第114話 ツ・エボ遺跡 その1

 会話を交わした三人の関係性は、ほんの少しではあるが変化していた。メメルがアーデンに話しかける。


「友人という話は抜きにして、信頼関係の構築という面でこの話し合いが有意義であったと判断します」

「だな。友達ってのは遠慮するけど」

「ええ?俺はもうすっかり友達って気分だったのに」


 不満そうに唇を尖らせるアーデンにフルルが言った。


「お前の言う友達ってのは昨日今日で関係が築けるものなのか?」

「むう。それは確かに言う通りだけど…」


 フルルの言葉にアーデンは素直にそう答えた。ならばと次の手を考えて首を捻ってうなるアーデンに、今度はメメルが言った。


「いつまでもこうしていてはもっと時間を無駄にしてしまいます。そろそろ行きましょうアーデン様」

「メメルの言う通りだな、しっかりついて来いよアーデン」


 二人はアーデンの名を呼んでから背を向けて歩き始めた。それは呼び方の変化という些細すぎるものだったが、友達になる一歩目としては十分だとアーデンは笑顔を浮かべた。


「待ってくれよ!メメル、フルル!」


 アーデンもまた二人の名を呼んで追いかけた。フルルは馴れ馴れしいとアーデンのことを肘で小突いたが、その顔に拒絶の色などはなく口角は少しだけ上がっていた。それを見るメメルもまた口角を上げて微笑んでいた。




 三人が足を踏み入れたツ・エボ遺跡、リュデル組が調査に入ったセ・カオ遺跡と同じ特徴をもっていた。初めて旧ゴーマゲオ帝国領の遺跡へ入ったアーデンは、興味深げに辺りを見渡す。


「これは…、気配もさることながら遺跡の様相もまったく他の場所とは違うな」

「はい。リュデル様の推測では、ここにある遺跡群は、他の遺跡とは目的や用途が異なっているのではないかと仰られておりました」

「な、成る程?」

「無理して分かった気になるなよ…」


 呆れた目を向けるフルルにアーデンはぽりぽりと頭を掻いてごまかす。こういった時アンジュがいてくれたら分かりやすくまとめてくれるだろうなと、アーデンの頭にはそんな考えがよぎった。


「遺跡の謎は一旦置いておいて、俺は何に気を配ればいいかな?」


 組み慣れた仲間を分けた理由は、新鮮な目で遺跡を見ることが目的だ。アーデンはそれをしっかりと果たそうとしていた。


「それがさ、この遺跡ってだだっ広いだけで特に仕掛けらしい仕掛けや、珍しくて目を引くようなもんがないんだよ。だから正直、あたしたちも何に注目すべきなのか困ってる」

「グリム・オーダーにつながる何かがあるのは確かだと思いますが、それが何なのかまでは聞き出せませんでしたから」


 メメルとフルルがそう言うと、アーデンは思い出したようにぽんと手を打った。


「そう言えばオリガからここの話を聞いたんだよな?正確な場所とまではいかなくとも、何か気になることは言ってなかったか?」


 アーデンの問いかけにフルルが答えた。


「気になることと言えば、この場所について吐いたこと自体気になる。情報を小出しにしているのは、処刑されるのが嫌で情報源として生き残りを図っているのだと思うけど」

「手がかりについて話すのが早すぎる。どう考えても罠だろうな」

「おや、アーデン様も同じ考えでしたか」


 メメルにそう言われてアーデンは頷いた。


「もし捕まった場合はここのことを話すって決めてたんじゃあないかな?いくらなんでも変わり身が早すぎだ。でも、だからこそ調べる意義もある」

「ですね。オリガが喋った情報によって、少なくともここは確実にグリム・オーダーの息がかかった場所だという裏付けが取れます」

「それにこの旧帝国領、身を隠すにはうってつけの条件が整いすぎている。色々と課題があるけれど、それを何らかの方法で解決していたとしたら…」


 アーデンは言葉の途中でファンタジアロッドを引き抜いた。一振りすると輝く刀身がヒュッと伸びる。


「ゾワゾワする。シャドーが来る」

「あ?本当か?」

「うん。構えて」


 言われた通りメメルとフルルは戦闘態勢に入った。メメルが左腕に装着しているガントレットはガチャリと音を立て、フルルは鞘から二本のダガーを抜き取りくるくると手元で回した。


 暫く警戒して待つと、地面からズズズッと影の魔物が伸び上がる。四体のシャドーの群れがアーデンたちの目の前に現れた。




 四体のシャドーは体の中に手を突っ込むとそれぞれの武器を取り出した。一体は剣と盾、一体は大型の戦斧、一体は弓と矢、一体は杖を手にした。その群れはまるで冒険者のパーティーのようであった。


 戦斧のシャドーが前に出た。豪快に振り下ろされた戦斧の一撃を、アーデンがロッドで受け止める。あらかじめ弾性を持たせていたロッドに戦斧が弾かれて、シャドーは姿勢を崩した。


 アーデンはロッドを持ちかえると、すかさず体勢を崩したシャドーの喉元を狙ってロッドを突き刺そうとした。しかし風を切る音が聞こえてきて防御姿勢に切り替える。


 弓矢のシャドーが戦斧のシャドーを援護した。その連携の取れた動きに、一気呵成な攻め気だけでは決め手に欠けるだろうと判断したアーデンは一度下がった。


 後方で杖のシャドーが魔法を詠唱する、その動きを察知したフルルが杖のシャドー目がけてダガーを投擲した。


 しかしそれを剣のシャドーが盾で叩き落とす。舌打ちしたフルルの手には投擲したダガーが戻ってきた。


 フルルはアーティファクトホルダーである、名を雌雄一対のダガー「ジェミニ」と言った。片方を手にしていれば、もう片方が必ず手元に戻ってくる性質がある。


 柄頭を魔法の紐でつなぎ合わせることもでき、元に戻るという性質を利用して、投擲先に高速移動することも出来る。フルルはこれを手遊びのようにくるくると回しながら、順手にも逆手にも構えて柔軟な動きと高機動な戦闘を得意としている。


 一方でメメル、杖のシャドーが魔法を発動すると、スッと動いてアーデンとフルルの前に出た。襲い来る中級魔法の火炎球を前にして、左腕のガントレットを体の前に突き出した。


 火炎球はメメルに直撃する。しかしそれはダメージにはならない、ガントレットの手のひらに渦巻いて吸収されていき、メメルがそれを握りつぶすと火炎は散って消えた。


 メメルもまたアーティファクトホルダー、左腕のガントレットがそれで名を「アストレア」と言う。手の甲の部位には鋭い刃が収納されており、必要に応じてそれを展開することが出来る。


 アストレアは手のひらにマナを溜めることができ、放出して攻撃に用いたり、吸収して防御したりと攻防一体の使い方が出来た。アストレアは触ったマナを解析し、その性質と情報を装着者に伝えることも出来る。


 メメルは装着したアストレアを軸にし、自らが得意とする柔の体術を駆使して戦闘する格闘スタイルで、左腕を前に右手を空けた独特の構えをとる。自ら攻め込むよりも受け身でカウンターを狙う戦法を取っていた。攻めずとも守れば情報も手に入る、サポートにも長けていた。


 メメルとフルルの動きを見たアーデンは、即座にどう動くべきかを考える。短い思考を終えると指示を出した。


「メメル!前に出て弓矢のシャドーを狙え、道は俺こじ開ける。フルル!俺の後ろについて来い。行くぞっ!」


 アーデンの指示を聞いた二人は、リュデルとは違う指示に一瞬だけ躊躇いを覚える。しかしすでに動き出したアーデンを見て、二人もそれに続いた。


 三人を迎え撃つため戦斧を振りかぶるシャドー、アーデンはロッドを伸ばすと戦斧の柄に巻き付けて引っ張った。無理やり戦斧を振り下ろす形となったシャドーは、姿勢を崩さないまでも隙が出来る。


 こじ開けると言ったアーデンの言葉の意味を悟ったメメルは、その隙をついて前に飛び出す。隙を埋めるように射られた矢を身をよじって躱すと、メメルは弓矢のシャドーに組み付いた。


 矢をつがえようとする手を掴むと、そのまま捻り上げた。流れるように足首と膝裏に蹴りで打撃を加え姿勢を崩すと、組み付いた腕に体重を乗せて引き倒し腕をへし折った。メメルは刃を伸ばすと、シャドーの首を落とす。


 器用に立ち回る弓矢のシャドーを仕留めたことで形勢はアーデン達に傾いた。アーデンは戦斧に巻き付けたロッドを戻すと、地面に振り下ろされたままの戦斧を蹴り飛ばして先へ進んだ。


 すかさずアーデンを狙おうとした戦斧のシャドーだったが、首筋に当たるジェミニの刃がそれを許さない。アーデンの後ろで隠れるかたちとなっていたフルルが、アーデンを追おうとした瞬間を狙っていたのだ。


 切り裂かれた首から大量の黒い泥を吹き出すシャドー、アーデンはそれを確認していなかったが、フルルを信じて前へ突っ込んだ。


 アーデンの振り下ろしたロッドの一撃を盾で受け止めるシャドー、剣による攻撃を躱しもう一撃が加えられる。剣と盾のシャドーがアーデンと一対一のかたちとなった。


 杖のシャドーはそれを援護しようと魔法を撃とうとする、しかし守りを失ったシャドーを放っておくようなことをしない。シャドーの背後に回ったメメル目がけてフルルが片方のジェミニを投げた。


 それを受け取ったメメルに、飛びつくように高速移動するフルル。すれ違い様に首筋をもう片方で斬りつけられたシャドーは、プシュッと黒い泥を噴出させて倒れた。


 他のシャドーがすべて仕留められたことに一瞬気を取られた剣と盾のシャドーは、隙を見逃さなかったアーデンのロッドが額に突き刺さって絶命した。動かなくなったことを確認したアーデンがロッドを引き抜いて戦闘が終わった。

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