第115話 ツ・エボ遺跡 その2

 戦闘を終えたアーデンはふーっと長く息を吐いた。無事に終えられたことへの安堵と、シャドーという魔物の異常さに対する緊張からくるものだった。


「アーデン様」

「メメル、お疲れさま」


 メメルは戦闘で顔についた泥を拭いながらアーデンに駆け寄ってきた。ファンタジアロッドを仕舞うと、メメルがアーデンに声をかける。


「お見事でした」

「うん?何が?」

「先の魔物との戦闘で見せた手腕です。リュデル様の戦い方とは大きく異なっておりますが、負けず劣らずの手際であったと拙は思います」

「またまた。メメルはお世辞が上手だな、でもありがとう」


 今までのメメルたちの態度からアーデンはあまり本気には受け取っていなかったが、メメルから出た称賛の言葉は本気のものだった。変化が乏しいメメルの表情も相まってお世辞と取られてしまった。


 リュデルは自らが先頭に立ち、鍛錬と経験に裏打ちされた実力差で相手を圧殺する事が主な手段で。メメルとフルルの二人は、リュデルが最大限の力を発揮するための補助を行うような動きが多かった。


 対してアーデンの戦い方は、自らが最前線に立つことはリュデルと変わらなくとも、そのすぐ後ろや隣には仲間も一緒にいる。そして仲間の力を借りて一つにまとめ、一丸となって戦う方法を模索するというのがアーデンの戦い方だった。


 どちらに優劣があるという訳ではない、どちらにも長所と短所がある。ただアーデンとリュデルには戦いに関する非凡なる才能があるとメメルは感じ取った。


「しかしこのシャドーって魔物は何なんだろうな」


 アーデンはしゃがむと、地面のシミと化したシャドーにそっと手で触れた。アーデンの呟きにフルルが答えた。


「リュデル様が言ったろ?大戦争の死者だって。さっきの戦い方見ても分かっただろ、あの連携のとれた動き、ありゃ元の関係性が反映されてるんだ」

「うん、それは分かる。リュデルがゾンビって言った意味も分かる。分からないのは何故彼らがまだ戦い続けているのかってことだ」

「どういう意味でしょうか?」


 メメルもフルルも、アーデンの言葉の意味が分からず困惑の表情を浮かべた。シャドーの行動原理が強い恨みであることは、戦ったアーデンにも分かっていた。すでに戦闘を経験しているメメルとフルルもだ。


 それでもアーデンは戦って分かった引っ掛かりがあった。強い恨みの中に深い悲しみの感情が搾り滓のように残っている。剣と盾のシャドーが、他のシャドーが倒された時に気を取られたのを直に見ていたアーデンにはそれが分かった。


「本当に恨みだけで戦っているのかな?俺には何だか、シャドーたちが何者かによって戦わされているって感じるんだ」


 アーデンは立ち上がると二人にそう言った。何の根拠もないアーデンの勘であったが、自身の中には確信めいたものがあった。




 ツ・エボ遺跡の探索は早々に切り上げられた。遺跡へと下りる前の対話に多くの時間を割いてしまったので、それほど長居することが出来なかったのだ。


 成果がまるでないことにメメルとフルルは焦りを覚えていたが、アーデンはその限りではなかった。ぐーっと背伸びをして体をほぐし、外の空気を吸い込んで安堵のため息をもらしていた。


「おいっアーデン、何の成果もなかったけどいいのかよ?」

「いやいや成果はあっただろ?」

「ああ?」

「俺たち大分仲良くなったと思わないか?友達になれる時も近いと思うんだよな」


 フルルはアーデンの頭を軽く引っ叩いた。満面の笑みで呑気なことを言うアーデンに腹が立った。しかしフルルもアーデンの実力を認めていない訳ではなかった。態度は多少軟化していた。


「下らねえ冗談は置いておいてだな、あたしはリュデル様の足を引っ張ることだけはごめんだぜ」

「失礼ながら拙も同意見です。足並みが揃わないのは好ましくありません」


 アーデンもそれは同じことを思っていた。頷いて同意する。しかしまったく収穫がなかったとは思っていなかった。


「一つ分かったことがある」

「それは?」

「グリム・オーダーがこの場所のどこかに絶対いる。誰とかどこまでは分からないけど、確実にいるぞ」


 アーデンはそう言い切った。それを聞いて双子は同時にお互いの顔を見合わせた。




 拠点へと引き返す道中で、メメルがアーデンに声をかけた。


「あの、先程の発言は本当ですか?」

「グリム・オーダーのこと?」


 メメルがこくりと頷いた。


「間違いないよ」

「何で言い切れるんだよ」


 フルルがアーデンの意見に食ってかかった。


「ここに来て、色々なものを見て、さっきの遺跡に潜って分かった。遺跡内でも話したけど、この場所は後ろめたい奴らが隠れ蓑に使う条件が整いすぎている。罠として使うにしても、使い捨てにするには惜しい場所だ。うまくいけば中枢に噛みつくことも出来るはずだよ」


 その断言には確かな自信があった。そんなアーデンにメメルが聞いた。


「条件とは具体的にどんなものですか?」

「寧ろここって人が集まってたら目立つだろ。こんだけ殺風景だし、他の生き物もさっぱりいないんだぞ」

「そこだよフルル」

「あ?」

「こんな所に集まる訳がないって思考が目くらましになるんだ。普通はそうだよなって常識が蓋をして、それ以上の展開を妨げる。これが目くらまし一つ目」


 アーデンはそう言って人差し指を立てた。


「次にシャドーの存在。この魔物のお陰で長時間の探索と大規模な捜索が出来ない。というよりやらないだろう、グリム・オーダーの活動は理由は分からないけど目立たないようにやってる。カイトとオリガは例外だけど、直接被害を被ったところでもない限りそうそう動かないだろ?」


 事実グリム・オーダーの件で動いているのは冒険者ギルドだけであった。直近で被害に遭ったシーアライドは、国そのものがガタガタでこんなことに時間を割いている余裕はない。シェカドであった騒ぎも、一個人が標的とされただけであり動機としては弱い。


 アーデンは人差し指の横に中指を立てた。これが二つ目の理由だった。続いて薬指も立てて話を続ける。


「そして最後。これは勘だけど、グリム・オーダーはシャドーを無力化するか、操る方法を持っていると思う」

「はあ!?」

「…確かにそれが可能であれば、ここ旧帝国領は完璧な要塞と化しますね。心理的な壁、未知の魔物による脅威と危険性、大国が介入し難いようにする水面下での活動。どれもこれもいやらしく人を遠ざける要因となっています」

「待てよメメル!確かに理屈を並べればそうかもしれないけど、シャドーについては荒唐無稽すぎるだろう!?大体魔物を操るとか…」


 フルルはそこまで言ってハッと気がついた。アーデンたちもリュデルたちも、かたちは違うが、それと似たものをグリム・オーダーが使っているのを見たことがある。


「もしかしてシェカドでザカリーが使っていたあの笛か?」

「まったく同じ物じゃあないとは思うけど、出来ないって断言は出来ないだろ?」


 それに加えてアーデンはカイトの事情も知っている、非道な人体実験が行われていた現実、魔物を使って同様のことが行われていたとしても不思議ではない。


 そして謎の魔物であるシャドー、もしかしたらこの魔物がそもそもグリム・オーダーによって生み出された可能性があることもアーデンは考えていた。


 シャドーが出現する時に感じるおぞましい気配は、魔物のものでも人間のものでもない奇妙なものであった。それが自分の知らない未知の存在のものだとしたら、そのおぞましさにも説明がつくと感じていた。


「というわけで俺たちは確かに遺跡での成果は得られなかったけど、気がついたことや情報共有したいことが山程ある。一度戻って皆と合流して話し合えば、きっとまた何か見えてくると思う」


 アーデンの意見にメメルとフルルは顔を見合わせた。視線を交わすと、アーデンに向き直って深く頷いて答える。


 異議なしの意思表明。アーデンも同じように頷くと、拠点へ向かう足を速めるのだった。

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