第113話 慣れない三人

 リュデルの提案を受け入れて、アーデンはメメル、フルルと一緒にいた。一度シェカドにて二人を出し抜いて逃げ出したことのあるアーデンは気まずさを覚えていた。


「あ、えっと…」

「言っておくが」


 無言の時間をどうにかしようと口を開いたアーデン、しかし言葉はフルルに遮られてしまった。


「何?」

「あたしはリュデル様にがんがん意見するからな、お前の命令はリュデル様の命令と同じだが、意見しないとは限らない」


 フルルはきっぱりとそう言い切った。アーデンはそれを聞いて少し意外に思った。


「二人はリュデルに絶対服従って訳じゃあないのか?」

「ああ?」

「文句とかじゃあないよ。ただ意外だなって」

「あー、まあ端から見りゃそう見えるのか」


 フルルはばつが悪そうにガシガシと自分の頭を掻いた。代わってメメルが口を開く。


「拙共がリュデル様に絶対の忠誠を誓っていることに偽りはありません。しかし決して盲信しているわけではないのです。拙はそれが正しいと信じてリュデル様にお仕えさせていただいております」

「あたしもそうだぜ。リュデル様のお側にいるのが最善最良だと判断してあたしが信じた。リュデル様にたかって尻尾振って甘い汁だけ吸おうとする有象無象とは覚悟が違えんだよ」


 二人の意見をそれぞれ聞いて、アーデンの中での印象が変わった。絶対的な主従関係のもとに行動をしていると考えていたからだった。


「ごめん二人共」


 アーデンは謝罪して二人に頭を下げた。突然の行動にメメルもフルルも驚いた。


「な、なんですか急に」

「俺は二人のことをリュデルと厳格な主従関係で結ばれた間柄だと思っていた。でも三人はちゃんと絆で結ばれた仲間なんだな、失礼なこと思ってごめん」

「…なんつーか、調子狂うなお前。んな心で思ってることでバカ正直に謝ることねえのに」

「いいや。二人のことをよく知らないのに、勝手にそう考えていたのは失礼きわまりないよ。だからちゃんと謝らせてくれ。その上で頼みたい、俺と友達になってほしい」


 その提案は二人にとって思ってもみなかったことだった。驚いて目を丸くしてアーデンのことを凝視した。


「拙とあなたが友人ですか…?」

「そうだ。友達になろう」

「いやいや脈絡なくて怖えよ。仕事すんのに友達になる必要はないだろ」

「うん?」

「うん?」


 話が噛み合わなくなった三人は困惑しあった。まだ遺跡の入口手前である。


「仕事でも一緒に行動するんだからお互いのことよく知っていたほうがいいだろ?戦闘だってあるだろうし」

「そ、それは拙も同意しますが」

「で、お互いのことをよく知ったら後は友達になるだけだろ?」

「分からん分からん」

「分かるって!絶対分かるって!」


 勢いで押し切ろうとするアーデンに双子は首を捻った。困ったような表情を浮かべる二人とは対象的に、アーデンは自信満々といった様子だ。


 いまいち煮えきらない態度のメメルとフルルに対して、しびれを切らしたアーデンが言った。


「思い出せ!二人はリュデルになんて言われて俺と一緒にいる?」

「あなたの命令は…」

「リュデル様と同じだと言われた」

「そう!でも俺は命令で友達になってほしいとは思わない!だからさ、二人のことを教えてくれよ。これも命令じゃあなくてお願いなんだけどさ、そっちの方がやりやすいなら命令でもいいよ」


 アーデンは二人に向けてニッと笑って見せた。やはり困惑した表情で見つめ合うメメルとフルルであったが、リュデルの言葉を出されて断れるわけもなかった。




「本当にこんなことしていていいのでしょうか…」


 三人は遺跡に入らず向かい合って座った。そんな中メメルがぽつりとそうこぼす。


「大丈夫だって、ここ本当になんの気配も感じないし襲われないよ」

「そういう意味じゃあねえよ。ったく、マジに調子狂うぜ」


 フルルは大きなため息をついた。あからさまに面倒な態度をとるフルルに対してもアーデンはどこ吹く風でニコニコとしている。


「さっ、二人のことを教えてくれよ。二人はどうして冒険者になったんだ?どんな夢がある?」


 メメルとフルルはちらと互いの顔を見合った。そして観念したようにメメルから話し始めた。




 帝国の貴族アンバー家、代々武功で名を上げてきた歴史ある名家。当主は皇帝から厚い信頼を得ており、優秀な人材を輩出し続けてきた。


 その本家のもとに生まれた双子のメメルとフルル、アンバー家の子供らは、男女関係なく幼きころより戦いに関する技術を厳しくしつけされる。


「剣となり、盾となり、その身死そうとも主を生かす鎧となれ」


 このアンバー家の家訓は誇りであり伝統であった。メメル、フルルの二人も他の親族と同様に厳しい訓練を積み重ねてきた。


 二人はアンバー家の他の子らより優秀であった。座学も実技も抜きん出た実力を発揮していた。双子は優秀な互いを競争相手とし、どちらが劣ればどちらが上回り切磋琢磨して育った。


 しかしメメルとフルルの親にはある問題があった。それは跡取りの問題、彼女ら二人が生まれてから正妻の間にも妾にも子を授かることができなかった。


 家の存続に関わる大問題である、メメルとフルルになんら落ち度はないとはいえ、二人も家の不穏な雰囲気を幼きころより肌で感じ取っていた。


 自らが家をもり立てられるようにならなければ、二人が互いを競争相手としたのも、その気持ちが強くあったからであった。


 父も母も二人に愛情を注いだ。武という修羅の道に身を置くことになる幼子、愛情の形は他の貴族とは違っていても、それでも破格の愛情を注いだのだ。二人もそれを分かっていた。


 しかしこのままでは本家と分家のバランスが崩れてしまう。二人は幼くして功績を上げることを求められた。それも並の功績ではなく、家の誰もを実力者として認めさせることの出来る功績である。


 そんな折、アンバー家当主のことを見かねた皇帝よりある話が持ち上がる。


「冒険者となるロールド家の嫡子リュデル・ロールドの補佐をせよ」


 ロールド家は名門貴族であり皇帝とも近しい家、その嫡子が冒険者となるなど異例なことであった。身分に合わず、居が定まらぬ流浪になりうる冒険者。何故ロールド家がそんな暴挙に及ぶのかアンバー家も計りかねた。


 しかし皇帝直々の話であり、名門ロールド家の補佐となれるまたとない機会。見事やり遂げれば、戦ならずとも立派な功績となる。


 アンバー家にとっても大きなリスクを負うことになるが、これ以上ない話でもあった。メメルとフルルはそうしてリュデルの伴をすることになる、まだお互い年齢は十もいかない時であった。




「拙たちとリュデル様の出会いは、こういった経緯があるのです」

「それからずっと一緒に行動してる。冒険に限らずリュデル様の補佐を色々とな」


 メメルとフルルの話は十分なものではなかった。しかし話していない部分以外は正確なもので、これが二人の冒険者になった切っ掛けの答えだった。


「そんな小さいころから遺跡に潜ったりしてたのかあ」

「冒険者だからな。それにあたしたちは戦闘訓練をずっと受けてきていたし、年齢とかあんまり関係なかったよ」

「それにリュデル様はあの頃からお強かった。拙たちとは比べようもないくらいに」


 専門的な指導を受けてきた二人より強かったというリュデルの話が気になったが、アーデンにはもっと気になることがあった。


「で、二人の夢は?」

「は?」

「夢だよ夢!冒険に出た切っ掛けは分かった。後はどんな夢を追いかけて冒険しているかを聞きたいよ」


 アーデンはそう言うと目を輝かせた。二人が冒険の中で何を目指しているのか、本気で知りたいと願っている表情をした。


「夢、ですか…」


 メメルはそう呟いて口をつぐんだ。言い淀むメメルを見て、フルルも顔色を暗くした。


 実のところ二人にはこれという夢はなかった。リュデルが伝説の地へ向かう補佐をしたいという目標はあっても、それは二人にとって叶えたい夢ではなく、実現させなければならない現実だった。


 だから夢と聞かれて言葉につまる。リュデルのことを尊敬し、その思想と目的に協賛してはいるものの、二人にとって冒険と夢はとても縁遠いものだった。


「逆に聞くけどよ、お前はどうして伝説の地へ行く?冒険者になって、そこでなにを成し遂げるつもりなんだ?」


 フルルは苦し紛れでアーデンにそう聞いた。しかしアーデンは嬉しそうに顔をパッと明らめて言った。


「俺の夢は父さんを越える冒険者になることだ。そしてどこかで生きている父さんを見つけて言いたいんだ、俺も伝説の地に行ったよって。そして父さんよりすごい冒険者になるぞってね」

「…それだけのために伝説の地を目指すのですか?」

「ああ!」

「秘宝で叶えたい願望とかないのかよ。伝説の地を目指す冒険者なら秘宝の存在だって知っているだろう?」

「うーん…、まあどんなものか見てみたいって気持ちはあるよ。だけど俺の冒険は俺のもので、秘宝の力で叶えるものじゃあないからさ。そういうのはいいかな」


 メメルとフルルは唖然とした。アーデンの言葉に嘘はない。伝説の地へ行くことも秘宝のことも、私欲ではなくただ夢を追う過程で向かうべき目標でしかないのだ。


 それだけのために誰よりも危険な冒険に身を投じている。アーデンの底知れなさを見たメメルとフルルは、どこかリュデルに通ずる狂気じみた感情があると思った。


 そして二人は少しだけアーデンに興味が沸いた。仕方なく付き従う相手ではなく、底にあるなにかを見極める相手に会話を経て変わったのだ。二人はそのことに気がついてはいないが、それは相手を知ろうとするアーデンと一緒の感情だった。

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