第117話 帳が下りる前に

 夜の遺跡の様子を確認する。予想のつかない危険な行為だが、今まで試してこなかったことだった。


 リュデルには思いつかないことでもある。立場というものは守るものが多くなる、動員する人数が多くなると、どうしてもリスクを少なくするように思考が運ぶ。


 しかし今ならそのリスクは無視できるとリュデルは思っていた。メンバーは変わらず、セ・カオ遺跡にはリュデル組が、ツ・エボ遺跡にはアーデン組が配置された。


 メンバーを元に戻さず敢えてそのままにしておくことを提案したのはアーデンだった。戦い慣れたパーティーに戻した方がいいとリュデルは主張したが、アーデンはそれを否定した。


「お互いのこと知ってきたし、このままもうちょっとやってみないか?」


 リュデルはアーデンならば戻せと主張してくると踏んでいた。この提案はリュデルにとっては予想外のことで、メメルとフルルにも確認をとった。二人が拒否するとリュデルは考えていた。


 だがメメルとフルルもアーデンの案に乗った。意図があってのことだとリュデルは考えていたが、それでも何故か胸の奥が傷んだ気がした。


「リュデル?」

「…」

「ねえ、リュデル!」


 耳元で大きな声が響いてリュデルは目を丸くした。声をかけてきたのはレイアだった。不機嫌そうに眉を顰めてもう一度リュデルに話しかけた。


「何ぼーっとしてんのよ。危険な作戦になるから気を張っておけって言ったのあんたでしょうが」

「あ、ああ、すまない。少し考えごとをしていた」

「考えごと?」


 小首を傾げてレイアが聞いた。リュデルにしては珍しいと思ったからであった。付き合いは長くないものの、常に冷静で合理的に行動するリュデルの姿しかレイアは見てきていない、考えごとに気を取られるなんてらしくないと思った。


「そんな話すようなことでもない。すまなかったな、もう大丈夫だ」

「何よそれ。まあいいわ、どうなるか分からないんだから集中してよね」


 それだけ言うとレイアは自分の持ち場へ戻った。リュデルは自分の胸に手を置いてゆっくりと深呼吸をした。そうして気を落ち着けていると、背中をぽんと叩かれた。


「よっ、坊ちゃま。お嬢に叱られて落ち込んじゃいねえか?」


 カイトはニッと笑って言った。叱られたという言葉も気に食わなかったが、背後に近づくカイトの気配に気が付かなかったこともリュデルは腹立たしかった。今の自分が如何に腑抜けているかと思い知らされるからだった。


「馬鹿なこと言うな。その程度のことで落ち込むものか」

「ほーう?」

「…言いたいことがあるのならハッキリと言え。僕はそういう態度が一番嫌いなんだ」

「いやあ坊ちゃまのお悩みの内容がさ、俺には分かるんだよなあ。だからちとアドバイスをしてやろうかなってな」

「何だと?」


 話していないのに何故そんなことが分かるのかとリュデルは疑問に思い、カイトの言葉を信じなかった。しかしカイトの言葉でその気が変わる。


「あの双子ちゃんのことだろ?」

「貴様何故それをっ」

「図星か、こんな手に引っかかるなんて本当に冷静じゃあないな」


 言ってからしまったとリュデルは思った。鎌をかけられたと奥歯を噛み締める。


「まあ座れや。夜までもう少し時間がある、話に付き合うくらいどうってことないさ」


 最初にカイトがどかっと腰をおろした。何度も手招きされて、ようやくリュデルも隣に腰をおろした。




「俺ぁ出自からしてろくでもねえってのは知ってるよな?」

「ああ」

「嘘でもそんなことないって言えば可愛げがあるってのによ」

「事実を捻じ曲げることが可愛げか?」


 リュデルの言葉にカイトは笑い声を上げた。


「それもそうだな。どんな美辞麗句で飾っても、俺が死体こねくりまわして作られた人間もどきって事実は捻じ曲がらねえ。いつだって根っこはそこにあるもんよ」

「そうだろうな。その話と僕の悩みがどう関係するのか謎だがな」

「…坊ちゃまよ、仲間ってのは何だと思う?」


 カイトの声には普段の陽気でおちゃらけた色が消えて、真面目な低く鋭い色に染まっていた。


「…質問の意図が分からん」

「いいから答えな。坊ちゃまにとって仲間ってのなんだ?」

「志を同じにして共に戦うため、信頼関係を…」


 リュデルの言葉の途中でカイトが大きなため息を吐き出した。眉を顰めてリュデルはカイトの顔を見た。落胆した表情でカイトは言った。


「事実がどうであれ、俺ぁ今俺のことを人間だと思っているよ。そんでよ、俺に生き様ってのを教えてくれた人が、仲間ってもんについて言っていたことがある。泣いて笑って、気に食わねえ時には殴り合ったりする、そのうちいつの間にかなくちゃならねえもんになるんだってな」

「ふん、ありきたりだな」

「ああ、ありきたりだよ。だけど俺にはこいつの意味ってのがまったく理解出来なかった。俺ぁ色々と抜け落ちてたからな、言葉としてそいつを刻み込んでも、その本当の意味までは分かっちゃいなかったのさ。誰もがありきたりだと吐き捨てるような言葉なのにな」


 カイトは言葉を切ると、遠い目をして虚空を見つめた。そうしてもう一度リュデルに語りかけた。


「坊ちゃまよ、お前そんなありきたりを双子ちゃんとやってきたかい?」

「それは…」


 リュデルは言葉に詰まった。答えは明確で、そんなことを考えたこともないだった。


「もちろんこうしなきゃ仲間じゃあねえと言いたい訳じゃあねえぞ。関係ってのは人それぞれだからな、テメエが納得出来るかたちさえあればそれでいい。だがよ坊ちゃま、お前さんどうして双子ちゃんがアー坊の側についたのかって疑問を抱いてるんじゃあないか?」


 それは答えるまでもないことで、リュデルは黙った。その沈黙が答えだった。


「…俺の仲間はな、無茶無謀に恐れず突っ込んでいく愚か者よ。どんだけ傷つこうが前を向いて、死にそうになりながらも夢に食らいつく。どうしようもない夢追い人よ」


 カイトの言葉の中身は仲間を貶めるようなものだった。しかしカイトの表情はそんなことを微塵も感じさせない眩しい笑顔だった。


「そんなどうしようもない奴らの中に俺も一緒にいる。そいつが俺ぁ嬉しくって仕方がねえのさ。俺の仲間は最高で最強だ」

「そうか…」

「そうさ」


 リュデルの隣に座っていたカイトは、すくっと立ち上がってパンパンと埃を叩いた。それに合わせるようにリュデルも立ち上がり、二人は向き合った。


「自分がどうしたいのか心に聞いてみることだな、そんで心のままに動いてみるといい」

「普段なら余計なお世話だと言う所だが、今回ばかりは礼を言おう。胸のつかえが取れた気がするからな」

「そいつは何よりだ。俺も話した甲斐があるってもんよ」


 フッと小さくリュデルは笑った。カイトも同時にフッと頬を緩める。それからリュデルは軽くストレッチをし、カイトは右手で拳を握りしめると左手でそれを包み込みぐっと力を込めた。


「そろそろ夜だ、何が起こるか分からないぞ。カイト、お前の冒険はここで終わるかもな」

「終わるものかよ。時々足が止まることがあっても、進むことを止めることはねえんだ。追いかけ続ける限り夢が終わることはねえよ」


 夜が来る。未知の夜がやってくる。しかしリュデルの心の中の不安はもう消えた。何が来ようと迎え撃つまでだと腹を決めた。

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