第116話 波乱の持ち寄り会議

 俺たち三人が拠点に戻ると、モニカさんが出迎えてくれた。遺跡での出来事を話しているうちに、リュデルたちも戻ってくる。もう日も落ちるからと地下へと下りた。


 一室を借りて全員が集まる。一日離れていただけなのに、レイア、アンジュ、カイトの顔を見るとほっとした。


「そっちはどうだった?」

「色々あったかな。レイアたちはどう?」

「レイアさんの新しい発明品すごかったんですよ!もう見ましたかアーデンさん?」

「ありゃあ俺も驚いたぜ、お嬢はいつも驚かせてくれるなあ」

「なにそれ、知らないんだけど…」

「言ってないもん」


 俺たちでそんな話をしていると、リュデルがイライラとした表情で声をかけてきた。


「おいっ!いつまでやっている気だ?」

「おやリュデル君、やきもちかな?」


 飛んできた拳を受け止める、軽い動作だったはずなのに受け止めた手のひらがビリビリと痺れた。涼しい顔をして痩せ我慢をするけれど痛い。


 俺は気づかれないように離れると椅子に座った。それを見て周りの皆も席についた。


「ではお互いの成果を報告しようか」

「そ、そうだな。じゃあリュデルたちから頼む」


 言葉の始めで上ずったが、俺は涼しい顔を崩さなかった。目は涙目だったかもしれない。




「やはり以前の様子と変わりなかったのですね」


 リュデルたちから話を聞き終わった後メメルがそう言った。しかしスッと手を上げてレイアが立ち上がる。


「ちょっといい?」

「何か気がついたか」

「まあね、あんたに引き返すって言われた時に気がついたんだけど」


 レイアはそう言うと新しい形状のフライングモを取り出した。訝しむ表情でフルルが言った。


「何だそれ?」

「これはブライトグモ。あー、まあ名前だけ聞いても何だか分からないと思うから兎に角飛ぶ照明だと思ってくれればいいわ。説明は省く!」

「お、おう…」


 たじろいだフルルを無視してレイアは話を続けた。


「この子は周りの明るさに合わせて光量を調節してくれるの、周りが明るければ弱めて、暗ければ強める。で、当然だけど光量によって消費するマナの量が変わってくるの」

「そんな機能まであったのか」


 リュデルの言葉にレイアは頷いた。


「それでね遺跡を出る時にマナの残量を確認したの、その時私が想定していたよりもマナが減っていなかったのよ」

「ああ、お嬢が気になってたのはそれだったのか」

「うん。だから帰る際に色々調べてみた。分かったのは、時間が夜に近づくにつれセ・カオ遺跡内が明るくなっていたってことよ」


 つまりと前置いてレイアは説明を始めた。進入の際、遺跡内部は薄暗くてブライトグモの光量は多かった。


 しかし時間経過と共に遺跡内部が明るくなり、それに合わせて調節するかたちでブライトグモは出力を抑えていった。


 ブライトグモのマナ残量が想定より多かったのは、セ・カオ遺跡が段々と明るくなっていたからだとレイアは指摘した。


「しかしそんな報告を受けたことはないぞ」

「恐らく、遺跡内で活動していると暗さと照明の明かりに目が慣れて、その差が分かりづらいのだと思う。そして夜になればあのシャドーの群れが現れる。必然的に夜は遺跡から引き上げなきゃならないわ。だから変化に気がつけなかったんじゃない?」


 レイアの指摘を受けてリュデルはふむと思案に入る。顎に指を当てて暫し考え込んでから口を開いた。


「アンジュ、君はどう思う?」

「感覚では気がつけなかったですね、ですがレイアさんの発明品を私は信頼しています。それにもしこれが目に見えない仕掛けだったとしたら、今までめぼしい発見がなかったことにも説明がつきます」

「その通りだな。カイトはどうだ?」

「坊ちゃまの期待に添えるか分からんが、引き上げる前にぶん殴ったシャドーはちと柔かったような気がしたな。ただの俺の感想だがな」


 アンジュとカイトからの意見を聞いてからリュデルはこくりと頷いた。


「皆いい指摘だった。僕もレイアの発明品の完成度の高さを目にしているし信頼性は高い。アンジュの意見もカイトの意見も興味深い、段々と考えがまとまってきた気がする」


 俺はリュデルの発言にぎょっと驚いた。こんな素直に他人を褒めるやつだったのかという気持ちと、何だかレイアたちとの距離が縮まっている気がする。


 もしかして仲良くなっているのか、謎の焦りを覚えた俺はバッと手を上げて話に割って入った。


「じゃあ次は俺たちの番だな。いくぞメメル!フルル!」

「急に興奮してなんですか?」

「大声出すな」


 二人からクールに切り捨てられた俺の目からは水が一雫頬を伝った。俺は暑くもないのに汗なんておかしいなと心を誤魔化した。




 俺はメメルとフルルに説明したことを、今度はリュデルたちに向けて説明を始めた。所々でメメルとフルルがフォローに入ってくれて、なんとか綺麗にまとめて説明しきれた。


 話を聞き終えたリュデルは頭を振ってため息をついた。


「話にならん。推測に次ぐ推測じゃあないか」

「うっ」


 確かにリュデルの言うことは尤もだった。俺は確信を持っているけれど、勘と感覚頼りの推測なのは間違いないからだ。


「いえリュデル様。拙はそうは思いません」

「何だと?」


 メメルの発言にリュデルは鋭い視線を送った。メメルはそれに一瞬怯むも、フルルが間に入った。


「リュデル様、悪いけどあたしもメメルと同意見だぜ。アーデンの当て推量に聞こえなくないが、欠けたピースが埋まる説得力はある。リュデル様にもそれは分かるんじゃあないか?」

「…ふんっ。確かに一考の余地はある。悪かったなメメル」

「とんでもございません。差し出がましいことを言いました」


 頭を下げるメメルを見て俺は申し訳なく思った。俺の意見をかばってのことだったからだ。しかしリュデルもそんなに怒ることないだろうと俺はキッと睨みつけて言った。


「おい。俺の意見を気に食わなく思うのは仕方ないけど、新鮮な目線がほしいって言ったのはお前だ。責めるのは筋違いだ」

「ちっ、お前に言われるまでもなく分かっている。だから謝罪はしただろう」

「仲間を威圧するなってんだよ。お前のために意見してくれてるんだぞ」

「僕たちの関係についてお前に意見する資格はない」

「何だと?」

「何だ?」


 言い争いになって睨み合っていると、突然頬を手のひらでぐっと押されてリュデルから引き剥がされた。リュデルも同様に引き剥がされている。間に入ったのはレイアだった。


「喧嘩すんなっ!鬱陶しい!!」


 鬼の形相で睨みつけられた俺とリュデルは自然と押し黙った。リュデルはカイトに、俺はメメルに無理やり席に座らされた。


 ついムキになってしまった。頭を冷やすべきだなとため息をつくと、メメルが耳元でぼそりと呟いた。


「アーデン様、拙のためにありがとうございました」


 何かを答える前にメメルはスッと身を引いてしまった。だけど俺はメメルからのお礼が嬉しくて頬が緩み、すっかり頭が冷えて落ち着いた。


「喧嘩については掃いて捨てるとして、アンジュ、カイト、どう思う?」


 レイアにそう問われてアンジュから答えた。


「どのみちグリム・オーダーの罠であることに変わりはないと思います。アーデンさんの勘は正しいかと」

「同感だぜ。虎穴に入れずんばだ、連中がいるって考えておけばぶっ飛ばすって気合も入るってもんだ」


 二人の意見を聞いてからレイアが頷いた。


「外れててもいい勘なんだし乗ってもいいでしょ。それより今の話で気になったことがあるの」

「何だいお嬢?」

「シャドーを操れるって可能性の話。行動のすべてを操れるのか分からないけど、私が気がついた遺跡の仕掛けと合わせて考えてみるとどう?」


 シャドーは夜に湧く、遺跡の中では昼でも湧く、しかしもしも遺跡の内部が昼夜逆転していたらどうだろうか。


「もしかしたら夜の遺跡にはシャドーが出ない…とか?」

「可能性はありそうじゃない?アーデンの言っていた心理的な壁とも繋がるし」

「…探ってみる可能性はあるな」


 俺とリュデルの意見は揃った。危険性は高い、確かな保証はない、だけど二つのグループの意見をまとめた結論として悪くないと思う。


 今度は睨み合うのではなく、互いの目を見て俺とリュデルは頷いた。次の行動指針が決まった瞬間だった。

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