるが、昼光虫は魔物の一種であり、生息場所で性質を大きく変えるということはなかった。
基本的に魔物はその姿を大きく変えたりしない。環境に適応はしても、性質を変化させることは極々稀である。だからこそ特殊個体の脅威が目立ち厄介であった。
「なるほどな、じゃあ間違いない。こいつらも弄られているだろうな」
カイトが吐き捨てるようにそう呟いた。ここがグリム・オーダーに縁のある場所であればその可能性しかないと、カイトだけが確信出来た。
昼間の如き明るさの遺跡をリュデルたちは進んだ。光源の心配をする必要はなくなったが、底知れない奇妙さが全員の頭につきまとっていた。
進めど進めどシャドーは出現しない。アーデンとレイアの推測は今の所的中していた。遺跡の外と中で昼夜が逆転している、それは魔物の出現条件も同様であった。
最奥までたどり着いた一行は、それぞれの武器を構えた。そこにいたのは謎の男、ゆらりと立ち上がると不敵な笑みを浮かべてみせた。
「まさかまさかだ。酔狂な連中だ、あのおぞましいシャドーが怖くないのかな?」
謎の男は小馬鹿にしたように笑った。リュデルが一歩前に出て口を開いた。
「貴様何者だ?」
「俺か?俺は…、そうだな、なんて言うべきだろうか。なあこういう時はなんて言えばいいのかな?」
おどけた様子でそうリュデルたちに問いかけてきた。話が通じないことを感じ取ってリュデルは舌打ちをした。
「まあいい。貴様が何者であろうと関係ない、なるべく戦闘不能にとどめてやるが、死んでも恨むなよ」
「おいおいおいおい、俺はただここにいただけだぜ?それがどうしてそんな物騒な話になるんだ?いいのかよ、お前たちにそんな権利があるのかあ?」
「ふざけるなよ。貴様がグリム・オーダーの手のものである事はもう分かっている。茶番に付き合う気はない、一気に制圧させてもらう」
本格的に戦闘態勢をとったリュデルたちを見て、謎の男はまたしても不快な笑い声を上げた。
「皇帝陛下のお気に入りで肝入の冒険者サマは勇ましいねえ。忠犬のように尻尾ぶんぶん振っていればご褒美くれるのかな?」
「貴様何を…」
「リュデルくーん、そう邪険にしないでおくれよ。俺は謂わばお前と同じ穴の狢なんだぜ?お仲間って言ってもいいかもなあ」
謎の男が喋っている内容はいまいち要領を得ない。しかし、リュデルとの関係性を匂わせた時点で、レイアたちの間には緊張が走り目に見えない動揺が浮かんだ。
「んー?あれあれ?お友達が少ないなあ。あの可愛らしい双子はどこかな?あ、そうか。お目付け役がいない方が自由に動けていいよな、流石だねえ」
リュデルの額から頬へと汗が伝った。どう言葉を返そうとも謎の男はこちらを揺さぶる手をいくつも持っているだろうと予想出来た。メメルとフルルがいない今、分断されて孤立無援になることだけは避けなければと焦っていた。
しかし焦るリュデルを落ち着けるように背を叩いた者がいた。肩を掴んで後ろへ下がらせると、リュデルの代わりにカイトが前に出た。
「グリム・オーダーってのは教育ってのがなってねえな。自己紹介もせず一方的にべらべら喋りやがって。ちったあ外に出て人との会話ってのを学んでみたらどうだい?」
「あ?」
「あ?じゃあねえよ。ぐちゃぐちゃうるせえってんだゴミカス君。名乗らないお前が悪いんだぜ?俺があだ名をつけてあげたから感謝しろよ」
カイトの挑発に謎の男はかすかに体を震わせていた。平静を装うてはいたが青筋はくっきりと浮かんでいた。
「死にぞこないの化け物が偉そうに口開くんじゃあねえよ。化け物がこのゴルカ様に楯突くな」
「名前あったならとっとと言えよ馬鹿。ちんたらのろまに話してんじゃねえぞ」
ハラハラしながら成り行きを見守っていたレイアとアンジュは、ゴルカからぶちっと何かが切れるような音が聞こえた気がした。
怒りに身を震わせたゴルカは、腕を胸の前で交差させ構えた。一瞬力を込め、腕の交差を解くと同時に、メキメキと音を立てて体中が硬質な甲殻のようなもので覆われていった。
甲殻は鎧のようにゴルカの全身にまとわれた。顔には二つの光る目のような模様が浮かび上がり、リュデルたちを睨みつけた。
「殺す」
ゴルカの声が無機質に響いた。
ドォンと大きな音がした。急速に飛びかかったゴルカとカイトが衝突した音だった。四つに組んでじりじりと押し合いをしている。
力は拮抗していた。しかし組み合うカイトの手には甲殻の爪が食い込み血が滲み、頭突きあった額はぱっくりと割れて血がぼたぼたと流れ落ちていた。
ゴルカのまとう甲殻の硬さが、カイトの体を容赦なく傷つけた。カイトにとってまだ負傷のうちには入らないが、一方的に攻撃を受けているのは間違いなかった。
「さっきまでの威勢はどうした化け物ォ!?」
組み合うゴルカから不快な高音が混ざったくぐもった声が響く。
「うるせえんだよ、気持ち悪い声しやがってよ」
押し合うカイトは足が地面にめり込むほどに力を込めていた。拮抗する力比べは、ギチギチと音を立てて続く。
仲間はカイトを援護するために行動を始めていた。詠唱とセットを繰り返しながら移動し、アンジュはゴルカの側面に回り込んだ。レイアもまたバイオレットファルコンを抱えて走り、反対側に立って銃を構えた。
「アンジュッ!!」
『炎弾九点・バーストッ!!』
九つの炎弾とバイオレットファルコンの機銃の弾丸がゴルカに襲いかかる。凄まじい衝撃音が鳴り響き、土煙がカイトとゴルカを包みこんだ。
「なっ!?」
「嘘…」
煙が晴れた時、ゴルカとカイトはまだ四つに組み合っていた。しかもあれだけの攻撃を受けたというのにゴルカがまとう甲殻には傷一つなかった。
「仲間がいるってのに平気で攻撃してきやがった。テメエやっぱり化け物扱いされてんなあ」
「馬鹿かお前、全弾お前にしか命中しなかっただろうが。仲間を信じてるんだよ俺はよ」
「信じた結果が無傷とは笑わせるぜ!」
不快かつ耳障りなゴルカの笑い声が響いた。そんな中、無防備なゴルカの背目がけてリュデルは月聖剣ルナを振り下ろした。
鋼鉄の鎧すら斬り裂く一撃だ、しかし剣は甲殻に当たって弾かれた。怯まずに連撃を加えるリュデルだったが、いたずらに体力を消耗させるだけだった。
「くっ!」
「アハハハハッ!!テメエも大したことねえじゃあねえかよ!!糞餓鬼が意気がりやがってよ!!アハハハハハッ!!」
ゴルカは誰も自分を傷つけられないという圧倒的優位な状況に笑いが止まらなかった。組み付いているカイトを力で引き剥がすことは出来なくとも、超硬質の外殻に包みこまれた自分の体に、リュデルたちが手も足も出ないと笑った。
「どうする化け物?このままテメエの体が引きちぎれるまで力比べといくかァ?」
「ちょっと硬くなったくらいでおめでたいやつだな。俺ぁ何時間でもこうしてお前とお手々繋いでいても平気だぜ」
「強がってんじゃねえよッ!!」
カイトの手を握りしめる力を強める。爪の間からぐしゅぐしゅと血が垂れてきて、カイトは苦悶の表情を浮かべた。
甲殻のゴルカ。セ・カオ遺跡に現れた謎の男との死闘は、攻撃が通らないという圧倒的不利な状況で幕を開けた。
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