第111話 セ・カオ遺跡 その1

 リュデルは装備を整えて確認すると、待機していた三人に声をかけた。


「では行くか。レイア、アンジュ、カイト」


 リュデルのそばにはいつもの従者二人の姿はない。代わりにレイア、アンジュ、カイトの三人がいた。


「はあ不安だ…」

「問題ない。僕が先行するから後に続け」

「そういうことじゃあないと思いますが…」

「では何が問題だ?」

「そりゃ坊ちゃまよお、連携とか戦闘の呼吸とかさ」

「何だそんなことか、まったく問題ない。お前たちは僕の動きに合わせて動け。僕もお前たちが合わせられるように気をつかって動く」


 自信たっぷりにリュデルはそう言い切った。三人は顔を見合わせて肩をすくめる、どうなることかと気持ちが揃っていた。


 この状況を作ったのは他ならぬリュデルの提案だった。パーティの交換、それがリュデルの提案だった。




「僕たちは何度か遺跡へ入って調査を行っている。要は新鮮な目がないんだ」


 それが昨晩の会合の際のリュデルの言だった。そしてこう続けた。


「遺跡のこと、魔物のこと、僕とメメルとフルルはよく知っている。そして知っているからこそ見逃してしまうこともあるだろう。だから探索を二班に分ける」

「確かに一理あるな。で、どう分けるんだ?」

「メメル、フルル、お前たち二人はアーデンの下につけ。アーデンの命令は僕の命令と同じと心得ろ、いいな?文句は受け付けない」


 そう伝えられたメメルとフルルは一瞬だけ表情を曇らせるも、すぐに表情を元に戻し声を揃えた。


「拝命致します」


 双子の従者が頭を下げたのを見て、リュデルは頷いた。そしてレイア、アンジュ、カイトに向き直る。


「お前たちは僕と一緒に来い。いいな?」

「いいな?じゃないわよ。勝手に色々決めすぎじゃない?」

「ではレイア代案はあるか?」


 そう問われたレイアは口ごもった。分けるとしたらそれぞれのリーダーを軸に考えるしかないとレイアも思っていたからだった。


「ただし不安がないこともないだろう。だから一度試してみて問題がありそうだったらすぐに解消して次の手を考える。どうだ、僕の考えに乗るか?」


 アーデンたちは少しの相談をした後リュデルの提案に乗ることにした。そうしてこの即席パーティが出来上がったのであった。




 リュデルたちが調査を担当するのはセ・カオ遺跡だった。入口に差し掛かった際にレイアが声をかける。


「ちょっと待って」


 ごそごそとバッグを探ったレイアが取り出したのは、改良されたフライングモだった。ランタンを用意していたリュデルは手を止めた。


「何だそれは?」

「フライングモ改めブライトグモ」

「ブ、ブライトグモ?」


 困惑するリュデルをよそに、レイアはそれを起動した。ふわりと浮かび上がったブライトグモは取り付けられた魔石が光った。


 反応を面白がったレイアは、たたっと走り出した。ブライトグモはそれに追従して飛ぶ、付かず離れずの距離を保ってしっかりとついていく。


「な、何だそのアーティファクトは?」

「アーティファクトじゃあないわよ。私が作った発明品。これがあれば余計な装備をつけなくとも光源が常についてきてくれるわ。音声とハンドサインで操作出来るから点けたり消したり手元に戻すのも自由自在よ」


 言葉を失ったリュデルは、レイアを真似して駆け出してみせた。リュデルは緩急をつけてブライトグモを試すも、しっかりとその動きにも対応した。


「これがアーティファクトじゃないだと…?」

「そりゃそうでしょ。まだまだこんなものじゃあないわ。私が目指すものはアーティファクトを超えた発明品よ!」


 そう豪語するレイアは自信満々に胸を張った。驚くリュデルはアンジュがくいくいと服の裾を引っ張られてハッと我に返る。


「何だ?」

「シャドーの弱点属性とかはありますか?」

「一概には言えないが人型は大抵火に弱いな」

「では炎の攻撃魔法をすぐに発動出来るようにセットして準備しておきます。指示があればすぐに発射出来ますので」


 リュデルはアンジュの言っていることの意味が分からなかった。攻撃魔法を準備しておくことなど不可能だ、魔法を使えるリュデルはそれを知っている。


「そんなことが可能なのか?」

「ええ、私の固有魔法ならそれが可能です。常に魔法を展開するのではなく、セットして蓄えておくイメージですね。咄嗟に発動したい時に備えておけます」


 魔法使いとしては規格外であるアンジュの実力、これに加えてブーストで威力を引き上げることが出来る、一斉に発射のバーストも強力だ。


 サンデレ魔法大学校の麒麟児は伊達じゃない。リュデルは不可能を可能にするアンジュの実力に驚きを隠せずにいた。


「なあ坊ちゃまよ、ちょいといいか?」

「今度はなんだ」

「坊ちゃまが先行するって話だけどよ、壁に使うなら俺の方がいいぜ。不意打ち食らっても俺なら頑丈だしな」

「いやしかしだな」

「それとな、アンジー!」


 カイトはアンジュを呼んだ。


「どうしましたカイトさん?」

「俺に向かって攻撃魔法を放ってくれ、ブーストも込みでいいぞ」


 突然何をとリュデルは思った。しかしアンジュは特に何も聞くことなくカイトに向けて炎弾を放った。カイトにそれが直撃し、煙が立ち上る。


「おい馬鹿!これから探索に行くというのに怪我するやつがあるか!」


 そう言ったリュデルは煙が立ち消えたあとを見て唖然とした。カイトは炎弾を殴りつけて霧散させていた。炎弾が直撃した拳は、やけどを負うこともなく無傷だった。


「やっぱりアンジーの魔法を殴って消すのはちとキツイな。皮膚が溶けた」

「は?無傷じゃあないのか?」

「いやほぼ無傷だよ。溶けた皮膚がさっさと再生しただけさ、フレアハートのお陰で再生能力も向上しててな、肉壁に使うなら俺がうってつけだろ?」


 カイトはそう言うと爽やかな笑顔を浮かべた。自らを危険にさらすことをいとわない胆力に、非道な人体実験で得た能力を逆に利用するという精神力、リュデルはアーデンの仲間の非凡ぶりに驚きの連続であった。


 個性的すぎる三人を結びつけるアーデンの評価が、リュデルの中で密かに上がった。




 階段を下りて遺跡へと入っていく。ブライトグモのお陰で足元は明るい、周囲だけでなく先まで見通せる光源は、薄暗い地下遺跡ではとても有用だった。


「リュデル、ここはどんな遺跡なの?」


 歩きながらレイアが聞いた。


「旧ゴーマゲオ帝国領にある地下遺跡は他の遺跡にない特徴がある。魔物についてはさんざん説明した通りだが、他の遺跡にはいるゴーレムが存在しない」

「どの遺跡も?」

「ああ、どの遺跡もだ。守るべきものがないのか、それともシャドーに破壊され尽くされたのか、理由は不明だな」


 その他にも旧帝国領に存在する遺跡の特徴をリュデルは上げていった。


 旧帝国領の遺跡は広い、通路の幅も高さも広く、壁は高価な石材が使われていた。精巧な模様の彫刻も施されており、芸術的なものが多い。


 更に他の遺跡とは違って迷宮化していないのも特徴の一つだった。入り組んだ構造や罠、そういったものが一切ない。ものによっては入る度に構造を変えることのある遺跡だが、旧帝国領の遺跡にはそういったことはなかった。


「本当に他の遺跡とはちがっていますね。どちらかというと神殿などの象徴的な要素が強いように思えます」

「アンジュの言う通りだ。僕も似た考えを持っている。もしかしたら、他の遺跡とは根本的な考え方がちがっているのかもしれない、目的や用途が…」


 そこまで言ってリュデルは言葉を切った。陽炎盾ソルから月聖剣ルナを引き抜く、すでにカイトも拳を構えて戦闘態勢に入っていた。


「来るぞ、シャドーだ」


 床から這い出た影が人の形をとる、六体のシャドーが体から槍を引き抜いて構えた。陣形を組んで隙なく臨戦態勢をとる。


「行くぞ、僕の動きに合わせろ」


 いつもとは違う組み合わせのパーティ、その初戦闘が始まろうとしていた。

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