第110話 作戦会議

 旧ゴーマゲオ帝国領に出現した謎の影の魔物。目にする前からそのおぞましさを感じ取った俺は軽いめまいと吐き気を覚えた。


「皆さんこちらへどうぞ」


 モニカさんが自分の小屋へと俺たちを案内してくれた。しかしとてもではないが全員が入りきれるようなスペースはない、どうするのだろうと思っていたら、地面の砂を足でさっさっとどけた。


 どけた場所には取っ手のようなものがあった。モニカさんはそれに手をかけると、ガコンと上に開いた。扉の先には地下へと下りるはしごがかけられていて、順番にそこをおりていく。


 最後にモニカさんが扉をしめる、真っ暗になってしまうと思ったが、閉まると同時に照明用の魔石がパッと辺りを照らした。


「ここが本命の地下施設です。円環状の形をして部屋が連なっており、上にある他の小屋から下りられるようになっています。ここにはあの影の魔物も現れることはありませんし、視認される心配もありません」


 不思議なことに地下へと下りてから気分がすっかりとよくなった。あの魔物から距離をおいたからだろうか、あれは一体何だったのか、嫌な気分を振り払うように頭を振った。


 地下室は地上とは比べ物にならないほど広く、明るくて清潔感があった。壁は金属で出来ており、ひんやりとした独特の雰囲気をかもし出していた。


 連なる部屋の一つである一際大きな部屋へと通された。普段は会議などで使用しているらしい、円卓の前に用意された椅子に俺たちは座った。


「これであの集落が殺風景である理由にご納得いただけましたか?」


 モニカさんにそう聞かれる。しかしアンジュが異を唱えた。


「あの魔物が脅威なのは肌で感じて分かりましたが、これだけの施設が作れるのなら地上を要塞化することも可能なのでは?」

「実にいい質問です。お答えしましょうその理由は、旧帝国領で大規模な建築を試みると、夜に関係なくあの影の魔物が出現して襲いかかってくるからです。しかも夜より凶暴になってです」

「何よそれ、それってまるで…」

「人の定住を拒んでいるよう、ですかレイア様?」


 レイアはこくりと頷いた。俺も同意見だったので思わず頷く。


「我々も同様の推測をしています。理由は不明ですが、あの影の魔物は旧帝国領での人の営みを拒絶している。いえ、人だけでなく命あるものすべての営みをですね」

「あの素朴な集落が限界値ってことか」

「そうですね、何度も実験を繰り返してあれが精一杯でした」

「ずっとここに居るってわけにはいかないの?」


 俺がそう聞くとモニカさんは残念そうな表情で頭を振った。


「それがそういうわけにはいかないんです。ここを安全に使用出来る時間は限られていて、昼の間は稼働に使う魔石の充填に時間をあてる必要があるんです。それに実地調査に赴く必要があるので、どのみちこもりきりではいられません」

「そっか、モニカさんは旧ゴーマゲオ帝国領の歴史調査をしてるんだもんな。ここにずっと居ても仕方ないか」

「それに逆に言えば昼の間の領内は、安全をある程度確保できているということでもあります。だから守りも最低限で済むというわけですね」


 あの影の魔物に追いやられて、他の生物は帝国領にいつくことは出来ない。夜になれば襲われるのだから、昼だけそこに滞在して夜は移動するなんて面倒なことをするくらいなら、他にもっといい場所が沢山あるだろう。


 しかしこうなると余計に気になってくるのはあの影の魔物の存在だった。あれは一体何なのか、リュデルが言うには恨みが形をもった存在だという話だったが。


「俺ぁそんなことよりあの魔物の方が気になるね。ありゃ一体なんだ?」

「それについては僕たちが答えよう。何度か戦闘経験がある。メメル、フルル」

「はいリュデル様」


 呼ばれた二人が立ち上がった。まずはメメルが話すようだ。


「あの影の魔物、我々は仮称としてシャドーと呼んでいます。シャドーの形は殆どが人型、異型であることは稀です」

「そんでどいつもこいつも武器やら防具やらを体から取り出して使ってきやがる。それに魔法をつかう奴もいる。はっきり言ってありゃ人だな、人と戦ってるのと同じだ」


 メメルに続いてフルルがそう話した。武器防具と魔法を使いこなす人型の魔物、フルルの言う通り魔物という体の人と変わりない。


「戦闘の際の感触としてはゾンビに近い。損傷させた際に出る黒い泥のような体液は、派手に体から吹き出すがこちらに影響はしない。体や服についたり、悪臭を放ったりはしない。地面を濡らすのもほんの少しの間だけだ」

「後は残らないってことか?」

「ああ。もしそうだったら僕たちがさっき見た地面は墨のように真っ黒に染まっている筈だろう?」


 それもそうかと俺は頷いた。だがますます変な魔物だという印象は強くなった。


「で?坊ちゃまはそのシャドーのことを何だと思ってる訳?」

「お前にそう呼ばれると虫酸が走るからやめろと言っただろう」

「悪ぃがこれが俺の流儀でね、やめろと言われてやめられるもんでもないのさ」


 カイトはそう言って不敵な笑みでリュデルを見つめた。何度かこのやり取りをしていたリュデルは「僕も学ばないな」と呟いて諦めたように頭を振った。


「シャドーはこの地で起こった大戦争の死者だ。その影が今も世に残り夜になると争いを始める。体を突き動かす感情の残滓は恨みだけだ、恨みだけでシャドーは戦いつづけている」

「どうしてそれが分かるんですか?シャドーと意思疎通が出来ると?」

「出来ない、やつらにはこちらからの呼びかけに応じる機能がない。だがお前たちも戦えば分かる、非常に不快な思いをするから少し覚悟しておけ」


 リュデルは以上だと話を打ち切って座った。メメルとフルルもそれに倣う。


 影の体をもった過去の亡霊、それが魔物シャドー。リュデルの言う不快な思いというのが気にかかったが、一筋縄ではいかない相手だというのは見て聞いて分かった気がした。




 小休止を挟んだあと、レイアが手を上げて聞いた。


「ねえ、これまでの話から私たちの活動は日が昇っている間ってことよね?」

「そうだ。日暮れまでに帰還するのが最優先だ」

「そこは了解。でも、調査するのは昼の間ならシャドーの心配はないんじゃあないの?」


 そう言われればそうだ。レイアと一緒になって俺はリュデルの顔を見た。


「残念だが遺跡の中ではそうはいかない。遺跡内では昼でも構わずシャドーがいて争い合っている。凶暴性が高く互いに殺し合いを続けているのは同じ習性ですが、遺跡内のシャドーは侵入者に対して容赦がない。殺し合いの手をとめて、その相手と共闘して襲いかかってくる」

「遺跡内は魔境ってことね」

「そうだな。気を引き締めてかかった方がいい」


 リュデルの言葉に俺とレイアは頷いた。どのみちシャドーとの戦闘は避けられないということだ、否が応でも緊張感が高まる。


「さて皆さまご注目ください」


 モニカさんが立ち上がり、黒板に三枚の紙を貼りつけた。それにはリュデルが見せてくれた遺跡の情報が記載されている。モニカさんはその資料を囲うようにチョークを使ってぐるっと線をひいた。


 まんまるという訳ではなく、所々でがたがたとした線もある。それに気がついてようやくこれが旧帝国領を示す地図だと分かった。


「位置を見ると丁度正三角形を描けるようになっていますね、ノ・シレ遺跡を頂点として、両端にセ・カオ遺跡とツ・エボ遺跡があります。遺跡の入口は特に目印もなく地面がぽかっと口を開けているので足元には注意してください」

「危なくないですか?」

「一応看板が立っているので分からないこともないですが、それでも目立ちませんので…」


 モニカさんは申し訳無さそうにそう言った。恐らくこれも、建築を阻害するシャドーの存在が引っかかっているのだろう。拠点やランドマークのようなものは建てられなかったと察せた。


「この三つは特にシャドーの凶暴性が高く、調査も思うように進んでいない。何度か帝国の精鋭兵を引き連れて大規模な調査を行ったこともあるが、その時は特にめぼしいものは発見出来なかった。僕も参加していたから知っている」

「理由は?」

「不明だ。大人数での行動が駄目だったのか、探すものがそもそも違っていたからか、色々と考えられるしそれがすべて理由かもしれない」

「確かに歴史研究の調査と、正体不明の組織の捜索じゃあまるで目的が違うよな」


 俺がそう言うとリュデルは頷いた。そして話を続ける。


「そこで僕から提案したいことがある。今回の探索は…」


 それからリュデルから提案されたことに俺たちは全員驚いて目を見開いた。互いの顔を見て不安げな表情を確認しあう、しかしリュデルの言っていることも尤もだと判断した俺たちは、その提案に乗ることとなった。


「では各々抜かりないように」


 リュデルのその一言で会合は終わった。謎の組織グリム・オーダー、その尻尾がつかめるのか、未知の魔物が巣食う遺跡の探索が始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る