第112話 セ・カオ遺跡 その2

 槍のリーチ差とシャドーが組む陣形、その二つの要素があわさって攻め込むには難しい。


 しかしリュデルとカイトは迷わず前に出た。槍による鋭い攻撃を、リュデルは盾を使って軌道を逸してかわす。最小限の動きだけで即座にシャドーの懐へと入り込む、そして喉目がけて剣が突き立てられた。真っ黒な泥が盛大に吹き出す。


 一方カイトは突き出された槍を掴んだ、そして力まかせに槍ごとシャドーを上へ投げ飛ばす。空中で無防備になったシャドーはアンジュにとって格好の的だった。


『セット二点・ブースト炎弾発射』


 アンジュの背後でセットされていた二つの強化された炎弾が同時に発射される、同時に着弾した炎弾は爆発して炎上する。シャドーは火に包まれて落ちてきた。


 それが落ちてくるのを待っていたカイトは、拳を振りかぶると火に包まれたシャドーを力任せにぶん殴った。固まって動いていたシャドーの群れに燃え盛る個体がぶち込まれた。


 リュデルとカイトは炎上するシャドーから距離を取った。


 シャドーの群れは炎上した個体に槍を突き立てた。殺してしまえば泥となって消える。乱暴な方法だが確実な消火方法だった。


「何だよ、やつら意外と頭脳派だな」

「油断するなよカイト。ああしてクレバーな対応能力もシャドーの厄介さの一つだ」


 短い会話を交わした二人の背後から、レイアの声が響いてきた。


「そこの二人!退いて射線を空けなさい!!」


 何も聞かずに退いたカイト、リュデルの行動も素早かったが一瞬振り向いてレイアの姿を確認した。


 そこにいたのは大型の長銃を構えたレイア、真ん中の銃口を囲むように取り付けられた六本の銃身が回転すると同時に、怒涛の勢いで連射を始めた。


 シャドーの群れにとめどない魔力の銃弾が嵐の如く襲いかかる。銃撃にさらされたシャドーたちは、その威力に体中がバラバラに弾けて、壁や床を濡らす黒いシミとなって消し飛んだ。


 煙を吐く銃口の回転が収まるとレイアはふぅと小さく息を吐き出した。新たな発明品、新たな武器、この戦闘がバイオレットファルコンの初お披露目になった。




 シャドーとの戦闘を終えたリュデルたちは、レイアの元へと集まった。


「レイアさんっ!それが新しい発明品ですか?」

「お嬢今のすごかったな!とんでもない威力じゃあないか!」


 アンジュとカイトはレイアに駆け寄って嬉しそうにわっと声をかけた。リュデルは一歩引いた場所からそれを見ている。


「これが新しい私の武器、ブルーホークとレッドイーグルの長所を合わせて発展させた。名付けてバイオレットファルコンよ。大型になったから以前と比べて取り回しは悪くなったし、魔力弾の属性変更も出来なくなったけど、その分火力は圧倒的に強化されたわ」

「でもこれだけ多くのマナエネルギーを消費しては、すぐに銃弾が枯渇してしまうのでは?」

「その通り。で、それを解決するために組み込んだのが、これよ」


 バイオレットファルコンに取り付けられているパーツを見せた。半透明のケースの中では、フレアハートのために半分に分けた消えずの揺炎が燃えていた。


「私としてはアーティファクトの力を借りるのは最後まで抵抗あったんだけどね。でもカイトを見て考えが変わったの」

「俺を?」

「そう。今は出来ないって諦めるんじゃなくて、いつか出来る時がくるまで頑張り続けるのよ。私はいつかは消えずの揺炎に変わるものを作り出して見せるけど、今は力を借りるの。人の力とアーティファクトとの調和、カイトはその答えの一つよ」

「へへっ、そうか。お嬢の役に立ったなら俺も嬉しいぜ」


 カイトの命を繋ぐために作ったフレアハート、その経験がレイアに発想を与えた。作り出したバイオレットファルコンは、半アーティファクトといえる代物となった。


「それもお前の発明品か?」


 リュデルがそうレイアに話しかけた。レイアは自慢げに笑みをうかべ答えた。


「そうよ。すごいでしょ?」

「…悪くはないな」


 それだけ言うとリュデルはふいと顔を背けた。感じが悪いとからかうカイトをうるさいと一蹴し、探索に戻ると歩きだしてしまった。


「まあ、あいつにしちゃ素直な方じゃあない?」

「それレイアさんが言うんですか?」

「い、言うようになったわねアンジュ…」




 セ・カオ遺跡の探索が続く、道中で起こるシャドーとの戦闘はリュデルたちにとって何の障害にもならなかった。


 堅実な実力と強力なアーティファクトを的確に運用するリュデル。新たな発明品バイオレットファルコンで高火力を得たレイア。初級魔法ではあるものの、多彩な魔法を固有魔法で強化しながら操るアンジュ。超常なるタフネスに人外の膂力、技術はなくとも力押しだけ十分驚異的なカイト。


 四人の実力は非常に高いレベルでまとまっていた。一人一人が一線級の働きができるこのパーティ相手には、シャドーは大きく劣っていた。


 しかし問題がないわけでもなかった。それは戦闘中の連携の問題だった。リュデルの戦闘スタイルは、良く言えば手堅いが、悪く言えば型にはまりすぎていた。能力は高いのだが応用力や対応力が不足していて、リュデルのリーダーシップよりも、個人の戦闘力頼りになりがちであった。


 レイアたち三人もやりにくさを覚えていたが、より危機感をもっていたのは意外にもリュデルだった。アーデンにメンバーの交代を申し出たのは他ならぬリュデル、そしてどんな状況でも三人を完璧に運用できるという自信があった。


 それがなぜだか上手くいかない。シャドーとの戦闘に問題があるわけではなかったが、どこかまとまりのなさを感じていて、それが自分の力不足であるとリュデルは実感していた。


 あまり長くは時間を取れない休憩の際に、レイアがリュデルに声をかけた。


「ねえ」

「何だ?」

「大分遺跡を見てまわったけど、グリム・オーダーの痕跡らしきものも見つかってないわ。まだ続ける?それとも引き返す?」


 リュデルはそこでようやく本来の目的を思い出した。戦闘に気を取られていて思考がそちらに囚われてしまっていた。気持ちを切り替えるように頭を振ると、リュデルは言った。


「すまない。僕が気がつくべきだったのに気を使わせたな」

「あんたが素直だと気持ち悪いわね」

「お前…。まあいい、時間もそれなりに経過した。一度引き返そう、いいな?」


 レイアたちはリュデルの問いかけに頷いて答えた。夜になれば危険なシャドーが跋扈する時間がやってくる。行動は早いにこしたことはない。


 迷宮を引き上げることになったレイアはブライトグモを手元に引き寄せた。ずっと稼働させていたので、魔石のマナ残量を確認しようとした。


「あれ?」

「どうしたお嬢?」


 ブライトグモを持ったレイアが声を上げた。カイトが何事かと声をかける。


「えっと…、今はいいや、うん大丈夫」

「そうかい?じゃあ行こうぜ」


 レイアはもう一度ブライトグモを飛ばした。気になることがあったが、迷宮内に留まって話すことではない。一度引き返して、安全な場所で皆と意見をすり合わせる方がいいと判断した。


 リュデルをリーダーとするセ・カオ遺跡の一回目の探索が終わる。リュデルにとって多くの学びと収穫のある冒険になった。課題や問題は修正して改善する、その繰り返しが自らを強くするというのがリュデルの考えだった。


 遺跡を出ると空が茜色に染まっていた。日が落ちきる前に拠点へと急ぐこととなった。

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